10 ヴァニティー・パブリッシャー(Vanity publisher)

10 ヴァニティー・パブリッシャー(Vanity publisher)



「vanity publisher」または「vanity press」という言葉を英和辞書で引くと、「自費出版専門の出版社」という訳語が出てくる。わたしの周りでヴァニティー・パブリッシャーから詩集の出版をした人はおらず、自費出版であれば印刷屋に依頼した人しか知らないので、詩の世界では希なことと思っていた。しかし先述のソルト・パブリッシングの投稿規程を読んでいたら、著者から支払いを受けて本を制作することはしないと断っているので、頼まれることが少なからずあるのだろうかと思った。

このヴァニティー・パブリッシャー(プレス)という言い方、まず言葉からして聞こえが悪い。「vanity」は「虚栄心」という意味を持つ言葉で、直訳すると「虚栄心出版社」である。Googleで「vanity publisher」、「vanity press」という言葉を検索すると、警告を促すような内容がずらりと表示され、いくつか覗いてみると、ヴァニティー・パブリッシャーは著者に費用を負担させて本は制作するが、宣伝やマーケティングをまったくしない、という批判が書かれている。「当社はヴァニティー・プレスではない」という但し書きを入れている出版社もある。

と同時に、悪質なヴァニティー・パブリッシャーだけでなく、良心的ヴァニティー・パブリッシャーについても言及されているエッセイも見つけた。これはイギリスの詩情報eマガジン『ポエトリー・キット』(Poetry Kit)に掲載されている エッセイである。エッセイの筆者ジョナソン・クリフォード氏(Johnathon Clifford)は、悪質なヴァニティー・パブリッシャーは、本を売ることではなく、依頼主からできるだけお金を取ってできるだけ少ない部数を印刷することで儲け、マーケティングは極力しないと書いている。その一方で、ヴァニティー・パブリッシャーのすべてが悪質ではなく、良心的ヴァニティー・パブリッシャーも存在するということも強調している。

クリフォード氏はこのエッセイで、悪質なヴァニティー・パブリッシャーがどういうものかと箇条書きにしている。全部挙げると長くなるが、要するに、あなたの作品はすばらしいと褒め、当社は他者と比べてサービスがいい、すばらしいマーケティング部を持っている、過去に当社の本はこれこれの書評に載った、書店や図書館に本が並ぶなどと言う。詩のアンソロジーの場合は、著者の作品が載ったら「特別価格」で著者に販売すると言う(本来なら無料で与えられるべきなのに…)。また、ブリティッシュ・ライブラリー(大英図書館)にも本を送ると言う(出版社はすべての本をブリティッシュ・ライブラリーに送る義務があるのに、それをわざわざ強調する…)。

これに対し、良心的ヴァニティー・パブリッシャーは、作品の市場における真の可能性について著者と話し合い、どういったサービスを提供できるかということだけを説明し、著者の最初の出費のうち回収できる額はごくわずか、無名の著者の作品のマーケティングの可能性は乏しいということを、著者が納得しているかどうか確認する、と書かれている。つまり、正直に状況を伝えるということなのだろう。

詩の場合、ヴァニティー出版が利点になるかどうかと聞かれれば、こちらではほとんど無いと言える。書店に置かれる詩集の冊数はこちらではごく少数で、むしろ朗読会、最近ではインターネットを通じてのほうが詩集を宣伝したり売ったりするチャンスは多い。また、ヴァニティー・パブリッシャーで評判の高い詩の出版社はこちらでは皆無と言っていいので、自分で費用を負担するならば、印刷屋に依頼したほうが余計なお金を取られる心配は無い。ジョナソン・クリフォード氏は独自のウェブサイトを持っていて、 同じエッセイが載っている。英語だけれど興味のある方はどうぞ。