5 詩誌投稿 (3)

5 詩誌投稿 (3)



しかしなぜイギリスではこんなに多くの詩誌が発行されているのか、いつも不思議に思う。ほとんどの詩誌が年に2回から4回の発行なので、1誌あたりの発行部数はさほどの数でないのかもしれないが、投稿作品で成り立っているということは、常時詩が送られてきて、エディターがそれを読み続けるということだ。これはたいへんな作業である。自分が好きな本を読む時間も削らなければならないのでは? とも思ってしまう。

わたしには詩誌を運営している友人が身近にいないのでよくわからないのだが、詩誌を始めたい人の動機はこんな感じかなと想像してみた。
  • 現在発行されている詩誌の詩の傾向に不満を感じていて、自分だったらこういう詩を採用したいという強い希望を持っている。
  • 自分の詩誌だったら思う存分自分の意見を書ける。
  • 詩というジャンルが文学の中でマイナーな位置に置かれているので、少しでもこういう状況を変えたい。
この詩誌の多さについて、わたしの友人は以前「多すぎるんだよ」と言っていた。たしかに種類が多すぎると、どの詩誌を読んだら自分の好きな作品に出会えるのかわからなくなってしまうこともあるし、作品のレベルがあまり高くないような詩誌も実際あるらしい。

と同時に、ある程度種類が多いほうが、自分の作品に対する反応の違いを知ることができる。芸術作品が評価されるためには、もちろんある程度のレベルが必要だが、そのレベルに達した後は、作品の評価というものは読んだ人の好みによるところが大きいと思う。だから1誌投稿してみてよい返事が得られなくても、他誌では好ましい返事が来て採用されることもある。

以前聞いた話で、ある詩人がある詩を4詩誌に投稿してどこも不採用だった後、同じ詩をナショナル・ポエトリー・コンペティション(National Poetry Competition)というこちらでは五指に入る詩のコンペティションに応募して優勝したという。こういう話は案外珍しくはないのではないか。だからある詩誌がだめでも、あきらめずに別の詩誌に投稿するねばり強さが大切だと思う。