Aug 30, 2008
八月も終わり
連日の雨に気をとられているうちに、八月も終わろうとしている。娘の再入院も無事に終わった。中庭には猫もいた。わたしは殆ど何もせず、娘と娘の彼にすっかり任せていた。
手術の説明を聞くために、仕事を終えて病院へ行こうとした日、あっという間に空が真っ暗になってきて激しい雷と雨!わたしは日傘を握り締めビックリしてガラス窓を見つめていた。
素足にサンダル(あの日、とにかく昼間はまだ暑かった)だったけど、どうにかバスには乗れたし、そのバスは雷雨の中をわたし一人乗客を乗せて病院まで運んでくれた。
あの日から、雨や雷の日がすごく多い。
こうして今年の夏も過ぎていく。
過ぎ去ってみると「早かったな」と思う。この先はまだ見えないのに。見えない日々さえ加速して流れていくのだろうか。
Jul 31, 2008
七月の終わり
灰皿町に引っ越してきたのが去年の七月だったので、一年経過。去年の七月は暑いけれどもそれなりに平和な夏だったのだろうか。 間近に迫る事故の悲劇も知らず(予知能力はないので)、新しい職場で夏休みがとれないことを単純に嘆いていた。
また夏がきたのか・・・・。わたしは娘が入院するたびに病院へ通い、前あきの服を買うために歩き(彼女は小柄なのでなかなかない)、休まずに仕事に行って家事だけは手抜きしていたのだと思う。娘は病院で着ていた服は捨てたくなるらしいので、まあ、その気持ちもわかるけど、彼女が入院するたびに母の役目は復活する。
個性的な娘はパジャマなんか着ない。ちょっとした部屋着っぽいものやゆるやかなワンピース。
すこし元気になってそれで廊下を歩いていると「そのまま脱走しそうだね」とよく看護士さんに笑われていた。たしかに外出許可が出ればいつでも外へ出たがる娘だった。
突然の事故や入院というあの緊張感を、何故か今日の午後ふと思い出していた。いろんな場面に身をおいてきたな~と思った。これから、なるべく穏やかに過ごしていけるといい。
Jul 24, 2008
連鎖
仕事先で悪戯書きが発見された。それも、馬鹿々々しいようなコドモじみた内容の類ではなく、なんというかひとつのセンテンスになっている。 考えようによっては詩的でさえある。でも、死を暗示させる意味であり、簡単には落とせなくてもちろん悪質だ。忙しかった仕事を終えた帰り道、わたしは夕暮れの道を歩きながら前日に受けたクレームの電話を思い出していた。あの電話と落書きが無関係だとは誰もいえない。
でもたぶんカンケイないだろう。電話の声の主とあの字体とが結びつかない。個人を攻撃するとも思えない。
それでも、疲れた足取りの帰り道は重かった。その日も頭痛薬にたすけられた一日だった。
そして昨日、テレビのニュースに衝撃を受ける。再びおきた無差別殺人事件。犠牲となった被害者は娘と同じ大学、同じ学部の女の子だった。
知り合いの訃報を聞いたり(連続で)、最近はかなり暗い。。。。
Jul 10, 2008
ごめんね、ポテト。
昨夜のおかずの残りを今朝は冷蔵庫に入れ忘れて、帰宅してフライパンをあけたら険悪な雰囲気。。。とりあえずお皿にあけてみたけれど、やっぱりダメかも、、と思っていたら 夕べは家で食べなかった娘が帰宅して発見。
「あ、これ美味しそう、食べていい?」ともう口に入れる寸前・・・!
「待って、冷蔵庫に入れ忘れたからダメっぽい」と止めるのに「だいじょうぶだよ~、食べていいでしょ?」とあくまでもマイペース。
ようやく諦めさせて今夜のご飯を食べていると家人が帰宅。台所に置きっぱなしの皿(捨て忘れた)を見て次女と同じ反応の後匂いをかいで、「そうだね、もったいなかったなー」とゴミ箱に入れてくれた。
じぶんでは隠し味のつもりで入れた醤油がちょっと辛くて失敗作に近いと思っていたジャーマンポテト。家族にとっては「ママ作」というだけでOKだったようだ。それなのに捨てられる羽目になって、、、ジャガイモにも わるいことをした。
Jul 07, 2008
それらの重み
その時わたしは「何も持っていなかった自分」についてふと考えた。結婚をして、育児と家事が生活のすべてだった頃。わたしは読書する余裕もなく(読むのは育児雑誌と絵本だった)、何かを書くためのノートも買わず(メモ帳と家計簿があった)、自分の手帳も持っていなかった。「読むこと、書くこと」から遠ざかっていたあの頃。すべてを失くす必要はなかったのに、手帳は結婚する前日で途切れているし、本は棚に並べられ、ノートはほとんど箱に入れてしまった。。
ふと何かを書きたくなって、残っていたノートに言葉を並べてみたことはあると思う。それも数えるほどしかない。
いま、傍らにないと落ち着かない、手帳も携帯も、文庫本さえ持っていなかったあの頃。それらの重みと「じぶんの時間」について、仕事帰りのなかなか来ないバスを待ちながら考えていた。
Jul 02, 2008
裏庭
長女の退院後の再手術が終わった。彼女は一見とても元気になっていて、「去年は大変だったね」で済んでしまいそうだが、もちろん通院は続いていて再手術の話も出ていた。
それは、悪化や進行を防ぐためではなく(最終的にはそうもいえるけれど)復元するための話で、今回も一泊しただけで退院できた。
次の手術もあると思う。「非常事態」として病院へ行くのは嬉しくないが、今後のためにぜひとも必要な入院なら受け入れよう。
外科病棟は新しいからピカピカだけれど、やはり遠い。歩きながらいろいろ考えてしまう。去年、娘の病室から見えていた工事はすっかり終わり緑とベンチのある裏庭が出現していた。
あのとき工事のおじさんたちにご飯のおすそ分けを貰っていた野良猫たちはどこへ行ったのだろう。
Jun 30, 2008
再会
6月12日小石を投げてはいけないのは「平穏なあなたの家庭」ではなく
じぶんのこころのなかだと気がつく
あのとき何気ないふりをして
カップについた口紅をぬぐっていたけれど
ほんとうはじぶんのせいではなくて じぶんのためだ
6月14日
それでもわたしたちは「悲しいくらいにオトナ」になったので
わたしは何度でもあなたに手紙を書ける
あなたが待っていてくれる
6月8日
30年もの遥かな歳月が過ぎて
無邪気に過ごしたあの日々を懐かしく思い出しながら
わたしたちは互いの名を呼び合い再び出会った
6月15日
出会ったその日が遠い昔のキャンパスなのか
つい一週間前だったのか
とつぜんにわからなくなる
幻をみたような曖昧さがふたりの距離を確定するかのようだ
(子守唄みたいにセピア色の尾瀬
早足のあなたにおいていかれて
やっと追いついたのにけっきょくはひとりとひとりになって
それぞれの心の中を見つめていたあのとき)
6月22日
小石はとっくに投げられていたのだと気がつく
まなざしが交わされた瞬間の微かな震えは漣
眠れない夜の海に浮かべた揺れる小舟は
あなたのところへ行きたがっているからひき止める
「すべては間に合わない」という意味のない自問が
臆病な半月のように
黒い雲に隠れたりまた顔をだしたりしている
Jun 25, 2008
突然の電話
駅長さんから仕事場に電話があった。ざわついた雰囲気が伝わってきてただならない気配に緊張する。
最初にかけてきたのは次女で、彼女が「お母さん、あのね」と言ったあとですぐに駅員を名乗る男性に電話が渡されたようだった。
次女が電車内で昏倒し、たくさんの乗客に助けられて駅事務室に運ばれたらしい。あっという間に誰かが救急車を呼んだらしく「また連絡します」といったん電話は切られた。
わたしは早退の支度をしながら次の連絡を待った。駅長さんから数分後に電話があり病院の名を教えてくれて「意識は戻っていたし大丈夫だと思います。ええ、イノチに別状はありません」と大きな声で付け足してくれた。「命に別状はありません」・・・・またこの台詞!
タクシーで病院に向かう途中、次女本人から電話があった。「お母さん、ごめん、あたし、だいじょうぶだから」と言う。もう診察が終わったらしい、、、良かった。
病院につくと教科書を詰め込んだカバンを持って次女が半泣きで待っていた。ご飯もシッカリと食べ、不摂生な生活をしている訳でもないのに、何故貧血を起こしたのかはわからない。いずれきちんと検査したほうがいいのかもしれない。
娘の友人が車で来てくれたので、駅に行きお礼を言って帰ってきた。「たくさんのひとたちが親切にしてくれた、お母さんの会社の人たちに迷惑をかけた」と娘はしょんぼりしている。無事だったから良かったよ、ほんとに・・。それにしても、突然の電話!という事態に「今度は何が・・・!?」という思いがチラリとかすめていったのはいうまでもない。
Jun 20, 2008
今日のネコ
「ほっといてくれ」と前足でしっかり顔を隠して眠るネコ。「ねえ、ねえ、駿ちゃん」と声をかけて無理やり起こしたくなる。
夜中におなかがすくとぜったいにわたしを起こす猫。あまりに鳴き声がうるさくて、それがまたあまりにも近いので目をあけると枕の上にいて(つまりわたしの顔の横にすわって)見下ろしているネコの顔がある。
昼間はこうして、そ知らぬふりでおばあちゃんの近くでまるくなっている。
Jun 18, 2008
神さま
長女の部屋。それは、彼女の「聖域」というか、誰も入れない場所だった。大きな手術を終えて自宅療養になったとき、亡くなったばかりの祖父の書斎を大急ぎで片付けて娘の個室にした。(それまでは次女と一緒の部屋だった)そこは娘が「じぶんを取り戻す場所」だったのだと思う。
ものすごく多くのものが、形容しがたい状態で置かれたり積まれたり貼られたりしていた。
彼女が恋人と暮らすことを決めて部屋の整理を始めた夏からもうすぐ一年が経つ。ものすごく多くのものが捨てられたり、運ばれていったりして、部屋は開放されわたしに委託された。
わたしは猫と一緒に部屋に入り、残されたものを少しずつ片付けている。
あんなに運んだのに何故まだこんなに本の山があるのだろう。キラキラひらひらを詰め込んだ洋服の袋、シンデレラのようなハイヒール、、。ヘルメットはいったいいくつあったのだろう。捨てても運んでもまだまだある雑多なものたち。かつて娘が必要として、もう不要となったもの。
廊下の窓を開けるとさっそく猫が飛び乗った。
ふと、部屋の片隅を見ると、祖父、つまりわたしの父の所有物だった本が数冊、そのまま本棚に置かれている。「交読 詩編」という薄い一冊を手にしてみると聖書だった。そこにはキリスト関連の本がまとまって きちんと並べられていた。
父はクリスチャンだったが、わたしはキリストを知らない。もちろん娘にも無縁だった。
「かえってきた」・・・、何となくそう思った。父の思い出がよみがえり、懐かしくて切なかった。娘が大切にしておいてくれた場所。それは神さまがいるところだった。
Jun 17, 2008
アザミ嬢のララバイ
山荘は見事なまでに野草が茂っていた。好きなアザミを見つけたので、写真を撮ろうとしたが、あまりに草が多くスカートに素足のわたしは無防備で近づけない。
野アザミ、すっくと背を伸ばして風に吹かれていた。
Jun 12, 2008
みゆきさん
昨日アップした日記、写真をふたつ載せるつもりはなかったんだけど、いつの間にかこうなってた。訂正の仕方は以前、教えていただいたのに忘れるのは得意なので、このままで・・・・。桜桃忌が近づき、最近の新聞には太宰治関連の記事が目に付く。
今日はみゆきさんだった。古本カフェ・フォスフォレッセンス、店主。 近くを通っているのになかなか行けない。でもあの店があそこにあることは、わたしにはうれしい。
みゆきさんと言えば中島みゆきさんの「夜会」。チケット予約の案内を見たけど約二万円!それでも手に入るかどうかだってわからないし、、と思いつつ、昔の「夜会」のビデオ(オークションで買った)を今日は見ていた。
Jun 11, 2008
今日の雪だるま
今日は古本屋の日。ジーンズに運動靴をはいて自転車で緑の息吹きの中を走って行く。紐で束ねられた古書の検品。ひどい汚れやシミがないか、傷みがないか、線引きや書き込みはないか、、、。
レシートや、ハガキや、古い写真があらわれることもある。
持ち主の手を離れ、再び誰かの指で開かれることを待っていたかのような黄ばんだ書物たち。
これは「指導の手引き」みたいな古い本にあった折込ページ。天気しらべの図表見本だと思う。素朴な雪だるまがあちこちにいる。雨も多く、どこか地方の冬の情景が目に浮かぶ。
もう一度、誰かのところへ、旅立てるといいね。
古い本にかくれている小さな雪だるまたち。
何年か経ち、また何年か過ぎて、人とひとがまた出会うように・・・・。別れてもまたいつか、逢えるように。
Jun 10, 2008
今日の水溜り
この小さな公園を通り抜けて、バス停へと向かう。仕事先や、娘が入院していた病院へ行くときにはこの細道を通り、うまくすればネコにあって、大きなバス通りに出る。ふだん駅に行くときとはまた別の、もうひとつの日常の風景。
ブランコの下の水溜りって、どうして懐かしいんだろう。
子どもたちに蹴られた地面がたっぷりと雨水を貰って、次の日晴れてもキラキラ光って誰も寄せ付けない。
でも、いまふと思い出したけど、うちの長女は病気がわかるまでは活発でこういうブランコにも立ち乗りして、ぐんぐんこいでたっけ。見ているのがこわいくらいに。
六歳下の妹が「乗せてー」と言うと、足の間に座らせて、わたしをハラハラさせた。水溜りにつかないように小さな足を揃えて延ばして、次女はすごく嬉しそうだったな。
ブランコの下の水溜り。。。毎日、少しずつ小さくなっていく。