Sep 23, 2008

いつもの道・ちがう道―スカイクロラを見たよ

 久々に更新です。ご無沙汰しています。

 昨日スカイクロラを観る。梅田ブルク7にて。



 (以下ネタバレ部分があるので注意)

 自分にひきつけてしか感想がいえない性質なのだと断っておく。その上で言うと自分に引きつけると自分の弱点や至らないところをいろいろ感じずにはおれなかった。

 劇中、こんなような台詞があった。

 「ふだん見える道が今日は変わってみえる。それで、いけないのだろうか」

 そういうふうに、函南くんは自問するのだった。

 この映画に出てくるパイロットたちは、何か根本的に自分の人生というと臭いけど、そういうものを変えたいと願っている。けれど、どうしたら、どうなったら、自分が変われるのかわからなくて、息を詰まらせている。俺にはそういうふうに思えた。

 たとえば函南くんの台詞は、それを象徴していると思う。少しずつ何かがちがってみえる、そういうふうに小さく毎日のちがいを感じるということが「生」であって何がいけないのか。
 でも、函南くんは、子どものまま不死であるという設定がなくても、例えば俺のように有限で、どんどんおっさんになっていても、そう問うことはできる。

   どうしてかって?俺がそうだから。毎日少しずつ違いを積み重ね、俺は例えば5年前とはかなり別人だ。しかし、なんだか奥底ではどうしようもなくずーっとアホみたいに変わらない同じ俺なのだ。(自己同一性?)

 先日悪夢をみた。しかし、考えてみるとあれは悪夢ではない。実際ああやって自尊心をなぐさめる程度には自分を慰安する部分があるのだ。そうやって自意識を守っている。だから都合の悪いことはイヤなのだ。  不死(自殺・あるいは他殺でしか死ねない。自然死?はありえない)であり、子どもであることをかえられない彼らは、命がけで自分を問いながら、根底的には何となくそれに違和をもったまま、自爆的な戦闘で死んでいく。

 見事に散ったら美しいということもない。それぐらいは醒めている。

 俺は、そういう命がけもないから、なーんもえらそうにいえないし、命がけにやるってなんだよとも思っている。そういう半端なひとだ。だからうまくはいえんけど、函南くんが草薙さんにいったみたいに「生きろ。なにかが変わったとは思えるまで」というのはいい台詞だと思った。
けれど、草薙さんつまり愛する人に言うだけでなく、自分にもそういってあげられなかったかと思うのだ。

 いや、そんな自分も他人も救うなんて虫のいい方法をいう俺が甘いのかもしれない。さらにいうと、俺は他人をいかしめる何かを与えたなんてこともないし。また、自分を甘えさせる知恵はちゃっかりもっている。

 けれど、そういうことではあっても、俺は生き残る草薙さんも、そうではない函南くんも、なんか残念に思えてならない。

 だけど、いい映画です。

 きっとこれを作った人は、自分今のままでいいのか?なんも恐がったままで、人生楽しくないだろうっていいたいんだと思う。これだけなら、単なるおっさんの説教だけど、戦争での自爆的な戦いを思わせたり、戦争もまたある種の戯れだと提示する部分もあり、またどんどん寿命が伸びてきた私たちの鈍い慢性的な痛みを示唆したり。
 しかし、俺がジジイになったら、日本も食うものがなくなっていて、すぐ死んでいたりするのかもしれないなと思う。身も蓋もなく。

 だから、情けなくても、無常であっても、いつもの道がちがってみえるだけでなく、たまには違う道を歩ければ。
 だって、どんだけいい加減でも、ひとには誰でも常道がある。ついつい同じように何かをなぞりそのことが義務となる。そらそうだ、けっこうひとは真面目に自分を維持しようとするのだ。しかし、それが楽しいのか、息苦しいだけなのか、最近よく考える。

 他の道や道のないところを歩くと、楽しいかもしれない。けれど、ただだらしなく道を逸れていくのでは、今までの人生がバカみたいではないか。そういう意地も持っているから、自分が行っていない道のことを思うことが楽しいのだ。そして、ちがう道を行く時には、ずるずるいくのではなくきっぱり自分で決めたいのだ。
 自己決定という言葉は苦手だが、それでもそれは、俺に与えられた贅沢であり、責任でもあるのかなあと。



   受験勉強に身が入らず、他のことばかり考えているという現状をいっているだけのような気も…(御免)
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Aug 27, 2008

ふぬけ

スクーリングが終わってから、昨日今日と少し腑抜け。夜はぐーぐぐーぐーぐー。今日はどこかへ行こうかな?
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Aug 19, 2008

みしまゆきお えいれいのこえ よみました

 みしまゆきおのえいれいのこえをよみました
   きみのわるいはなしのうえ じきてきに ぼくはうよくとおもわれるのではないかと しんぱいしますが、おどろくべきさくひんでした

 たとえばにほんのなしょなりすとのせいじかは みしまのこのほんをよんだら どうおもうでしょうか たぶん どうもおもわないとおもう けれど それでいいのだ 
 あらすじ かわさきくんというめのみえないおとこのこがきむらせんせいとこうれいじゅつをおこなうのです でも すぴりちゅあるのひとのはなすこととちがって れいは しょうわてんのうへの うらみつらみばかり いいたてたりします。また、かわさきくんは あまりにすごいれいをよびだしたため しんでしまいます。
   ににろくじけんのしょうこうも とっこうたいのせいねんも ぼくたちはてんのうをあらひとがみとしてしんじたたかったのに てんのうはかみでもなんでもないといいきって あくまでこっかげんしゅとして そのときどきにげんじつてきなたいおうをしたことにおこっています。

   このほんが ふつうでいううよくとかなんとかというわくで はんだんできないのは てんのうをいちおうは しんじ たたかったひとたちと てんのうじしんのすれちがいをひょうげんしているからです
 てんのうを かみと あがめて たたかったとしても どうにもならなかったというげんじつがてーまです それに もちろんぼくもこたえなんかないし みしまも といをだしつづけるだけ 
 なんか こうれいじゅつのあいだ かぜがふき とんでもないへんなふんいきになっているのに みょうにさめていたり あつかったり みしまのふでじたいにのうたんがある 
 みしまじしんがかいているあいだじゅう かみさまなんて うさんくせい とか いや でもそういうきょうきやじょうねつじたいには いみがあるのかもと ゆれうごいていたからではないかとおもいました だから よむひとも ちょっと いごこちのわるい きぶんになるかもしれない

 きっと ぼくのぶんしょうをよむひとには しゅうきょうに あれるぎーのあるひともいるとおもう ぼくもかみさまとかなんとかは ちょっとどうなんだろうというぶぶんと でも ひとのなかにある こんとろーるできない しょうどうや よくぼうは それがなければ ひとがいきるいみがない とも おもうのでした    
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Aug 18, 2008

明日からスクーリング

一週間、某大学でスクーリング。僕は通信教育で社会福祉士養成課程に在籍しています。

もともと知的障害者の介護に従事した関係がありそれから心身を痛めたんです。

いつかは体系的に福祉を学びたいとは思っていました。けれど、心身ともに辛い仕事。また、今の社会、労働というものは苛酷です。

それにくわえて自分は心身も丈夫でなく流れにうまく乗れない頑なさがあります。だから福祉を志していると胸を張っていえませんし。介護に従事していたころもしんどいつらいばかり泣き言もいえず苦しんでいました。まず自分自身が充足した生き方をしなければ他人のお世話、援助などできないのではないかと。

けれども、一昨年くらい元気が出始めてリハビリがてら始めたんです。あたまが変になっていましたから頭の訓練にもなると。

そうしてレポートをひいひいいってやり、昨夏のスクーリングもやり今年の冬実習にも行きました。

なんとかなんやかんやありながら、ここまで来ました。

今日鍼灸の先生に出会ったら、先生に「がんばるってことも大事ですよ」といってくださり、はっとしました。

まあ、せっかくはじめたので最後までやりきって修了し受験資格を得たいと思います。

来年の頭には国家試験です。

明日からがんばります。ちょっと緊張です。
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Jul 18, 2008

33年後の岡真史、おれ34歳

さいきん岡真史の名をネット上で目にすることが何度かあった。彼は12歳で投身自殺したという少年で僕より一回りくらい上である。かれが亡くなったとき、僕は1歳であった。

   知り合い2人の日記で岡真史の名を見たのだ。それで妙に気になって、昨日本屋に岡真史「ぼくは12歳」を買いに行った。ところが、ブックファーストになく、ちかくのAという本屋へ。Aには検索機があるが、いくら書名や名前をいれても「該当するデータはありません」と出る。不可解である。
次にK書店へ。ここは蔵書数が多いからあるかなと思ったらない。店員に調べてもらっても在庫すらない。
けっこう今でも人気があるのか。時々こういうことがある。で、駅を越えて老舗の本屋に行く。さすがここはあった。すばらしい。

 帰って「ぼくは12歳」を読み始める。彼の書いた詩と学校の作文、それから親御さんの手記。読者からの手紙までついている。誰かが上手だけどやはり子どもの詩だといったが、子どもだろうが年寄りだろうが、あるタイミングがくればとんでもない作品を書くのが人間だと思っている。ただ、そのタイミングというか自分の中の高まりとどう向き合うかがとんでもなく難しい。

 夕方ただただ声に出して読む。黙読したりもする。ひとりでほうほういっている。

 夜、家の者が帰ってきて、一緒に岡真史の略歴を見ていたら、岡真史の亡くなった日があった。それがなんと1975年7月17日。33年前の明日。つまりこれを書いている時点で今日である。ちょっとビビッた。時々必死で梯子して本を探すのだが、怪談にしてはいけないけれど、なんかに突き動かされていたのかな。霊とかいうと、いろんな意味で不謹慎だからいわないけれど。

 時々見えてしまった人というのがいるけれど、岡真史の詩を読むと賢さよりも、その見えてしまった後の不思議な風が漂っているようにも感じる。如何に後世から未熟だとか言われても、その時その瞬間ある地点に立ち、そこを過ぎ去ってしまったこと自体は否定できない。

「道でバッタリ」という詩がある。バッタリ何かに出会ってしまったのである。そこで何かがはっきり「わかってしまった」のである。そのように感じる。いかにかわいかったり希望に満ちているような彼の文章を読んでも、見えてしまった後の妙な感じが感じられるのである。僕はアホだから岡真史に何が見えていたかわからないのだ。もしかしたらとてつもなく真っ暗だったのかもしれない。わかったようにいうのは止めたいけれど。

無題という詩がふたつある。

「無題」

にんげん
あらけずりのほうが
そんをする
すべすべしてた方がよい
でもそれじゃ
この世の中
ぜんぜん
よくならない
この世の中に
自由なんて
あるのだろうか
ひとつも
ありはしない

てめえだけで
かんがえろ
それが
じゆうなんだよ

かえしてよ
大人たち
なにをだって
きまってるだろ
自分を
かえして
おねがいだよ

きれいごとでは
すまされない
こともある
まるくおさまらない
ことがある

そういう時
もうだめだと思ったら
自分じしんに
まけることになる

心のしゅうぜんに
いちばんいいのは
自分じしんを
ちょうこくすることだ
あらけずりに
あらけずりに…

**********

さいきんモディリアーニをみたので あの描線の正確さは彼が彫刻家志望だったことから来ていると 先輩から聴いた。 その線の捉え方はまさに丁寧に削った感触である。 そこから僕はモディリアーニによくない印象を持ってしまった。 しかし僕の心が弱っていて そういうときにマッチしなかったので モディリアーニが悪い絵描きということにはならない。 問題は僕の心の疲れそのものなのである。 うまくいかないにも関わらず あらけずりにけずらないと 心の壊れは止まないのだ。 今の僕にとってすごく示唆的である。 でも彼亡くなっているよなあ…

「無題」

けりがついたら
どっかへ
さんぽしよう
またくずれるかも
しれないけど

**************

それにしても、けりとは何だろう?死とかそういうふうに解釈するのもなんとなくちがうし…

※7月17日岡真史の命日に書きました。
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Jul 15, 2008

ウディ・ガスリー

昨日病院の診察で、先生が仕事のペースダウンをしたほうがいいという。社会復帰訓練なので、たくさん働いていないけど病人だから仕方ない。良くも悪くも疲れやすい心である。しばらく掃除の仕事は休養することに。今つぶれたら元の木阿弥だから。

 昨日病院の帰り梅田でナカイ楽器のCD,レコード市をやってた。ウディ・ガスリーのアルバムが安く手に入った。昔FMで聴いて覚えてて、売っていたので感激。ボブ・ディランのさらにその元祖のフォーク。戦前の人。おそらくプロテストソングやけどいかめしくなく、静かな祈り。ヘロヘロの朝に、この歌いい。弱ってても聴ける。

Woody Guthrie...Talking Those Dust Bowl Blues
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Jul 14, 2008

本格的に

心身の調子が不調である。

なにを書いても情けないことになるので
それはキリがないので日記を更新しなかった。

身体の方は鍼灸院に週一で通うことにしている。
それで溜まった疲労や何かをとるのと同時に
これから本格的に体が変にならないように
予防しています。
身体の方は、コリや冷えは一時よりマシになっているので
このまま鍼灸院に通って調整していこう。

問題なのは「気持ちやこころ」のほう。

実際心と体はつながっているから
こころがめげてくると当然体の力も落ちてくるのです。

それと心が弱くなってくると
元気なときにはなんでもなかったような様々な刺激が酷くこたえるようになる。
神経がむき出しになって、あれにもこれにもイライラしてくる。
へんなことを言うし、きれやすくなる。
結果何が大事で何がどうでもいいことか、整理できなくなる。
あれもこれも辛くなって泣けてくると
落ち着きも平安も少なくなり
大変なさけない気持ちがしのびよってくる。
そういうわけで
ああ、弱ってきているなあと思うのです。

そうすると、たいへんうっとうしい人間ができあがってくるので
それで、ごちゃごちゃしてこないか大変気がかりです。

久しぶりに、そうなっているので
ちょっと不安です。
本格的にぶち壊れる前になんとかしたいです。



ここまで、ちょっとこわいことを書いてきました。
実際、自分は小さい頃からダメな気分や
被害者意識に陥ってきましたから
やっぱり元気なときと参ってきた時に見える世界はちがうなあとつくづく
感じています。

ひとつよいニュースは無事すべてのレポートが返ってきて
あとは、8月の一週間のスクーリングを終えれば
基本的に通信教育の勉強はおしまい。
すべての課目合格であれば、10月末で通信教育修了です。
あとは来年の国家試験です。

だから、やっぱり今ちょっと変になってきているのは心配。
一緒にいる人や僕の回りにいる人も大変で迷惑かけっぱなしです。

こんな弱い人間が、どうやって働いて生きていけるのか
今は公的なお金で暮らしていますが
それも心配ではあります。

以上愚痴でした。
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Jun 25, 2008

許せない時に-石原吉郎の言葉から感じたこと

冒頭にまず詩人石原吉郎の言葉を置く。

人間が蒙るあらゆる傷のうちで、人間によって背負わされた傷がもっとも深いという言葉を聞きます。私たちはどのような場合にも一方的な被害者であるはずがなく、被害者であると同時に加害者に転じうる危険に瞬間ごとにさらされています。そういう危険のなかでなおかつ人間の深い連帯の可能性(…)を見失わないためには、人間はそれぞれの条件的な、形式的な結びつきから一度は真剣に自分の孤独にたちかえって、それぞれの孤独のなかで自分自身を組み立て直すことが必要であると思います。深い孤独の認識のみが実は深い連帯をもたらすものだという逆説をお考えになってください。
(「肉親へあてた手紙-一九五九年十月」石原吉郎)

 最近川本隆史『共生から』(岩波書店)を読んでいて、この文章が目に留まった。

 僕が述べたいと思っていた事柄を石原はとてもシンプルに書いています。これはほぼ五十年前の文章なんだけれど、全く今でもいける。通り魔の事件や、死刑や、身近にも様々な苦しみにいる人たちがたくさんいて、自分もそうで僕は気の利いた言葉は書けそうにないです。けれど、とても気になっています。しかし、自分の言葉だとお説教くさくなる。それでも、石原の文章を読んで今感じたことを書いていきます。
 例えば殺されるまでいかずとも、生きていて一度や二度、深く人に怒られ憎悪されバカにされ、それに深く傷ついた人は多いのではないかと思います。
 僕も同じで、昔、僕を深く傷つけた相手をひどく呪い、忘れられない思い出があります。

 しかし、人を恨み、あいつなんかいなかったら良かったと呪っていたら、生きるのがとても苦しかった。だからといって、その人を許しそうとしても、難しい。周りの言うとおり怒りを感じないようにしたら、気が変になりそうだった。
 だから、傷つけた相手を許すというのは、実際しにくい。石原の文章も、許すということは書いていません。なぜなら被害を感じるということ自体は人として変じゃないからです。

 けれども、呪ったり、呪うのをやめたりを繰り返す場所にい続けることは大変苦しい。そのことは僕の場合実感しました。けれど、急に世の中すばらしいとは当然なりません。
 石原は素晴らしくないこの世界で生きるにはどう考えたらいいか、何も答えは言いません。

 けれども、自分が苦しみ、呪い、相手の存在をどうにかふり払いたいと思うとき、かつて自分を傷つけた人の心に似た状態に自分もなっているのではないかと私は感じます。 自分が苦しいということから、いつのまにか誰かを苦しめたい・いじめたいという攻撃性が生まれてしまうことがあります。けれど、それを本当に実行したら、自分が苦しんだりよろこんだりしている大元の「生きる」が消えてしまう。僕は別に自殺のことをいっているわけではないんだけど、 「苦しい」を消したいということから、なぜか、苦しいといっている自分や赤の他人を傷つける方向に行くのには、何か途轍もないすり替えがある。そのすり替えは暴力だろうと思います。
個人的にその「すり替え」が僕はひっかかります。自分に対して。人に対して。それは、僕自身が八つ当たりすることもあるし、自罰的な気持ちが高じていつのまにか誰かのせいにしている・あるいは自分をいじめていることがありがちだからです。

 石原は「自分の孤独にたちかえって」といいます。僕の言葉では、「私は苦しい」という地点に留まって、何が苦しくて、その苦しみはどこからくるものか感じてみるということ。それは苦しい作業で全くきれいごとでなくて、そうしないと何も納得できないし腑に落ちない。僕はそういう感じの人です。もちろん、誰かに傷つけられて失ったものは元に戻らない。けれど、何かを取り返すという形でなくても自分が「こうだな」と感じられることがひとつでもあれば、そう感じられた時点で生きられる気もしています。

 石原の文章は、ベースに「善人であれ」という命令を置きません。俺だって「ろくでもない」人間になりうる。それくらい、人間は恐いものだという認識が元にあると思います。それは、他人も変わらない。だとしたら、嫌なことは多いはずで、でもしじゅう苦しいだけではないよな、なんでかなという地点からはじまっていると思います。

 けれど石原は晩年深くアルコールに蝕まれ、この文章から20年弱でその生涯を終えます。だから、この件に理想的な、あるいは完全な答えなんてないだろうなと感じるのですが。

   川本隆史は石原が学生にどう生きるべきか問われ「丁寧に生きよ」といったといいます。どこか丁寧に感じ考えて、とりあえず限界まで行けたらなとはよく思っています。けれども、実際は大雑把な感じでやっています。でも、苦しいときは一度きっちり自分のことを思い思いやると、そっから抜け出せることが多い気がしています。経験上。
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Jun 11, 2008

仏に拾われたのかな

というわけで、な、なんと!!
無事財布が昨日出てきました。

昨日は大阪環状線の「奈良方面加茂行き」に乗っていて失くしたので
JR奈良駅から連絡がありました。

名も名乗らず、届けてくれた方
どこの誰かは知らないけれど~♪
素晴らしい!ありがとう。
私の落ち度なのに。

心配してくださった方すいませんでした。

奈良は遠かった。
奈良だから仏の化身かな。
慈悲の心かな。いやちがうかな。そうかな。わからぬ。
でも、知らない人なのに影が感じられるような気はします。

こんな物騒な世の中でもいいことはあるという気も。

ほっとしてくたびれや、緊張がでてきました。。
ふにゃふにゃです。
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Jun 09, 2008

遺失物届け

 JR大阪駅で電車から降りて、20メートルくらい歩いたら、財布がポケットにないことに気づいた。急いで駅員さんに話した。何両目かとか聴かれて、駅のホームの端っこの連絡室に行った。若い駅職員の人が財布の特徴や何両目かを確認。環状線の色んな駅や、僕の乗っていたと思しき電車に連絡してくれる。見つからない。駅職員の若い人が警察に「遺失物届け」を出すようアドバイスしてくれる。大阪駅前の交番に行った。大体夜の7時くらい。その前に診察に行く途中だったので、病院にキャンセルの電話。病院の人も心配してくださる。交番に入ってしどろもどろに話していたら、若い警察官に「要するにどういうことですか」と問われはっとする。
 それから、警察官にキャッシュかクレジットカードの類は止めましたかと聞かれ、未だですと答えたら、銀行の電話番号を教えてくれた。電話したら、ぼそぼそ話すオジサンがでてきて、すぐに止める手続きをしてくれた。それから「遺失物届け」をつくる。僕が被害額をまちがったので、一回作り直した。届けが受理されるまで時間があったので、彼女に携帯で電話。警察は帰りの交通費は貸してもらえないそうなので、迎えに来てもらう算段をした。非常に情けなかった。病院の帰りに実家で飯食うことにしていたので、親父にも電話し、なんだか心配をかけてしまった。
 もしかしたら、すられたのかもしれないが、それだったら、恐らく出てこないし、落としても相当混雑した車内だったから、出てこないだろう。しかし落とした感覚というか気づいたらなかったので、かなりぼーっとしてたのかな。まあ、しかし思い出すって不確かだと思った。帰りふらふらだったが、帰って彼女とご飯を食べたら少し気分が戻った。病院の診察券なんかも作り直さないといけない。病院に行くことにしていたから、保険証も。これは痛い。現金ももちろん痛い。痛すぎる。でも、そういう具体的なことよりも自分がなぜ失くしたのか、ぼーっとしていたのかが、気になった。悔しいというより、なんか情けない。
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Jun 04, 2008

個人的には

 最近仏教ブームです。

『大乗起信論』(岩波文庫)
『般若心経・金剛般若経』(岩波文庫)

現代語訳を読みながら註や漢文を見ています。こういう書物は普通とちがい読み終わりがない。
言葉は難しい。けれど、「如」て「ありのまま」ってことなのかな。
 でも、仏やその教えは「在る」とも「ない」とも言い得ないそうだから。
 でも、本当のことってそうじゃないかな。わかったといえば、うそになるし。だから、あえて言わないし誰も真理を所有することはできない。時々、非常に大事なことが訪れて(これを如来というのか)つっても、いずこから来たかはわからないのだが。常住ともいっているし。新しく見つけたと思えばそこにあったとも。
で、その真理の証言者に常になれるわけではない。そんな権限は誰にもない。しかし、誰でもが本当のことに気づくことができる。
この2つの本は対話というか詩というか。わかるまで話して話しては忘れてしまうという形で本当のことはあるんだな。だって、本当のことが誰かに握り締められたままだったら極端な話、他の人がいる意味がなくなってしまう。

面白いのは、もちろんお経なのだけれど、語りかけ対話する相手をちゃんと考えていることだ。伝道という一方通行よりも、伝え合うことの難しさを作者(複数だろう)が感じている。得る・修める。伝える側も学んでいる過程であり、教え自体に教えるものの独善を戒める働きがあるようなのだ。しかし、なぜその働きが失われたかも興味あるところだ。また教えの力が失われるかもしれない遠い未来への配慮も感じられる。恐ろしい広さの射程である。今このとき、あなたに、あなた方に伝えることが務めであるということ。また、教えの自己存続よりも、「あること=ないこと」という形で、その自己存続の絶対化の悪を浄化しようとしている。あるとも、ないとも言葉で言いうるが、そこに実体化や虚無化の罠が潜んでいるとしつこく語られる。我々はよいことを忘れてしまうし、また忘れまいとしてしがみつく。人や生き物の働きはそうなのだが、どちらも一概に良いとも悪いとも言えず、逆にいえば執着はあるとき牙をむくことを説く。金剛経のほうは、忘れ去られても何がしかそのありのままの心が生きていることをこそ肯定している。
 なぜ偉そうに教えを独占できないか。そうしたら、みんなが気がついて向上することがなくなるから。しかし、なぜ教える人がいるのか。その人は常に何かの通路になって語っているし、代役みたいになって、真理らしきものをいう。それは心に響いたり響かなかったりする。子ども達が何も言うことを聞かないときに、先生は怒る。子どもは「なぜ」と問う。しかし先生は究極的には「なぜ勉強するか」「なぜ今坐るのか」を答えることはできない。その感じは問答無用に見えるが、先生さえも何かの代行であって、真理の所有者ではないからだ。しかし、教えるということは依然として大事だとすれば…これは喩えであり、今の教育や世の中の前提自体がおかしいということは僕も重々感じるがそれはまた別の機会に。最近先生をやっているものの愚痴を聞くことが多く、ついつい先生の喩えになってしまったけど、そこでいくつかのことを考えたのだった。てか俺先生ちゃうし学校しんどかったし。。

 私はハイデガーのヒューマニズム書簡を同時に少しずつ読んでいるが、ハイデガーも「存在に呼びかけられ、それに従う」という気持ちを強調するから、遠くはない。しかし、「存在=ある」という。仏教は「在る」ことが在りすぎることへの解毒剤のように思える。在るというより、在ってほしいという人の気持ちが落胆や絶望を生み出す。そのメカニズムに敏感だ。ハイデガーは民主主義・ヨーロッパ理性が世界化した中では、「存在」つまりありのまま(自然・人らしさ?)は病んでいくから、まずはそれに近づく処方箋を書く。なぜなら、あれもないこれもないという虚無主義が理性の果てに在るからだ。それもまた様々なことを絶望の淵で夢見、ありもしない希望や対象を作り出す。仏教が求めることで対象を実体化する戒めにハイデガーも通ずる。けれど、在るが回復しても、逆にその在るの力も無垢でなくやっかいなように思える。まだ終わりではないので、仏教の古い経はそこからまだ必要にも思える。欲望や実体化の果てしなさの中で、危機を感じている点はハイデガー・仏教とも意外と近い。しかし、まだ全然不勉強なのと、テーマがでかいので、判定はできないが。



 しかしふと思う欲望の果ては何か。欲望とは何か。欲望が悪だとしても。そんな素朴な問いも浮かぶ。
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Jun 03, 2008

梅雨入りなので…

こんな曲が似合うっす。ブライアン・イーノ、今まであんまり聴かなかったけれど。
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下手に説明するのはまずい。創作ってそうだよな。

先週土曜日。大阪文学学校にて小池昌代さんの特別講演があった。

 小池さんの詩は昔1冊読んだ。『もっとも官能的な部屋』だったと思う。
なんか馬の詩がよかったなあという漠然とした気持ちがある。なんか良かった思いがある。当時のガールフレンドが読んで「これは面白い」か「面白くない」といっていたような。しかし、面白いと面白くないでは、全く意味が反対になってしまう。

 それくらいあやふやな記憶であるが買って読んだのだから、もしかしたらかなりいいと思ったのかもしれない。その頃は詩集というのはまだ私にとって遠いものだった。



 小池さんは「大地母神」の「力」の作用を受けているようなことをいっていて、しかしレジュメに載っていた詩は大変すっきりしていたのであった。ドロドロの逆で、少し味が足りないくらい「カテゴリー」的な言葉の整除された配置であった。彼女は、ねじめ正一に仮託して「小説を書いてから詩を書くと言葉が薄くなる」といっていた。  この言葉に一瞬同意して、しかしすっきりしないものがあった。何か体感的なことを言っているようで、どうも言葉から何がしかを引き出そうとする手つきが見えるような気もしたのだ。

 言葉が薄くなるってのは、なんとなくわかる。僕のように小池さんほどキャリアがなくてもである。しかし、言葉が薄くなるのではなくて、言葉が何かから剥がれていくために薄くなるのであり、そこで言葉との関係の変化があると思うのだ。つまり、言葉との関係が薄くなっているのだと思う。

 私には理解不足なのか、イマイチ散文への移行の意味が計りかねた。それは私がひねくれているのかもしれない。しかし、彼女の話は非常に整理されたスキームに乗っているようで、そこで予め決まっているものが多すぎる気もしたのだ。

 若いと過剰であるから、ねっとりと意味を込めようとする。すると独自の濃い密度と呼吸で書かれるように思うのだ。しかし、何か異なる理由でその過剰が埋まるかあるいは、埋めることを諦めるとねっとり感は減る。
 しかし、そういう場合でも薄くなってもかまわないのではないかと思う。
籠めるものが少なくなるのは別に変ではない。しかし何かが変わったのである。それは少なくとも小説を書いたからという形式の問題とは別のようにも思える。



 私たちは簡単に「薄くなった」といってしまうが、書く位置の高度自体が変化すれば酸素濃度は変わるとか。私は詩より先に小説を読み、で、小説は書けず・書かないで来てしまった。だから詩に没頭して詩を書き始めたのではないから、どうも感覚がちがうのかもしれない。

 しかし、そういう始まりの問題は大事である。また、高見順のように詩を書いたり小説を書いたり、それは小熊秀雄や賢治やタルホもそうかもしれない。そういう人たちのことは「詩と小説の往還」というタイトルに関わらず触れられていなかった。やはり歴史の話は大事だと思う。

 小池さん自身「言葉の薄さ」でいおうとしたものを諮りかねているのかもしれない。しかし、それは小池さんの言葉との関係がどこかで掛け違っているからか、私が小説を書いていないからか、どっちかわからない。

 しかし、私はどうも小池さんがもう言葉に住まわなくてもいい状態を達成しているのかもしれないような気がするのである。にもかかわらずレジュメに載っていた45文字という小説の抜粋や、「タタド」という小説の抜粋も良いように思えた。彼女は、最後のほうで「現代社会に疲れた男は女になってもいいのかもしれない」といっていた。女の叡智みたいなものが男を救うといいたいのだろうか。しかし、正直女の方が存在の真理に近いみたいな非常にずっこけた感覚に聞こえた。どっちが近いということでもないだろうに。
 もしかしたら、そのような乱雑な実体化があって、それが実体化や造形化だけに括れない詩から彼女を遠ざけているとしたら。そういう暗澹たる思いもしそうだった。どうなのだろう。詩も小説も言葉によるところが多いのだから、聡明さが、聡明さがおびき寄せる整理が言葉を軽くしてしまっているのだろうか。

 やはり下手にするする説明するのはまずい。創作ってそうだよな。

しかし朗読はとても良かった。ある種の美しさ・凛質がある。優等生の女の人に感じる色気といおうか。(そんな反応の仕方しかできないのが我ながら情けない)「ねじまわし」という詩の「からまちま」という言葉が旋回する感じよい。しかし、言葉がからまわりするのはイヤだといっていたがどうしてそうなのか。いやからまわりするのはイヤだけどどうしてそう感じられるのか。結局私にとっても課題であるかも知れぬ。優等生的なものをどう脱出するか。

 結局こういう問いは自分に跳ね返るわけだが。



講演後に小説を書いているFさんや、以前読書会でご一緒したMさん、Kさん、Hさんと挨拶した。京都のYさんとも話す。みんな三々五々に帰っていった。河上さんとぼーっと立っていると細見和之さんがあらわれた。細見さんは私たちのクラスのチューターだった。細見さんは、ぼけーっとしている河上さんに元気がないぞ!と抱きつき、私に向かって「tab面白いよ」といった。うれしかった。

そのあと河上さんと彼女と私で飲んだのであるが、飲んでぐーすか寝ていたら、夜中の三時に気分が悪くなって目覚めた。そんなに飲んでないのにおかしいなあ。
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May 23, 2008

地の声

 こないだお灸とマッサージをプロの方にしていただいて、足の冷たさや肩の張りは少しずつマシに。体を冷やさないのが大事らしい。だから自分でも冷たいものは控える。あったかいものや野菜を入れた汁物を食べる。ビールは時々にするなど工夫してます。昨日はビールに焼き鳥でしたけど。あと自律訓練法、冷えが気になるときは腰にカイロ。
 といっても健康オタクではなくて、単に肩や背中が張ると息が苦しくて、頭が痛くなったりして快適さが減るから、気分良く過ごしたいと思っている感じです。
 友達や大切な人のことを時々思います。私だって怒りや情けない気持ちにかられるときはあります。そういうときに、色んな人の顔や様子を考えたい。そこには温かみもあるから。けれど、知らず知らずに強がっている。だいぶそうしなくなったけれど。昔はよくからかわれたり、いじめられたりしていたから、なめられないように人に頼ってはいけないと思ったら、思春期やなんかのせいもあって、結局20代から30代前半までそのかたくなさを溶かすのに要しました。
 今でも全然治っていないけどそういうのはあるんだなあと頭の隅にはあるようになりました。世の中はみんななめられないようにがんばっている人も多く、しかしそうするとそこから降りられなくなってつらくなるんだよなと思います。成果やまともさや、ちゃんとしてることが求められ、自分でもそうしたいと思う。
 それは各人の生き方です。けれど、そうして地の声が出せなくなる場合自分が蝕まれていくときもある。そうすると僕の場合真っ先に体が変になるのです。体は正直です。

 単に甘やかすのではなく凛としたものもあったほうが素敵。だけど、それには何か支えが要るんだなあと思うこのごろ。支えがないと怒りや辛さに人はすぐやられますから。
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May 20, 2008

やばそうな領域についての2つの試論他-呼ばれる詩の場所・事切れる=死

1.こないだ某詩賞に応募したよ。あかんかなあ。



2.「呼ばれる詩の場所」

ハイデガーの「言葉についての対話」を読了。「芸術作品の根源」は真ん中くらい。

ひえ~、言葉がよくわからん。でもそれはまあ仕方ない。

なんとなくハイデガーにもつながるのかもしれないが
何か書くとき、とくに詩らしきものをしたためようとするとき
意識が変成するように思えるのである。
しかし、そのきっかけは酒やら、薬やらの力でそうなるばかりでない。

鳥の声でもいいし。
で、書くものは鳥の声とはあんまり直接つながってなかったりする。
しかし、何ものかの呼び声で励起(立ち上がる?)するようには
いえるような気もするのだが。ごく個人的に言えば。
しかし呼びかけそれ自体は正体がよくわからない。
だから書くのだろうけれど、ハイデガーについても、その呼びかけが
一体なんであるか私はまだ不明であり戸口に立ったばかりなのだ。
しかし、それなしには何かが落ち着かない。いや作動しない。

自分の真実性や虚偽性を識るのに、詩が必ずしも
必要かどうか不明だ。しかし、それを識る身振り・祈りの
形象化・祭祀化(自ずとそうなってしまう)だと考えうる。
仕事でも無為でも生きとし生けるどのような営みでも
己の真実性や虚偽性(虚構性)は識ることができる。
おそらく、その働きに「書くこと」は近似し
また決定的に遠ざかってしまうように思える。
その遠ざかりは苦であるが、遠ざかりを十分に自覚し得れば
私は「書くこと」で何かを強く思うことができ
その思ったものを解放したり、それに縛られたりしてしまうことができる。
ただ、「書く」人は「書く」形で、絶えず確かめや不明に
陥るような行為を択んでしまっているとはいえるかもしれない。

故に何かに呼ばれたりする形、それはある意味幻聴みたいなものかも
しれない。だけど、それがないと私が意識があったり、自分が引き受け
ないといけないことがあるような気にならない。
私は怠け者だから、起こされないと起きないのだ。
私はほとんどの場合比喩的にいうと寝とぼけて生きていて
もう全く考えることがない。大体バラバラな思念やら行為の断片の海を
生きていて、それは物として存在していたり、事として存在していたりして
まだらである。

それが不意の声によってある場所に呼び戻され新たに召還しなおされるような気がするのだ。
召還され新たに言葉としての身体(場所?) として編成される。
しかし、構成というものがどこまで自覚しうるものなのかな。

また、それが「覚醒」であったり、「本来性」であったりするのか
わからない。非常に厄介である。

「ある場所に呼び戻され新たに召還しなおされる」ことが
人間本来の姿への回帰だと信じすぎると
それは急速に一回性やら、ノリやらを失って
いきなり動脈硬化を起こし始める。

けれど、私はこのような形である場所に置かれているような気がする
っていい続けること事態は、無ではないような。
意味があるかどうかは別にして、何度も、似た場所にたってしまう
っていうのは、気になることである。その気になり方を表出することは可能だろう。

その「気になる」(気づかい?)感じに従うと、きっと痛い目にあうことも多いのだが
乗りかかった船には乗ってみて
痛い目やら快楽の展開を追うと、その感覚の体自体が通路になって
変な場所というか、その人の有り様のようにいびつな場所に出て
しゃあないなーと思うのかもしれない。
しゃあないなーが「覚悟」みたいなものか知らん。

けれど、そう思うと更に、なんでやねんというふうに
放り出されて、絶えず私は詩を書くという聖性を見失う形で
それを識るのである。



3.「事切れる=死-Tさんの日記に触発され死者と生者との関係についてとにかく書いて見ましたら、こんな変な文章になりました。」



死は「事切れる」とも言うのである。
事というのは物事のことだったりして、現象
つまり感覚や観念の世界として可視化したり
思考化したり数えたり記号にできる領域だとする。
ならば、そういう圏域から抜け出るのでも
消えるのでもなく「切れる」というのが死であるかもしれない。

自分はいまわの際の人の体や存在雰囲気を感じるなら
そこにその人はオワスわけであるが
そのオワスことはたぶんなくならない。
しかしオワスから何かが切れて
我々の表象言語世界とは別の圏域に
移行する。
この移行の過程はTさんいわく「あいまい」である。

けれど、なぜか私がそこにオワスある人に呼びかけても
返事がないというのはわかる。
いやわかっていないのかもしれないけれど。
それぞれケースバイケースとしか言いようのない感じで
心身機能は、人へこたえることを終えていく。



いや、いつまでも我々に感知できない形で
オワシますある人はオワシますを減少=(世界へと)還元させながら
こちらへ投げかけ
私の存在をその人のもとへ引き寄せようとするのだろう。

残念ながらそれを現実界にて応答なしと宣告するのは
医師であったり制度や葬儀屋であったりする。
けれども、別次元で私はその人の「事切れ」の何かを聴いた感じが
あるのかもしれないとも思う。
生者の都合で押し流して死を確定させてしまうとしても
ある形で永劫、その人の声を聴けなくなることは
確からしいと思われたりもするのだ。
しかし、これも言い切るのはためらわれる。
そのためらいを大切にしたい。

私は死んだ人にどれだけ呼びかけても
生きた事=現象の形では、もう反響がないから
自己のうちに閉じ込められて、その残響の中で
その残響をこうかなとしておく。すると
また人が死に、わからない声の総体のように
私はなっていく。
そのわからなさエントロピーの増大にしたがって
私は世界と一体化し続け、不随異な部分だらけになり
ある日事切れているような…
そうすると世界という集合に巻き込まれることが「死」だとすると
何から事切れてどこへここの外のどこへいっているのか
急にわからなくなってしまった。
ゆえに、何かでいえるような形ではいえない=事切れる
ってことで、その言えないという姿かたちが死の表象に似ていて
だから、やっぱり死は言葉にとって最大の重大事であり
最大の無関係事やもしれん。
Posted at 21:04 in nikki | WriteBacks (0) | Edit
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