Oct 07, 2008

試論

生けるラザロ(小泉義之著『病いの哲学』をきっかけに)

  
  未だ生を知らず、焉(いずく)んぞ死を知らん。――『論語』先進篇

 『病いの哲学』(ちくま新書)の著者、小泉義之氏の筆法をもってすれば、小文のこんなタイトルのつけ方こそ「死に淫する」考え方の最たるものをあらわしているかと思う。けれど、いちどでもじぶん自身の死という事態に直面したことがある者なら、生か死かの問題は、なかなか「晴朗で単純な選択肢」(228頁)というふうに考えることはできにくい。ただ、経験から類推するに、たとえそれが避けがたいものであれ、または理不尽なものであれ、事故であれ病気であれ、他人が手を下すものか自裁かも問わない、訪れる死という事態は、死ぬ人間にとってそれら各々のあいだに何らの差等を措くべくもない、まったくもって同一の訪れと考えることができる。たとえばエルネスト・チェ・ゲバラが官憲に捕らえられて民家の裏庭に連れて行かれ、頭を撃ち抜かれるまえに見た畑の雑草と、病院から生還していま私が見ている鉢植えと、そう違いがあるとは思われない。ゲバラにはたぶん草を見た以外の思弁はなかっただろうし、私はいま鉢植えを見ているということが永遠のことではないと思うだけだ。こういった事実に気づき、あらためて驚いた人間としても抱いた、やはりこれが生死の問題に対する私の感想であり、割り切れなさである。
 私は、2002年の1月に肺ガンの診断を下され(3期)、化学療法と放射線治療、及び手術の成功ののち、4月初め退院し、6月、左頭部に転移した腫瘍の治療ののち7月に退院、12月、左脚付け根に転移した腫瘍の治療ののち翌年1月に退院、同年8月、私のようなガンの場合、指標となる腫瘍マーカーの200を越えていたある値が、数か月のうちに160、30、5以下という経過をたどったのを受けて、1月以降それまで定期的につづけていた通院化学療法を休止する(同時にモルヒネ系鎮痛薬のオフもともなう)、そして、ガン自体に対する積極的治療の全体を休止して2008年の現在に至る、という病歴を有する者である。担当の医師はガンに関して、もう緩解と言っていいのではないか、との所見である。三度にわたる病発とその治療による後遺症として、現在、比較的軽度の腎不全(徐々にではあるがクレアチニン値の漸増、つまり1・2くらいから1・9に至る数年間をかけた上昇)、右腕に起きるてんかん性の痙攣発作(放射線治療の痕跡の、運動野に属する患部周辺の浮腫が数年単位で漸増傾向にある)、左脚付け根の少しの変形とこわばり(洋式便器しか使えない)等がある。現在たんぱく質と食塩の食事制限中で、血圧降下の意図もふくんだ腎臓薬および降圧剤を服用中(ディオバン、アムロジン等)。このほか、ヒダントール、ガバペン、サロベール、ペルサンチン、グリチロン等を服用する。また若いころ精神神経系の疾患を負った名残から、就寝前にコントミン錠12・5㎎を服用している。

  1 死の瞬間
 
 いささか「陰気な話」(9頁)になるが、まず死とは何か、を考えることにしたい。入口はソクラテスである。

 ソクラテスは死んでいることは生きていることから生ずるとするが、その場合に考えていることは、肉体が生きている状態から死んでいる状態へ変化すること以外にはありえない。では、肉体における生体から死体への変化は、互いに反対の二つの状態の一方から他方への変換であるのだろうか。そんなことはありえない。ソクラテスに限らず、ほとんどの人は、死の瞬間があると想定している。(40~41頁)
 ソクラテスは死の瞬間、生と死を区切る線を、生体から魂が欠落する変化と思い込んでいる。そして、暗黙のうちに、魂が入り込む以前の肉体のことを、魂の欠落した死んだも同然の肉体と見なしている。とすると、ソクラテスは、魂が抜かれたかのように見える肉体が存在するとするなら、それは本来の生から脱落し、死の状態に限りなく近接する、死んだも同然の肉体と見なしていることになる。(43頁)

 ここで逆接的に押さえられているソクラテスの言説は、まず生の状態と死の状態があり、前者から後者に移行する境界や瞬間が存在するということ、それは肉体から魂が離れる境界や瞬間でもあるということであろう。私は、問題は魂の所在だと考えるのだが、ソクラテスの生きた時世(ときよ)とは異なり、現在では魂を、意識とか心、せいぜい精神や、また神経生理や脳の問題に読み替えて考える傾向にあるようだ。
 生から死への移行にあたり、心はどこに所在するのだろうか。死の床を理想的に考えて、長い臨終状態と想定するとき、多く意識の混濁や昏睡がそのひとのフィジカルな状態だろうと考えられる。リアルにはどうであるのか、とても断言はできないが、二度手術台に上せられ、二度全身麻酔を施された経験を言えば、数時間にわたるオペのあいだの時空は意識からまったく欠落している。主観的にも客観的にも。「首がちょん切られた感じ」とでもいえばいいか。最初のほうの手術のあとで瞬間的に立ち上げられた覚醒時、ばら色の花のような形象と「楽毅論」という観念が浮かんだのを覚えているが、そのまえの記憶は、脊椎に麻酔の針が刺し込まれた痛覚とやはり瞬時の意識の暗転(欠落)のほかには存在しない。けれどその間、心がどこにもなかったにも拘わらず、私は死んでいないのである。
 ふたたび考えるに、だがそのとき私が死んでいなかったというのは、術前の私といま生きている私との連続がたまたま途切れなかっただけで、なんらかの事態が出現してそのとき私に死が訪れたとしたら、心がどこにもないまま、私は死に移行したことになる。結果論ではあるけれど、もしそのとき私の連続が断たれていたとしたら、私の心がこの世に別れを告げたのはオペの冒頭、麻酔による意識の欠落の「その時」ということになる。つまりこれこそが、逆説めくが「死の瞬間」ということになるのだ。私の生や死はたまたまの結果に過ぎない。そんなことがあるのだろうか。
 最終章、小泉氏はフーコーの『臨床医学の誕生』から敷衍して、次のように述べる。

 死の瞬間はない。死は境界ではない。生の終わりは瞬間でも境界でもない。同様に、生の始まりは、瞬間でも境界でもない。起こっていることは、生と死の浸透、生への死の分散、死への生の分散、これが末期の死の実情、そして、生そのものの実情である。(218頁)

 ソクラテスをこの立場からまたひっくり返して考えると、つまり、魂を意識や自覚的な心、明晰なイデアと捉えるからおかしなことになるのだ。ただ、生から死への移行は瞬間でもなく境界でもないだろうが、生と死のそれぞれが、自覚的な心や意識を有する人間にとって同じものではあり得ないこともまた確かなことだろう。細やかな移行の遅速はあるけれど、生と死ははっきりと別々の状態なのだ。そしてここに自覚的な心とも意識とも、またイデアとも異なる魂の在不在を想定することは、あながちに妄説とも思えない。あたかも小泉氏が奇跡の存在可能性を信じるように、魂の存在可能性というものについて、これといった現世的な明晰判明な反証を見いだすことは困難だと思う。
 これを別面から言えば、確かに自覚的な心や意識に死の瞬間は存在しない。「そのとき」自覚的な心や意識の欠落という事態がしばしば到来しているからだ(あるいは後出するように「死は人生のできごとではない」=ウィトゲンシュタイン=からだ)。けれど不随意的な心(これについても後述)、言い換えれば魂の存在と、それがかき消える「時」や「場所」というものを否定しきれるか、どうか、ということだ。
 否定しきれるとしたら、「私」にとって自覚的な心や意識が物理的に消失した・させられた時をもって死の定義としなければならない。
 「死んだ」こと(それは「私」にとっては意識の消失を意味する)が確認されたあと、息を吹き返したとしたのなら、私は死んでいなかったのである。こういう例は古来よりいくらでも挙げられる。そして、息を吹き返すことがないとすれば、私は死んだのであり、やがて腐敗に接続してゆく屍体と見なされる。これが、当人ではない他者、つまり医療従事者や家族から見た瀕死者の生死の(少なくとも「そのとき」の)区別であるほかはない現状であろう。
 源氏物語などでは、息を吹き返さない葵の上について、親たちは嘆きのあまり「まさなきこと」(おそらく死後硬直とそれにつづく腐敗現象)が出現するまで然るべきことどもを行わないが、これを昔人の蒙昧として嗤うことは私たちにはできまい。どんなに科学が進んでも、生活反応の復活をふくむ同様の例外とそれに対する期待は必ず存在するからだ。
 当然、脳死者の問題もこれにふくまれる議論のひとつになる。脈拍、呼吸、血圧、脳波、心電図があらわすものは身体の物理的な諸兆候であって、けっして魂の消息ではない(意識のレベルでさえない)のだ。その人の心がどうなっているのか、どこにあるのか、当人以外はまったく知る由もないのである。「意識が消失」していてさえ、なお。
 谷川雁にこんな詩行があったのを思い出した。

青山常に運歩す では人間の苦悩も
するどく生かされた山水木石ではないか
      (「恵可」谷川雁詩集より)
「するどく」が余計なような気もするが、人間も山水草木の一部にほかならないとすれば、意識があることに過剰な意味・価値を置いてもしかたがない、とむしろ私は考えてみる。意識(心)もまた山水木石の一風景だといえよう。もう少し考えれば、生物・無生物の違いに絶対的なものを見ることさえどうであろうかとも思う。生物はいくぶんかずつ無生物の要素があるし、無生物もなにがしか生物の要素を持っている。人間の心や意識や生の感覚も、この無生物から来る深淵を取り込んで初めて存在しているのではないだろうか。意識や自覚的な心やイデアという概念ではくくりきれない、魂という古くからある、そしてたんなる迷信の形とばかりは言い切れない考え方も、ここいらあたりに関係してくるような気が私にはする。
 さっきもちょっとほのめかしたけれど、不随意性という概念はこの書が提出している諸問題にとって、かなり重要なタームだと思われる。小泉氏はガブリエル・マルセルの次の言葉を引く。

不随意性という概念を深くきわめてゆかなければならない。これは、被造物の被造性をもっとも根底において構成しているものに対応する概念だと思われる。この観点から精神的な生を全体として定義して、それは、われわれが自分のなかの不随意性の領分を少なくしてゆこうとする活動の総体である、と言えるのではないかと考えている。(172頁)
私が諸事物を自由に処理することができるようにさせているその当のものを、私は現実に自由に処理することができないというところに、おそらく、不随意性ということの形而上学的神秘の本質が宿っている。(174頁)

 自覚的な心や意識をもってしては及ばない領分があるということ、そして、その不随意な領分こそが、自覚的な心や意識的な判断により、私がじぶん自身やじぶん以外の対象に自由に働きかけ、分節し、結合させ、総合するという可動性を、根底で規定し保証するものであることが語られている。自覚的、意識的であることが自体何で可能であるかといえば、それは、おのがままならざるものによって、言い換えれば意識の閾を超えたところからやって来るものによって、意識そのものの基礎づけが為されているからだ(ここでなんとなく、かのアルキメデスが「我に梃子を与えよ。されば地球をも動かしてみせよう」と言ったという伝承を思い出す。だが地球を動かす梃子をまた動かすことを可能にさせているのは、沈黙の宇宙の動かざるなにものかだ、と言える)。
 だがそれは唯物論的な意味での、純粋に物質的なところに由来するのでは必ずしもないように思う。心も物質であるとする太古の唯物論の立場から言えば、純粋に非物質的な領域に由来する論議とも言えないのであるけれど。腕や足を動かすのは当の腕や足によっては動かされないもの(およびそのことにまつわる神秘)であると考えるなら、自覚的な心や意識を超えてそれを基礎づける、容易には意識の水面には顔を出さない不随意性の魂という概念やそれにちなむアレゴリーも成立すると私は思う。私たちの心の世界は、それほどに深く、時として激しく、時として悦ばしく、また恐ろしいものをひめている。フロイトの無意識は果たして作業仮説にすぎなかったのだろうか。心肺停止していない植物状態の人間や脳死者について、われわれにいったい何ほどのことが解っているのか。
 「尊厳死」や「安楽死」について一言だけ触れるなら、生と死は、意識的であることが意味を成さない領域に関わるものであると考える以上、つまり、魂というものを意識や自覚的な心の上位に置くという立場からは、容認できるものではない。自ら撰ぶものであるにせよ、家族が撰ぶものであるにせよ。自殺や殺人は現実態としてある程度の実数は不可避なものであるにしても、「尊厳死」や「安楽死」は言い換えられた自殺や殺人であることを忘れるべきではない。それはあくまでも否定性のコンテクストのうちに語られるべきだし、その法制化は、おのがままならないものに対する、別の言い方をすれば自然に対する、人間の貪りを背景にしている。おそらく現代人の心は古人のそれよりも、ずっと小さくて弱く、痩せたものになっているのだ。

                  2 生という経験

 この小さな項ではしばらく『病いの哲学』本文から離れる。冒頭の『論語』の引用ではないが、「未だ生を知らず、焉(いずく)んぞ死を知らん」というように、生死は一対一体のものとして考えられることが多いようだ。しかし、少し立ち止まって考えてみるに、死についての言説の多さほどに、生それ自体についての言説は多くはないような気がする。死は自体として語られることが多いのに、生はその有という性質からか、いさおしや名誉、酒や女、美しいもの醜いもの、苦悩や喜びや悲しみ、愛憎、といった内容の多様性に覆われて、自体として語られる部分は意外に少ないというのが実情ではないだろうか。
 つまり、生は経験に置き換えられるということだ。さきほども引いたが、ウィトゲンシュタインの有名な言葉に「死は人生のできごとではない。ひとは死を経験しない。」というのがある。けれど、生が人生のさまざまなことがらの経験であるとしたら、その当体である生自体は経験に属すのか。私は生自体も人生のできごと(=経験)ではないという考えに立つ。もしこの言説が成り立つとすれば、それは生の発生そのものが人生の外側に足場を置いているということに対応するだろう。いまここにいるという私の生は、やがていなくなるという私の死と同様、私にはまったく理解が及ばない、いまの私とはかかわりのない部分があるのだ。
 こういうことが言えるのではないか。死が経験に属さないものだとしたら、生もまたしかり、死の瞬間が経験に属さないとすれば、生が発生するその瞬間もわれわれの経験に属さない。では、真の生そのものや死そのものは、それらは、「いまの」わたしには与えられず、知られないだけの「隠された経験」だとでも言うのか。
 うまく言うのがむずかしいが、生を例に取れば、たったいま、この瞬間「生きている」こと、その生の感じ、実感は、経験として私に与えられている、生そのものの一つの側面にすぎない。この「感じ」はまぎれもないが、その生そのものを私は「経験裡」にはいわば確定することができない。生死をひっくるめてそういう事態を確定している経験の外側、生死の外側のなにものかがある。時空の外にあるアプリオリな形式とでも言うほかないような。
 生死はおそらく両面ではなく一である。生きてあることと死んであることとは、たぶん同じことなのだ。先にも引いた「生への死の分散、死への生の分散」というのは、内在的にはこのことの別の言い方だと思う。仏法に次のような言葉がある。道元『正法眼蔵』第一「現成公案」(岩波文庫版)から引く。

かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生(しやう)とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。このゆゑに不滅といふ。(第一分冊56頁)

 およそ世界の存在者は不生不滅、生ずるものでもなく、ゆえに滅するものでもないことを、高らかに宣している。おそらく死はアプリオリなものだろう。同様に生は(死と異なり)アポステリオリなものをその内で語りうる、同様にこれもアプリオリなものだと私は考える。生を現実の側から見るのではなく、経験的なものとして固定的に捉えるとき、われわれはいくぶんか、ものごとに対して思弁的、観念的に接しているのではないだろうか。だが、このアポステリオリな思弁や観念に、私が何かしら切ない懐かしみのようなものを感じてしまうというのは、どうしたことか。いまはもう吸わなくなった、むかしのタバコの匂いみたいに。

  3 病ととりもどし

 クロード・レヴィ=ストロースは、1977年のCBC(カナダ)ラジオにおける講話のなかで(『神話と意味』みすずライブラリー)、幾何学的な観念の起源の問題について、古来からある議論、つまり例えば円などの観念は白紙状態の心に経験によってもたらされるのだ、という説と、もともと円や直線の観念はイデアとして人間の心に本来備わっているものだ、という両説を挙げたあと、次のように述べる。

 さて、現代の神経生理学者たちが視覚について教えるところによりますと、網膜の神経細胞および網膜の後方にある他の器官は役割分担が決まっているのだそうです。ある細胞は垂直方向にまっすぐなもののみを感じとり、他のあるものは水平方向、他は斜めの方向、そのあるものは背景と中心映像の関係のみを感じとるという具合です。そういうわけで(中略)経験と心の対立というこの問題の全体の解決は神経系の構造のなかに見出されうるように思われます。心の構造とか経験のなかにではなくて、心と経験のあいだのどこかで神経系が築きあげられるやりかた、そしてその体系が心と経験とのあいだの仲介をするやりかたのなかに見出されると思うのです。(9頁)

 形而上学と生理学とに二極化されがちな議論を、文化の具体性として鋭く根拠づける言明といえるが、私がここで触発されたのはそういうことではない。
 先の「病歴」の自己紹介でも触れたけれど、私の左の脳の運動野には治療後に残った9ミリほどの傷がある。今でも、昏倒や意識の混濁こそないが、てんかんに属する痙攣発作は2~3週間に1回ほどの頻度で出現する。たいていは軽く3~4分ほど、さいしょ見えない針に刺される感じ、それから鋭い電流の走る感じが右手右腕に来る。ひどいときは随意にならない筋肉の激しい動きをともない、バタバタという感じで上膊部ごとあばれることもある。自覚的にも、また傍目にも、なんらかの事態が起こっているのは右手右腕のパーツにほかならない。知覚も経験も心もそう見なしている。だが、現実にてんかん性の放電のようなことが生起している部位は、そのパーツは、脳の左側なのである。あまり専門的なことに踏み込むわけにはゆかないけれど、これは、たとえば右手を切ったら血が流れて痛みがある、という事態とは少し異なるのではないだろうか。痙攣発作が起きているとき、頭部の左側には何ら際立った感覚もないのである。
 この病以前には、たまたまシャツのボタンを付け替えたときに違和感があり、そのせいだとずっと思っていたのがじつは帯状疱疹の痛みに繋がるものだったことや、何の自覚もないのに検診の結果、間質性肺炎の診断を下され、CTの写真にポコポコと壊死した真っ黒な空洞が写っているのを示されたすえ、何度目かのCT撮影で突然病巣が「消えて」いるのを見たり、この病(肺ガン)に関してはそもそも痛みや呼吸困難という、想定されがちな兆候がまったく無く、声の変調(嗄声)から検査をしてみて初めて判った、ということなどから、少なくとも身体の見えないところで起こっていることは「自覚的」「合理的」には何一つ判ったものではないことを痛感している。
 [手術によって声帯をめぐる神経が切断され、声のほとんどが失われたにも拘わらず(声はもう出ないと医師に言われたと記憶する)、現在の私は普通の声で普通に喋ったり歌ったりしている。筋肉の他の部分が代替しているのだと説明すると人はなるほどという顔で納得するけれど、2回の転移をふくむ3つの部位にわたるガン(担当医師は「最悪の経過だった」と最近になって私に打ち明けた)がいま緩解を迎えていることと併せ、私の身に起こったことは一つの奇跡に匹敵する怖ろしい事態なのだと、個人的には思っている。ラザロという言葉(ロゴス)が思い浮かんだゆえんである。]
 さて、「心と経験のあいだのどこかで神経系が築きあげられるやりかた、そしてその体系が心と経験とのあいだの仲介をするやりかた」というレヴィ=ストロースの言説がこのとき注目されるのだ。なぜならそれは、診察と検査とによって診断が下され、病名を確定するという西欧医学が、その発展成長の過程で捨象してきたものを示しているような気がするからである。
 つまり、病名が確定されて初めて病が成立する(それは治療法が確定することでもある)という西欧医学的世界観は、病に陥っている当の人間(医者ではなく)自身の「心と経験のあいだの仲介をする」もの、言い換えれば病者自身が自らの病が「何であるか」を知り、理解するという側面をみごとに捨象してきたのではないかということだ。病む者はじぶんに何が起きていて、なぜこういう、多くは苦痛という形で訪れる感覚に繋がるのか、実感的に理解し、納得したいのだ。
 しかし、絶対的受動者としての病者、つまり患者を病院の医師は相手にしているのであって、医師は患者が自らの(それは医師の、でもある)病気について医師と同じように分析的に解釈するのを、ほとんど職業生理的に嫌悪する。医師と患者とはけっして一つの象限に同舟することはない。医師は体系立った専門的知識という、いわば乱数表ともいうべき特権にして武器を、病という具体性に当てはめてその世界を捉える立場だ(具体性としての病はつねにその乱数表で分節される世界を少しずつはみ出した、不整合なところから、言い換えれば、自然を源泉とする領域からやって来ることは、しろうとでも分かることだ)。交換可能な二人の人間がいて、病という事態が二人に関わって存在する場合、「乱数表」を持つのはどちらか一人でいいし、その乱数表は一つでなければならない。
 たとえ病者が同時に医師であったとしても、そして自らのために処方した薬を服用したり自らの肉体にメスを入れたりしても、彼が乱数表を当てはめるのは「じぶん」ではなく、あくまでも対象としての身体、他者のそれと同じく他としての肉体にほかならない。譬えて言えば、このとき彼は、人が経験と、言い換えれば世界と、心、つまり「じぶん」とを結びつけている神経系の構造を介するのとは別の経路で、自らと、病んだ身体を見ている。いわばじぶんの心と、病んだ身体という経験とを排中律的に眺めていると言うべきなのではないか。その加療時、病者である医師のなかで、苦痛を感じている一つのパーソナリティであったときのように病者と医師は一つであるのではなく、ふたたび象限を異に峻別されるのである。
 私の経験では、すぐれた医師はこの専門的知識という乱数表が有機的組織のように柔軟に伸び縮みするけれど、そうでない医師はこの乱数表が堅い物差しのように、曲線的かつ柔らかであるほかない対象に直線的に当てはめられるのだ。円を、回転の要素を欠いた直角定規で描こうとしているのだ。すぐれた医師の場合はその説明の一つ一つが具体的で理解でき、病者はいまじぶんに何が起こっているのか納得できるし、それが「神経系の構造」を介した手触り、実感に至る可能性さえ、しばしばほの見えたりする。そうでない医師の希望的な見立てが、しばしば病者を絶望でしかない現実に陥らしめるのと鋭い対照をなすように。
 特に医師を始めとする医療従事者のすべては、『病いの哲学』の次の箇所で語られるような事態に深く思いを致すべきである。かれらにとって患者の生(とその尊厳)は往々にして禁忌の対象であることにはじまって、驚くべきことにそれが存在することへの無視に至り、患者そのものを奇怪にも非人格の軽侮すべき対象物のごとく扱う場合がある。

もちろん病人は悲惨である。そんなことは誰でも知っている。しかし、「生命、しかも病的な生命」は、「もっと深い、もっと隠された、存在論的レベル」に位置している。深き淵にいるのだ。とすれば、それに相応(ふさわ)しい「根本的な地位」を賦与しなければならないのは明らかではないか。(224頁)

 ところで『病いの哲学』ではいままで述べてきたこの乱数表というメタファーを、コミュニケーション・ギャップというタームであらわす。

排除と包摂の構造があろうがなかろうが、「利得」があろうがなかろうが、病人は徹底的に受動的で無知で無力な状態に置かれる。自分の肉体の来し方・行く末についてさえも無知で無力な状態に投げ込まれる。(中略)病人は回復を望むが、無知で無力である。これに対して、医師は、回復のための知識と力を持っている。これが、コミュニケーション・ギャップである。(196頁)

 むろん、医師が実際に「回復のための知識と力」を持っているか、いないか、実際に「回復」させるか、させないか、という現実に関わりなく、コミュニケーション・ギャップは存在している。また、すぐれた医師であろうが問題のある医師であろうが関係なく、このコミュニケーション・ギャップは厳然と存在する。この配置にはどこか秘儀的なところがあるのだ。おそらく、シャーマンが病を治していた時代、クスシが病人の脈をとっていた時代とそう変わるものでなく、でもだから旧習を改めましょうという論議にはならないような微妙な問題だと私は思う。シャーマンが村の人間の病を治す図と、先端の医療設備が整った病院で医師が患者に対する図とのあいだには、なにか相似て共通した普遍性のようなものがあるのではないか。私自身はこの「配置」を、否定的にのみ考える立場をとらない。ここから拡がってゆく「文化」の問題には、意外に大きく深いものがあるのではないかと思うのだ。
 このコミュニケーション・ギャップの問題に接して、小泉氏はパーソンズの言説から治療可能性と治療不可能性という概念をみちびく。

 「医師の治療の根本的な限界」「不確実性の非常に重要な領域」が、厳然として存在しているのである。パーソンズが見据えているのは、このクリティカルな地点である。治癒する場合においてさえも、いわゆる自然治癒力の寄与分と医師の処置の寄与分を切り分けることはできない。(199頁)

 この「不確実性」の領域は現実のすべてに膜のようにかかっている。ある現実からある術語を導き出すことはできても、その術語で現実そのものを顕示することはできない。厳密な意味で現実を「再現」することはできないのだ。その術語であらわされるのは、現実というよりその分断である。なぜなら術語は術語であって現実ではなく、術語と現実とは絶対に可逆的ではあり得ないからだ。医学が(科学が、と言い換えてもよい)現実や自然に対し、ますます網の目を細かくするような昨今を目にするにつけ、不確実性は縮小するのではなく、細かくされて網の目が増えた分だけ、それに対応して、却ってその領域を拡大させているように見える。じぶんの患者の症状が予想に反して悪化したり、逆に消滅したりするのをまえに首をひねるということは、むしろベテランの医師に多い経験なのではなかろうか。医師はほぼ術語によって病という現実と関わり、その治療は術語の範囲以外の領域にも関係して病という自然の一項に加えられると考えることができる。「いわゆる自然治癒力の寄与分と医師の処置の寄与分を切り分けることはできない」ゆえんであろう。私はいま、この「自然治癒力の寄与分」ということに深く沈思を傾けたい思いがしている。ただやみくもに「治りたい」のではない。病ということを通して生を理解したいし、その全うされた形、言い換えればその突然の訪れさえをも容れうる了解性として、死をわが内海としたい。希望は、そんなところにあるという気がしている。
 このとき、まえに言った「神経系の構造」というものに重点を置いて病にアプローチするやり方、つまり自らの身体性に実感的に迫ろうとする動きが気になってくる。整体やヨガ、中医学、マクロビオティックなど(しかしこれらはいささか過去の話柄に属するものかも知れない)、これらの動きは現在医療的なものに繋がる色んな分野で澎湃と立ち上がっているようだ。とはいえ、自らの身体について実感的であるというのは、いかにも逆説のように聞こえるがほとんど百八十度の世界像の転回を要するほどの難事だと、自身の経験に照らしてつくづく思う。また過渡期にありがちな(私は今を乱世だと思うが)、胡乱な話や商売ネタに類する言説もたくさん振りまかれ、それを科学至上主義という俗信がここぞとばかりに攻め立ててあざわらうという構図も、随分見てきたような気がする。アガリクスやメシマコブその他に祈るように縋っていた何人もの療友を亡くした。オウムのこともあった。けれど、私が痛感するのは「神経系の構造」を介してのみ、また、その自然からの糧道ともいうべき回路を手放さないことでのみ、人は世界と、自らと、繋がっていられるということだ。そして付け加えたいのは、神経系の構造は知覚を統べるが、それは人にとっては不随意性そのものであるということだ。この不随意性そのものはたぶん、人生の出来事に属さない。これがあるから人はその生の切所要所において、厳粛で、適切でありうるのだと思う。マルセルだったらこれを神秘という言葉であらわすだろうが。
               07/02/23                        
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