Dec 27, 2005

◎吉増剛造覚書―ハルキ文庫版「吉増剛造詩集」感想

          *私の読んだ「ハルキ文庫」は三部構成になっている。
① 頭脳の塔
② 航海日誌
③ 草書で書かれた、川
* これらは直接詩集タイトルではない。
◎ 印象
「現代詩」という先入観を破ってくれた印象だった。
思ったより読みやすかった。そういう風に編集されている。さすが角川春樹事務所。稲川方人を選者に持ってきて、初心者でも入りやすいように作られている。それでも近年、カッコや脚注の多い吉増の文章を見て何人の人がアタックするだろうか。僕も読書会という機会がなければ読まなかったかもしれぬ。
さわやかですらあった。非常に明晰である。晦渋とは異なる明晰。これは、どこからくるのだろうか。普通、体験を文字化すると距離ができて体験の鮮度は死ぬ。
しかし、書かれながら、書くという体験を生き、その歩みを一点一点、刻印していく場合は、違うのではないだろうか?その刻印の軌跡が書かれている。まるで、歩きながら書いているような印象は、それと無縁ではないだろう。私の参加したクローズドの読書会では、無駄が多すぎるという人もいたし、宮沢賢治のように歩きながら書いているのではないかという人もいた。
もちろん、ハルキ文庫だけですべては語れないだろう。しかし、文字化した=テキスト化したドキュメントという形は、昔から吉増に現れているように指摘できるのではないだろうか?

紫の
魔の一千行
天山山脈に書きつけようと
旅にでた
恒星は朝になったら文字になる!創造の掟を破壊する刺客として、狩人とし   て、旅人として、頑迷なる天動説保持者として、マルコ・ポーロ復讐にゆ   け!

                     (「魔の一千行」―天山断章より引用)

  そのドキュメントを導き、生かしているものは何か?
テキスト論―デリダのようなーは、「生の声」というのはないと指摘する。全ては痕跡なのだと。全て「書かれたもの」から言葉が組織化されていると。そうだろう。
この文庫は石川九楊という書家が書いているが、これは偶然ではない。書とは書かれたものをまた新しくなぞりながら、そのなぞりかたにリアリティーを求めるのである。古代中国の書家たちをお手本として。そういう意味ではデリダの言うように、「書かれたもの」が先行している。
吉増の独特の歩行は、その何者かを忠実になぞる、出来事のなぞりという点で際立っているのではないだろうか?抒情をもなぞり、感覚の火花をなぞる、聞き取られたものを脳内で文字化し、それをなぞる仕方の忠実さが群を抜いているのではないか?
そういう意味で、型というものを大事にする古典芸能に通じる自己劇化のドキュメントといえるのではないか

 いつでも
時代錯誤の
時代おくれなんだ、おまえは
純金の夢夢あるいは狂歌一千年狂草体に文学を崩して爆音たててるつもりがい つしか後方から騎乗位の美人が追ってきて壮大につづく宇宙の白壁も消え途 方にくれてる杜子春てわけだ
ああ
心凄き
地獄だぞーなに、そうじゃあるまい

                        (「渚にて」から引用)

「時代遅れ」=つまり、今ここから遅れた歴史をなぞる位置からの逆爆走。今ある文学を崩して、杜子春に変わる「変化(へんげ)」。古いものに密通しようとするドラマに生きる 「おまえ」=吉増

○ 第一部

帰ろうよ  歓びは日に日に遠ざかる
 おまえが一生のあいだに見た歓びをかぞえあげてみるがよい
 歓びはとうてい誤解と見あやまりのかげに咲く花であった
 どす黒くなった畳のうえで
 一個のドンブリの縁をそっとさすりながら
 見も知らぬ神の横顔を予想したりして
数年が過ぎさり
 無数の言葉の集積に過ぎない私の形影は出来あがったようだ
 人々は野菊のように私を見てくれることはない
 もはや 言葉にたのむのはやめよう
 真に荒野と呼べる単純なひろがりを見わたすことなど出来ようはずもない
 人間という文明物に火を貸してくれといっても
 とうてい無駄なことだ
 もしも帰ることが出来るならば
 もうとうにくたびれはてた魂の中から丸太棒をさがしだして
 荒海を横断し 夜空に吊られた星星をかきわけて進む一本の櫂にけずりあげて
 帰ろうよ
 獅子やメダカが生身をよせあってささやきあう
 遠い天空へ
 帰ろうよ

                       (「帰ろうよ」全文引用)

  非常にメロウな歌だが、単純な抒情でないことは、「無数の言葉の集積に過ぎない私」という言葉から、わかるだろう。逆に言えば「書かれたもの」の中から、さらに死のほうへ、さらに死んだものは生きているという生々流転の瞬間を捕まえているといえるだろう。 「天空」というのは単なる「空」=無への回帰ではなく、古い中国の「天」を想像させる。 他の詩とリズムが違うのだが、吉増の基層低音である生命が捕まえられた瞬間だ。書きながら生きる、そして歩いていくということを打ち付ける一曲だろう。

ただし読み始めは勢いのいい言葉だ。界隈をうろつく、足をたたきつけるリズムと妄想世界めぐりが並べられ叩きつけられ、自動筆記的書き方にしては構成もしっかりして、一語一語に魂が宿っている。しかし重くない。どこか脳の神経細胞が発火する瞬間とスピードに乗っている。世界は脳の中にある。だから「頭脳の塔」と題されたのか。生まれる前に帰りたい芽のような印象。すごく若い。やわらかい印象がある。タイトルがいい。「草原へ行こう」とか「帰ろうよ」とか。
僕は「野良犬」の「やせこけひん曲がったおれたちの音符」とか「玄関」の連呼とか、孤独のうちに連帯を求める詩がいいと思った。「帰ろうよ」は「獅子やメダカが生身をよせあってささやきあう/遠い天空は/帰ろうよ」が素朴な世界への素直な郷愁、本当に帰りたい気がして、いい感じにかわいい。愛しい。

  ○ 第二部―フルブライト留学と、ヨーロッパ旅行の記録。

「黒人は竹馬に乗らないのかしらん」とか詩にも出てくる覚書が笑える。とても真剣なのだが、その真剣さがおかしい。「恋愛詩を書く!」「老年までの恋愛!」とか唐突に出てくるのもいい。スチュワーデスとか合唱団の女の子が「酒井和歌子」に似ていて目が離せないとか、こういうところは目茶、お茶目で健康的なスケベさがいい。この旅行は、マリリアさんとの出会いから結婚まで一気に書かれていて、性にも生活にも世界を見る眼にも時折絶望しながらも発見と転機―稲川方人は「青春」といっているがーあった時期なのだろう。どういう恋愛をし何を見たのかわからないけど、とびとびにドラマチックにそのテンションが伝わってくる。とにかくその出会いからの展開が速い。彼はここで世界を脳内から本当に展開するものとして見たのかもしれない。そのポイントポイントがうがたれている。幸せだ。こういうの僕も書けたらなあ。地獄という言葉が第一部から出てくるけど、吉増の地獄はすごくハイだ。書けない時もハイだ。

○ 第三部

冬に来た時、一渡り、五十円だった、千曲川
の、渡し、この夏も、私達は飯山線に乗って
、行った。 私達は軽く、ステップを踏む、
何故なら、私達の歩行は歩行のための歩(が
踏む)不思議な行列を追っていてー。
千曲川のスケッチ(藤村の)、時折、プラッ
トホームに立って、体操をしていました。

また

 私達は、身体障害(ハンディキャップ)が、
 有様に、やや、傾いて、道路の、傾きのまま
 走って、行った。  幾段に、シフトして、
五、七、五、  -語尾のあたりに、バック
ギアを、入れて、行った。傾きつつ、後退、
せよ、サイド・ステップを踏み(母親熊も、
テンポイントも)、八月、私達は、熱病にか
かった様に、額に、汗を滲ませ、沈み行く。

                 (「死馬が惑星を走る日は」から二節引用)

初期に比べ歩行のリズムが障害者のびっこの韻律に変わっている。繰り返すシフトチェンジという言葉がラップのようでいい。ゆっくりラップ。日本語への違和と現象の記述が同時に進行している。そして死んだ走者(円谷)やテンポイントに語りかけるこだまのような声。世界を見た吉増は明らかにローカルなものをかつても歩いていたが、今度は本当に他界(死者たちが走る世界)が見えるように追いかけつつ引き帰しつつ書かれている。しかし憑依の気配はない。明晰さは失われていない。繰り返しが作るリズムに加え、初期とはちがう地名や人名への呼びかけが特徴だ。初期は、自分はここにあるという印だった名詞が、第三部では、それ自体を物語、歌の中で、呼び合い、たくさんの声が重なるように、死者や土地が覚束ない足取りのほうから呼びかけられている。僕は「死者が惑星を走る日は」がタイトル的にもリズム的にも好きだ。「織姫」の「テルさん」という呼び声も印象深い。
どこか彼方への呼びかけという気がする。第一部の垂直性から水平そして段差と、息遣いが深くなった印象である。

 高一くらいの女ノ子、三人は室内のひかりに溶けた。
 トロッコ?
 路床に小石の聲、水に濡れたスカートを幾度も見上げた。
 トロッコ、
 とろっこ?
 テルさん! テルさん!

                    (「織姫」から引用)
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