Jun 25, 2008
許せない時に-石原吉郎の言葉から感じたこと
冒頭にまず詩人石原吉郎の言葉を置く。人間が蒙るあらゆる傷のうちで、人間によって背負わされた傷がもっとも深いという言葉を聞きます。私たちはどのような場合にも一方的な被害者であるはずがなく、被害者であると同時に加害者に転じうる危険に瞬間ごとにさらされています。そういう危険のなかでなおかつ人間の深い連帯の可能性(…)を見失わないためには、人間はそれぞれの条件的な、形式的な結びつきから一度は真剣に自分の孤独にたちかえって、それぞれの孤独のなかで自分自身を組み立て直すことが必要であると思います。深い孤独の認識のみが実は深い連帯をもたらすものだという逆説をお考えになってください。
(「肉親へあてた手紙-一九五九年十月」石原吉郎)
最近川本隆史『共生から』(岩波書店)を読んでいて、この文章が目に留まった。
僕が述べたいと思っていた事柄を石原はとてもシンプルに書いています。これはほぼ五十年前の文章なんだけれど、全く今でもいける。通り魔の事件や、死刑や、身近にも様々な苦しみにいる人たちがたくさんいて、自分もそうで僕は気の利いた言葉は書けそうにないです。けれど、とても気になっています。しかし、自分の言葉だとお説教くさくなる。それでも、石原の文章を読んで今感じたことを書いていきます。
例えば殺されるまでいかずとも、生きていて一度や二度、深く人に怒られ憎悪されバカにされ、それに深く傷ついた人は多いのではないかと思います。
僕も同じで、昔、僕を深く傷つけた相手をひどく呪い、忘れられない思い出があります。
しかし、人を恨み、あいつなんかいなかったら良かったと呪っていたら、生きるのがとても苦しかった。だからといって、その人を許しそうとしても、難しい。周りの言うとおり怒りを感じないようにしたら、気が変になりそうだった。
だから、傷つけた相手を許すというのは、実際しにくい。石原の文章も、許すということは書いていません。なぜなら被害を感じるということ自体は人として変じゃないからです。
けれども、呪ったり、呪うのをやめたりを繰り返す場所にい続けることは大変苦しい。そのことは僕の場合実感しました。けれど、急に世の中すばらしいとは当然なりません。
石原は素晴らしくないこの世界で生きるにはどう考えたらいいか、何も答えは言いません。
けれども、自分が苦しみ、呪い、相手の存在をどうにかふり払いたいと思うとき、かつて自分を傷つけた人の心に似た状態に自分もなっているのではないかと私は感じます。 自分が苦しいということから、いつのまにか誰かを苦しめたい・いじめたいという攻撃性が生まれてしまうことがあります。けれど、それを本当に実行したら、自分が苦しんだりよろこんだりしている大元の「生きる」が消えてしまう。僕は別に自殺のことをいっているわけではないんだけど、 「苦しい」を消したいということから、なぜか、苦しいといっている自分や赤の他人を傷つける方向に行くのには、何か途轍もないすり替えがある。そのすり替えは暴力だろうと思います。
個人的にその「すり替え」が僕はひっかかります。自分に対して。人に対して。それは、僕自身が八つ当たりすることもあるし、自罰的な気持ちが高じていつのまにか誰かのせいにしている・あるいは自分をいじめていることがありがちだからです。
石原は「自分の孤独にたちかえって」といいます。僕の言葉では、「私は苦しい」という地点に留まって、何が苦しくて、その苦しみはどこからくるものか感じてみるということ。それは苦しい作業で全くきれいごとでなくて、そうしないと何も納得できないし腑に落ちない。僕はそういう感じの人です。もちろん、誰かに傷つけられて失ったものは元に戻らない。けれど、何かを取り返すという形でなくても自分が「こうだな」と感じられることがひとつでもあれば、そう感じられた時点で生きられる気もしています。
石原の文章は、ベースに「善人であれ」という命令を置きません。俺だって「ろくでもない」人間になりうる。それくらい、人間は恐いものだという認識が元にあると思います。それは、他人も変わらない。だとしたら、嫌なことは多いはずで、でもしじゅう苦しいだけではないよな、なんでかなという地点からはじまっていると思います。
けれど石原は晩年深くアルコールに蝕まれ、この文章から20年弱でその生涯を終えます。だから、この件に理想的な、あるいは完全な答えなんてないだろうなと感じるのですが。
川本隆史は石原が学生にどう生きるべきか問われ「丁寧に生きよ」といったといいます。どこか丁寧に感じ考えて、とりあえず限界まで行けたらなとはよく思っています。けれども、実際は大雑把な感じでやっています。でも、苦しいときは一度きっちり自分のことを思い思いやると、そっから抜け出せることが多い気がしています。経験上。
Jun 11, 2008
仏に拾われたのかな
というわけで、な、なんと!!無事財布が昨日出てきました。
昨日は大阪環状線の「奈良方面加茂行き」に乗っていて失くしたので
JR奈良駅から連絡がありました。
名も名乗らず、届けてくれた方
どこの誰かは知らないけれど~♪
素晴らしい!ありがとう。
私の落ち度なのに。
心配してくださった方すいませんでした。
奈良は遠かった。
奈良だから仏の化身かな。
慈悲の心かな。いやちがうかな。そうかな。わからぬ。
でも、知らない人なのに影が感じられるような気はします。
こんな物騒な世の中でもいいことはあるという気も。
ほっとしてくたびれや、緊張がでてきました。。
ふにゃふにゃです。
Jun 09, 2008
遺失物届け
JR大阪駅で電車から降りて、20メートルくらい歩いたら、財布がポケットにないことに気づいた。急いで駅員さんに話した。何両目かとか聴かれて、駅のホームの端っこの連絡室に行った。若い駅職員の人が財布の特徴や何両目かを確認。環状線の色んな駅や、僕の乗っていたと思しき電車に連絡してくれる。見つからない。駅職員の若い人が警察に「遺失物届け」を出すようアドバイスしてくれる。大阪駅前の交番に行った。大体夜の7時くらい。その前に診察に行く途中だったので、病院にキャンセルの電話。病院の人も心配してくださる。交番に入ってしどろもどろに話していたら、若い警察官に「要するにどういうことですか」と問われはっとする。それから、警察官にキャッシュかクレジットカードの類は止めましたかと聞かれ、未だですと答えたら、銀行の電話番号を教えてくれた。電話したら、ぼそぼそ話すオジサンがでてきて、すぐに止める手続きをしてくれた。それから「遺失物届け」をつくる。僕が被害額をまちがったので、一回作り直した。届けが受理されるまで時間があったので、彼女に携帯で電話。警察は帰りの交通費は貸してもらえないそうなので、迎えに来てもらう算段をした。非常に情けなかった。病院の帰りに実家で飯食うことにしていたので、親父にも電話し、なんだか心配をかけてしまった。
もしかしたら、すられたのかもしれないが、それだったら、恐らく出てこないし、落としても相当混雑した車内だったから、出てこないだろう。しかし落とした感覚というか気づいたらなかったので、かなりぼーっとしてたのかな。まあ、しかし思い出すって不確かだと思った。帰りふらふらだったが、帰って彼女とご飯を食べたら少し気分が戻った。病院の診察券なんかも作り直さないといけない。病院に行くことにしていたから、保険証も。これは痛い。現金ももちろん痛い。痛すぎる。でも、そういう具体的なことよりも自分がなぜ失くしたのか、ぼーっとしていたのかが、気になった。悔しいというより、なんか情けない。
Jun 04, 2008
個人的には
最近仏教ブームです。『大乗起信論』(岩波文庫)
『般若心経・金剛般若経』(岩波文庫)
現代語訳を読みながら註や漢文を見ています。こういう書物は普通とちがい読み終わりがない。
言葉は難しい。けれど、「如」て「ありのまま」ってことなのかな。
でも、仏やその教えは「在る」とも「ない」とも言い得ないそうだから。
でも、本当のことってそうじゃないかな。わかったといえば、うそになるし。だから、あえて言わないし誰も真理を所有することはできない。時々、非常に大事なことが訪れて(これを如来というのか)つっても、いずこから来たかはわからないのだが。常住ともいっているし。新しく見つけたと思えばそこにあったとも。
で、その真理の証言者に常になれるわけではない。そんな権限は誰にもない。しかし、誰でもが本当のことに気づくことができる。
この2つの本は対話というか詩というか。わかるまで話して話しては忘れてしまうという形で本当のことはあるんだな。だって、本当のことが誰かに握り締められたままだったら極端な話、他の人がいる意味がなくなってしまう。
面白いのは、もちろんお経なのだけれど、語りかけ対話する相手をちゃんと考えていることだ。伝道という一方通行よりも、伝え合うことの難しさを作者(複数だろう)が感じている。得る・修める。伝える側も学んでいる過程であり、教え自体に教えるものの独善を戒める働きがあるようなのだ。しかし、なぜその働きが失われたかも興味あるところだ。また教えの力が失われるかもしれない遠い未来への配慮も感じられる。恐ろしい広さの射程である。今このとき、あなたに、あなた方に伝えることが務めであるということ。また、教えの自己存続よりも、「あること=ないこと」という形で、その自己存続の絶対化の悪を浄化しようとしている。あるとも、ないとも言葉で言いうるが、そこに実体化や虚無化の罠が潜んでいるとしつこく語られる。我々はよいことを忘れてしまうし、また忘れまいとしてしがみつく。人や生き物の働きはそうなのだが、どちらも一概に良いとも悪いとも言えず、逆にいえば執着はあるとき牙をむくことを説く。金剛経のほうは、忘れ去られても何がしかそのありのままの心が生きていることをこそ肯定している。
なぜ偉そうに教えを独占できないか。そうしたら、みんなが気がついて向上することがなくなるから。しかし、なぜ教える人がいるのか。その人は常に何かの通路になって語っているし、代役みたいになって、真理らしきものをいう。それは心に響いたり響かなかったりする。子ども達が何も言うことを聞かないときに、先生は怒る。子どもは「なぜ」と問う。しかし先生は究極的には「なぜ勉強するか」「なぜ今坐るのか」を答えることはできない。その感じは問答無用に見えるが、先生さえも何かの代行であって、真理の所有者ではないからだ。しかし、教えるということは依然として大事だとすれば…これは喩えであり、今の教育や世の中の前提自体がおかしいということは僕も重々感じるがそれはまた別の機会に。最近先生をやっているものの愚痴を聞くことが多く、ついつい先生の喩えになってしまったけど、そこでいくつかのことを考えたのだった。てか俺先生ちゃうし学校しんどかったし。。
私はハイデガーのヒューマニズム書簡を同時に少しずつ読んでいるが、ハイデガーも「存在に呼びかけられ、それに従う」という気持ちを強調するから、遠くはない。しかし、「存在=ある」という。仏教は「在る」ことが在りすぎることへの解毒剤のように思える。在るというより、在ってほしいという人の気持ちが落胆や絶望を生み出す。そのメカニズムに敏感だ。ハイデガーは民主主義・ヨーロッパ理性が世界化した中では、「存在」つまりありのまま(自然・人らしさ?)は病んでいくから、まずはそれに近づく処方箋を書く。なぜなら、あれもないこれもないという虚無主義が理性の果てに在るからだ。それもまた様々なことを絶望の淵で夢見、ありもしない希望や対象を作り出す。仏教が求めることで対象を実体化する戒めにハイデガーも通ずる。けれど、在るが回復しても、逆にその在るの力も無垢でなくやっかいなように思える。まだ終わりではないので、仏教の古い経はそこからまだ必要にも思える。欲望や実体化の果てしなさの中で、危機を感じている点はハイデガー・仏教とも意外と近い。しかし、まだ全然不勉強なのと、テーマがでかいので、判定はできないが。
しかしふと思う欲望の果ては何か。欲望とは何か。欲望が悪だとしても。そんな素朴な問いも浮かぶ。
Jun 03, 2008
下手に説明するのはまずい。創作ってそうだよな。
先週土曜日。大阪文学学校にて小池昌代さんの特別講演があった。小池さんの詩は昔1冊読んだ。『もっとも官能的な部屋』だったと思う。
なんか馬の詩がよかったなあという漠然とした気持ちがある。なんか良かった思いがある。当時のガールフレンドが読んで「これは面白い」か「面白くない」といっていたような。しかし、面白いと面白くないでは、全く意味が反対になってしまう。
それくらいあやふやな記憶であるが買って読んだのだから、もしかしたらかなりいいと思ったのかもしれない。その頃は詩集というのはまだ私にとって遠いものだった。
小池さんは「大地母神」の「力」の作用を受けているようなことをいっていて、しかしレジュメに載っていた詩は大変すっきりしていたのであった。ドロドロの逆で、少し味が足りないくらい「カテゴリー」的な言葉の整除された配置であった。彼女は、ねじめ正一に仮託して「小説を書いてから詩を書くと言葉が薄くなる」といっていた。 この言葉に一瞬同意して、しかしすっきりしないものがあった。何か体感的なことを言っているようで、どうも言葉から何がしかを引き出そうとする手つきが見えるような気もしたのだ。
言葉が薄くなるってのは、なんとなくわかる。僕のように小池さんほどキャリアがなくてもである。しかし、言葉が薄くなるのではなくて、言葉が何かから剥がれていくために薄くなるのであり、そこで言葉との関係の変化があると思うのだ。つまり、言葉との関係が薄くなっているのだと思う。
私には理解不足なのか、イマイチ散文への移行の意味が計りかねた。それは私がひねくれているのかもしれない。しかし、彼女の話は非常に整理されたスキームに乗っているようで、そこで予め決まっているものが多すぎる気もしたのだ。
若いと過剰であるから、ねっとりと意味を込めようとする。すると独自の濃い密度と呼吸で書かれるように思うのだ。しかし、何か異なる理由でその過剰が埋まるかあるいは、埋めることを諦めるとねっとり感は減る。
しかし、そういう場合でも薄くなってもかまわないのではないかと思う。
籠めるものが少なくなるのは別に変ではない。しかし何かが変わったのである。それは少なくとも小説を書いたからという形式の問題とは別のようにも思える。
私たちは簡単に「薄くなった」といってしまうが、書く位置の高度自体が変化すれば酸素濃度は変わるとか。私は詩より先に小説を読み、で、小説は書けず・書かないで来てしまった。だから詩に没頭して詩を書き始めたのではないから、どうも感覚がちがうのかもしれない。
しかし、そういう始まりの問題は大事である。また、高見順のように詩を書いたり小説を書いたり、それは小熊秀雄や賢治やタルホもそうかもしれない。そういう人たちのことは「詩と小説の往還」というタイトルに関わらず触れられていなかった。やはり歴史の話は大事だと思う。
小池さん自身「言葉の薄さ」でいおうとしたものを諮りかねているのかもしれない。しかし、それは小池さんの言葉との関係がどこかで掛け違っているからか、私が小説を書いていないからか、どっちかわからない。
しかし、私はどうも小池さんがもう言葉に住まわなくてもいい状態を達成しているのかもしれないような気がするのである。にもかかわらずレジュメに載っていた45文字という小説の抜粋や、「タタド」という小説の抜粋も良いように思えた。彼女は、最後のほうで「現代社会に疲れた男は女になってもいいのかもしれない」といっていた。女の叡智みたいなものが男を救うといいたいのだろうか。しかし、正直女の方が存在の真理に近いみたいな非常にずっこけた感覚に聞こえた。どっちが近いということでもないだろうに。
もしかしたら、そのような乱雑な実体化があって、それが実体化や造形化だけに括れない詩から彼女を遠ざけているとしたら。そういう暗澹たる思いもしそうだった。どうなのだろう。詩も小説も言葉によるところが多いのだから、聡明さが、聡明さがおびき寄せる整理が言葉を軽くしてしまっているのだろうか。
やはり下手にするする説明するのはまずい。創作ってそうだよな。
しかし朗読はとても良かった。ある種の美しさ・凛質がある。優等生の女の人に感じる色気といおうか。(そんな反応の仕方しかできないのが我ながら情けない)「ねじまわし」という詩の「からまちま」という言葉が旋回する感じよい。しかし、言葉がからまわりするのはイヤだといっていたがどうしてそうなのか。いやからまわりするのはイヤだけどどうしてそう感じられるのか。結局私にとっても課題であるかも知れぬ。優等生的なものをどう脱出するか。
結局こういう問いは自分に跳ね返るわけだが。
*
講演後に小説を書いているFさんや、以前読書会でご一緒したMさん、Kさん、Hさんと挨拶した。京都のYさんとも話す。みんな三々五々に帰っていった。河上さんとぼーっと立っていると細見和之さんがあらわれた。細見さんは私たちのクラスのチューターだった。細見さんは、ぼけーっとしている河上さんに元気がないぞ!と抱きつき、私に向かって「tab面白いよ」といった。うれしかった。
そのあと河上さんと彼女と私で飲んだのであるが、飲んでぐーすか寝ていたら、夜中の三時に気分が悪くなって目覚めた。そんなに飲んでないのにおかしいなあ。
May 23, 2008
地の声
こないだお灸とマッサージをプロの方にしていただいて、足の冷たさや肩の張りは少しずつマシに。体を冷やさないのが大事らしい。だから自分でも冷たいものは控える。あったかいものや野菜を入れた汁物を食べる。ビールは時々にするなど工夫してます。昨日はビールに焼き鳥でしたけど。あと自律訓練法、冷えが気になるときは腰にカイロ。といっても健康オタクではなくて、単に肩や背中が張ると息が苦しくて、頭が痛くなったりして快適さが減るから、気分良く過ごしたいと思っている感じです。
友達や大切な人のことを時々思います。私だって怒りや情けない気持ちにかられるときはあります。そういうときに、色んな人の顔や様子を考えたい。そこには温かみもあるから。けれど、知らず知らずに強がっている。だいぶそうしなくなったけれど。昔はよくからかわれたり、いじめられたりしていたから、なめられないように人に頼ってはいけないと思ったら、思春期やなんかのせいもあって、結局20代から30代前半までそのかたくなさを溶かすのに要しました。
今でも全然治っていないけどそういうのはあるんだなあと頭の隅にはあるようになりました。世の中はみんななめられないようにがんばっている人も多く、しかしそうするとそこから降りられなくなってつらくなるんだよなと思います。成果やまともさや、ちゃんとしてることが求められ、自分でもそうしたいと思う。
それは各人の生き方です。けれど、そうして地の声が出せなくなる場合自分が蝕まれていくときもある。そうすると僕の場合真っ先に体が変になるのです。体は正直です。
単に甘やかすのではなく凛としたものもあったほうが素敵。だけど、それには何か支えが要るんだなあと思うこのごろ。支えがないと怒りや辛さに人はすぐやられますから。
May 20, 2008
やばそうな領域についての2つの試論他-呼ばれる詩の場所・事切れる=死
1.こないだ某詩賞に応募したよ。あかんかなあ。*
2.「呼ばれる詩の場所」
ハイデガーの「言葉についての対話」を読了。「芸術作品の根源」は真ん中くらい。
ひえ~、言葉がよくわからん。でもそれはまあ仕方ない。
なんとなくハイデガーにもつながるのかもしれないが
何か書くとき、とくに詩らしきものをしたためようとするとき
意識が変成するように思えるのである。
しかし、そのきっかけは酒やら、薬やらの力でそうなるばかりでない。
鳥の声でもいいし。
で、書くものは鳥の声とはあんまり直接つながってなかったりする。
しかし、何ものかの呼び声で励起(立ち上がる?)するようには
いえるような気もするのだが。ごく個人的に言えば。
しかし呼びかけそれ自体は正体がよくわからない。
だから書くのだろうけれど、ハイデガーについても、その呼びかけが
一体なんであるか私はまだ不明であり戸口に立ったばかりなのだ。
しかし、それなしには何かが落ち着かない。いや作動しない。
自分の真実性や虚偽性を識るのに、詩が必ずしも
必要かどうか不明だ。しかし、それを識る身振り・祈りの
形象化・祭祀化(自ずとそうなってしまう)だと考えうる。
仕事でも無為でも生きとし生けるどのような営みでも
己の真実性や虚偽性(虚構性)は識ることができる。
おそらく、その働きに「書くこと」は近似し
また決定的に遠ざかってしまうように思える。
その遠ざかりは苦であるが、遠ざかりを十分に自覚し得れば
私は「書くこと」で何かを強く思うことができ
その思ったものを解放したり、それに縛られたりしてしまうことができる。
ただ、「書く」人は「書く」形で、絶えず確かめや不明に
陥るような行為を択んでしまっているとはいえるかもしれない。
故に何かに呼ばれたりする形、それはある意味幻聴みたいなものかも
しれない。だけど、それがないと私が意識があったり、自分が引き受け
ないといけないことがあるような気にならない。
私は怠け者だから、起こされないと起きないのだ。
私はほとんどの場合比喩的にいうと寝とぼけて生きていて
もう全く考えることがない。大体バラバラな思念やら行為の断片の海を
生きていて、それは物として存在していたり、事として存在していたりして
まだらである。
それが不意の声によってある場所に呼び戻され新たに召還しなおされるような気がするのだ。
召還され新たに言葉としての身体(場所?) として編成される。
しかし、構成というものがどこまで自覚しうるものなのかな。
また、それが「覚醒」であったり、「本来性」であったりするのか
わからない。非常に厄介である。
「ある場所に呼び戻され新たに召還しなおされる」ことが
人間本来の姿への回帰だと信じすぎると
それは急速に一回性やら、ノリやらを失って
いきなり動脈硬化を起こし始める。
けれど、私はこのような形である場所に置かれているような気がする
っていい続けること事態は、無ではないような。
意味があるかどうかは別にして、何度も、似た場所にたってしまう
っていうのは、気になることである。その気になり方を表出することは可能だろう。
その「気になる」(気づかい?)感じに従うと、きっと痛い目にあうことも多いのだが
乗りかかった船には乗ってみて
痛い目やら快楽の展開を追うと、その感覚の体自体が通路になって
変な場所というか、その人の有り様のようにいびつな場所に出て
しゃあないなーと思うのかもしれない。
しゃあないなーが「覚悟」みたいなものか知らん。
けれど、そう思うと更に、なんでやねんというふうに
放り出されて、絶えず私は詩を書くという聖性を見失う形で
それを識るのである。
*
3.「事切れる=死-Tさんの日記に触発され死者と生者との関係についてとにかく書いて見ましたら、こんな変な文章になりました。」
死は「事切れる」とも言うのである。
事というのは物事のことだったりして、現象
つまり感覚や観念の世界として可視化したり
思考化したり数えたり記号にできる領域だとする。
ならば、そういう圏域から抜け出るのでも
消えるのでもなく「切れる」というのが死であるかもしれない。
自分はいまわの際の人の体や存在雰囲気を感じるなら
そこにその人はオワスわけであるが
そのオワスことはたぶんなくならない。
しかしオワスから何かが切れて
我々の表象言語世界とは別の圏域に
移行する。
この移行の過程はTさんいわく「あいまい」である。
けれど、なぜか私がそこにオワスある人に呼びかけても
返事がないというのはわかる。
いやわかっていないのかもしれないけれど。
それぞれケースバイケースとしか言いようのない感じで
心身機能は、人へこたえることを終えていく。
いや、いつまでも我々に感知できない形で
オワシますある人はオワシますを減少=(世界へと)還元させながら
こちらへ投げかけ
私の存在をその人のもとへ引き寄せようとするのだろう。
残念ながらそれを現実界にて応答なしと宣告するのは
医師であったり制度や葬儀屋であったりする。
けれども、別次元で私はその人の「事切れ」の何かを聴いた感じが
あるのかもしれないとも思う。
生者の都合で押し流して死を確定させてしまうとしても
ある形で永劫、その人の声を聴けなくなることは
確からしいと思われたりもするのだ。
しかし、これも言い切るのはためらわれる。
そのためらいを大切にしたい。
私は死んだ人にどれだけ呼びかけても
生きた事=現象の形では、もう反響がないから
自己のうちに閉じ込められて、その残響の中で
その残響をこうかなとしておく。すると
また人が死に、わからない声の総体のように
私はなっていく。
そのわからなさエントロピーの増大にしたがって
私は世界と一体化し続け、不随異な部分だらけになり
ある日事切れているような…
そうすると世界という集合に巻き込まれることが「死」だとすると
何から事切れてどこへここの外のどこへいっているのか
急にわからなくなってしまった。
ゆえに、何かでいえるような形ではいえない=事切れる
ってことで、その言えないという姿かたちが死の表象に似ていて
だから、やっぱり死は言葉にとって最大の重大事であり
最大の無関係事やもしれん。
May 09, 2008
アクセルとブレーキとなんとかと
車で買い物なんか行くと、いやわたしゃ運転しないけどね。まあ、助手席でいろいろ感じることがある。
確実にかなりご高齢と見えるドライバーがいる。
地方もそうだが、大阪もその零落ぶりからいって
多くの地域は地方だ。
やから、年寄りにとっては、大型スーパーに行くのに
車を使うんだろうと思う。年寄りに車は必須だったりする。荷物重いし。
見るとけっこう動体視力や反応速度が落ちてるようで
急発進したりのろのろだったり
意外と左右もみてないのである。
スーパーの駐車場で、運転してくれる彼女と恐い思いをする。
批判ではなくて、この苛酷な交通砂漠の中では
きつそうである。
だが車というのは大きくて速度も速いから
加害者になりうるわけである。
それから大阪だからかなんなのか一部の女性ドライバーの
蛮勇な運転もかなりびびる。周りがよけると思うのか
歩行者のいる右折なんかでも、猛スピードでつっ込んでくる。
また女性だけではなく見るからに横柄な感じの男のドライバーは
携帯で話しながらタバコくわえて運転してたりしてびびる。
けっこうな音量のカーステなんかかけてね。
こういうと口うるさいおっさんなんだがしかも運転もしないのにえらそうなんだが
その上車の恩恵はちゃっかり受け取ってて誠にすまんのだが。。。
云いたいのは車って危ないのに過信してるのかなんなのか
加害者に自分はならないと思っている人が多い気がすること。
日本人は真面目な民族だと思っているのか
自分が横柄な運転をしていても周りがよけたり配慮するのが当然だと思っている気も。
私もそんな要素はたぶんにあるから、そう思う。
しかし、携帯でタバコで急になんか出てきたら、西部警察並みに
避けれるのかなと思う。
その背景には車の通る道路が人が暮らしている住宅街に入り込んでいたりして
これでかなり事故ってるのかなと。
私が見る限り、多くの場所で生活地域の中にどんどん車両や大きな道があるから
中学生のちゃりが車道の真ん中で走ってたりするし。
奈良なんかだと文化財がある観光地だからか歩道がやたらでかい。
けど、文化財があるという理由ならそうなって
普通の町だって人が生きているのにそうならないのですよ。
車の音や緊急車両の音やなんかは
デカイ道の近くに住んでいた頃など夜の睡眠がわるくなってしんどい。 空気も悪い。
路地なんかが多いところは無理なのはわかるんだけど
でも、恐いんだよな。
今までうちの父ちゃんの世代もそうだけど
大阪の中心街に仕事にいってて、住宅街は帰って寝るところだった。
けど、そういう人たちもどんどん定年して
住宅街で多くの時間を過ごす。
今はうちの父ちゃんなんかも、元気だけど 足腰が弱ったりしたら、どうするんだろう。
今でも年寄りや子どもにとって、住みにくい町は
津々浦々にあって
年寄りはこれからあふれかえるから(田舎は限界集落がいっぱいある)
エコな観点だけでなく、単純に住むのが辛くない町って
どうつくるんだろ。
こないだジャズストリートで、車の交通を制限したりするとね
町が広く感じたからこんなこと書いている。
ほんとにのびのびするのです。
人間の体にも町にも車にも、アクセルとブレーキだけじゃなく
ハンドルや変速機もあるのだ。
どういうことかっていうと
生き物やものは止まるか動くか、働くかひきこもりかでない。
年寄りも、定年=老人ホームでない。
微妙に速度や方向を調整して動いている。
町だって、子供のとき見た町と若い時の町と年取ってからの町はちがう。
町だって生きている。そこには建物や木々や空や土があって
元気な町や疲れた町がある。
けれど、ある街に色んな表情や匂いや、速度があって
それって、人間の健康にとって大事だと思うんよ。
私にとって車と人の関係はそういうのを考えさせるんだ。
生き物の轢死体を見るとやはり苦しいよね。俺も人間の一員だから
共犯なんだが、苦しい気持ちになるのは単に同情だけでないと思うよ。
May 07, 2008
遅ればせながらジャズストリート報告及び連休
5月4日は高槻ジャズストリートに行った。参加ミュージシャン4000人、47会場という高槻市の中心街の各所がステージと化す大イベント。もう10年も続いている。けれど商売っ気もなく、ジャズストリートTシャツ販売と募金といくつかのスポンサーのみであとは市民参加の地域密着イベント。入場料はなく、喫茶店の場合はお茶を飲んで演奏が気に入ったら投げ銭という感じか。子どもから年寄りまで、ジャズ好きからただ音楽を楽しみたい人までいろんな人が街のあちこちに繰り出している。阪急高架下やら、公民館のスペースや喫茶店などがライブ会場で、てづくり感がよい。また音環境に格別の工夫はないのに、それぞれの音空間が手触りのあるもので、親しみやすく演者との距離も近い。
市民会館では日野皓正がよく来てる。また高槻城跡公園や、市民グラウンドでは、フリマも開かれ、ビールを飲みながらジャズも聴けます。久しぶりに行ってとてもよかった。
5日はのんびりして、6日は友達の犬と遊ぶ。さびしかったようで、いっぱい甘えてきて、顔中なめられました!動画①場所;阪急高架下みずき自動遊園(演者;森田葉月&森川七月カルテット)②場所;JKカフェ(演者;Tacto Tango)③場所;城内公民館1Fロビー(演者;サボン)※いずれも携帯での撮影のため15秒間 0001.3GP 0002.3GP 0003.3GP
May 03, 2008
マテリアル
山のあなたの空遠くはっきりはっきり目が覚める
布団を押し上げて
燃えてしまっている
あなたが幸いではなく
きがかりだ
何の関係もなくきがかりだ
そう
そういうこと
きがかりだ
みることは
みえないのだから
みようとするのだが
みえないのだから
きいているのよー
きこえていないから
きいたことにしてしまうけれど
あなたの秘密を
きいたことにしてしまうけれど
それでははじまらない
にせものなんだから
余の思いはにせもんなんだから
にせもんをあなたになすりつけて
素敵な風景をきどっている
じょうろ
あなたが花だと思ってみて
水をやる
葉と葉のあいだに
つぼみをつけた茎が伸びている
まだ咲いていない
山のあなたの
咲いていない
贈り物です ピンポーン
空の配達です
知らない人々のおもいでのつらなり
金の模様である
雲がいずる場所
その地点にはおどろくほど
おどろくほど
おちていこうとする水の
つぶつぶがフリーズしている
山のあなたの
固まっている
それは器
器でない
攻撃できない
何もないようだ
水があるというのに
それは一瞬で
凝固したアトムさんの集合
よりあつまって激しく静かに
聖している
精している
そうだおちかかっていこう
おちかかる
棚から牡丹餅
2階から目薬
仕方ないのだから
こうでもしないと
山のあなたの
あえないのだから
強い風は山にぶちあたり
激しく渦を巻き
山のあなたの幸いの町を
こなごなにしてあなたを取り出すまで
余はふりつづけよう
ふりつづけよう
May 02, 2008
tab8号初出散文「人身犠牲について」
こないだ藤井貞和氏の立命館大学での講演会に行ってきた。「詩と戦争」というテーマは非常に語るのが困難な課題だ。残念ながら湾岸戦争における詩人たちの論争を私は詳しくしらない。そこから様々な論者がどのような課題をこれまで展開してきたか、そしてそれに対して自分がどのような立場をとれるかは今はわからない。ただ、藤井氏が「人身犠牲」について論じていたことに特別の興味を覚えたので、自分の想念を書いておきたい。私にとっても「人身犠牲」は大きなテーマだった。自分が学生時代受けた暴力(いじめ)には犠牲の構造があるのではないかと思ってきた。しかしそれをあまり大きく学問的に考えるよりも、私は自分とみんな(全体)との関係の一例として考えたいと思った。最初は自分だけがこのような目にあうのはなぜかという理不尽な感覚から考えた。しかし実は中野富士見中での「葬式ごっこ」を始め自分より大きな社会にたくさん存在していることを知った。「葬式ごっこ」とは何か。長い間同級生から殴られたり精神的に苦しめられたある中学生がいた。死んでもいないその子が教室に来る前に同級生のあるグループが机の上に花瓶を供え、クラス大勢の寄せ書きをおいたのである。当時は軽薄な時代で、その子も同級生も悪い冗談として受け答えしていたが、深いショックを受けたその子は自殺してしまったのである。それからというもの、知らない間に死んだものとして扱われる、つまり殺される、それが儀式の形をとるということが頭から離れなくなった。なんといってもその子が私と二才しか変わらないのが大きかった。
単に自殺した子に同情するだけでない、その構造を変える考えはないかと思った。それから大まかにいじめにおける犠牲の構造を考えた。少し整理するとこうである。人が集まっている場所がある。それが自由を奪う(例えば先の話だと学校)いびつなものだとしたら、様々ないびつさが問題や不満を生み出す。ここで、その場所の前提をみなで変えることができれば問題ない。しかし、それをしない・できないから、なかったことにするために象徴的に誰かを血祭りにするという解消法を思いつくのだと考えた。
我々は「日本人が和を大切にする民族だからそのような暴力はしない」という感覚がないだろうか。しかし、全く逆で、和を大切にするからこそそのために誰かを犠牲にしてことを済ますという構造が存在するのではないかという考えが私の頭をかすめるのである。
犠牲の構造は人類が生み出した一つの知恵である。それは我々が今や想像もできないような苦闘によってできたのだろう。藤井氏は実は戦争も「人身犠牲」というやり方では内部の問題が処理できなくなったとき、それを外化する一つの知恵かもしれないという。それは更なる犠牲を生み出した。しかしそれらの方法がなぜとられたかを考えないと戦争という仕組みを変えることはできないと。私が思いだすのは「聖なるもの」と戦争や犠牲がどこかで関わっているのではないかというバタイユの問いだ。
ただし、犠牲の構造によって消された問題はその時点で解決が難しいから犠牲を引き出してしまったのだ。とすれば依然問題は残っているはずだ。消された場所から問題の痕跡を取り出すことで、問題を知り誰かを抹殺しない方向で問題を考えることは可能ではないかと思う。それが誰かが死んでしまった後にできる、せめてものことかもしれない。恐らくそれが暗いけれど希望の内実かもしれない。
※初出からブログに掲載するために一部文章を変えています。ご了承ください。初出=詩誌tab8号2008.1.15 この文章は私がファンである上山和樹さんのブログに刺激され、当ブログに掲載しました。上山さんは「ひきこもり経験者」として、ひきこもりをめぐる様々な状況に果敢に切り込んでいます。上山さんは恐らく生きていく苦しみの中で感じられたであろう「何かがおかしい」という感覚を手放しておられない。それを手に分析や批判的検証を続けておられるように思います。そしてそれは、単なる人任せの批判ではなくご自身の身をかけてのように感じています。私も「何かがおかしい」という感覚がこの社会で封殺されるのを感じたことを拙ないながら覚書としてこの文章に書きました。私が上山さんのように身を賭けて書けているかはわかりません。ただもし上山さんがどこかで読んでおられたらうれしいなと思っています。上山さんがどのような方なのは、実際存じ上げないので、本とブログの印象ですが。
さっき書いた上山さんのブログ。Freezing Point
May 01, 2008
思い出
あついす。朝から地元で野暮用があり行ってきました。Tシャツにながそでのボタンシャツ羽織ってるだけやのに軽く汗かく。
久しぶりに阪急に乗る。小豆色の車体にうすみどりのシート非常になつかしい。
野暮用自体は簡単な手続きで、すぐ済んだ。
市立某図書館に入る。高槻にいたころは、中央と小寺池と天神山の3図書館にはお世話になったす。
そこで長谷川四郎訳ブレヒト詩集、ハイデガー『芸術作品の根源』、アルチュセール『哲学について』を借りる。十年くらいまえによく来ていたときにいた司書の女性が今もいたので感動した。こういうとストーカーめくが、当時素敵な感じの印象があって、今も綺麗な人だった。みんなそんなに面子が変わってなかった。
当時は時折いやいやバイトする以外、図書館か淀川の河原でひなたぼっこするか、本屋くらいしか行かなかったから、ほとんど人と話した記憶がない。仕事が続かないから、親と会話するのも気詰まりで。やから、図書館の司書の人は覚えていたのかも。僕が好きな感じの人だったという理由が大きいけど。
そんな感じで今風にいうと、フリーターとヒキニートの中間みたいだったなあ。
家族以外、誰ともしゃべってなかったし、昼間はブラブラしていたし、意味わからん文章書いて、焦りまくっていたし、ニーチェにはまってたし、悩内がけったいなもんでつまっていて、大忙し。
内容は本人にも不明だが、根拠のない自信(妄想?)もあり。けっこうやばい感じの人じゃった。
今は単なるしゃべりのおっさんである。
本返しにいくの面倒やけど三週間借りられるから、まあ里帰りした折りに返そうかな。というか読みきれるか?ゴールデンウイークは高槻JAZZストリートもあったな!あれいいよ~
今年はどうすっかな。
高槻ジャズストリートHP
Apr 30, 2008
鞍替え
昨日は2か月に1回開いている恒例の合評会に行ってきた。全部で4作の合評も終わりいつものように2次会に。といつもの居酒屋に行くとシャッターが閉まっている!休み?ちがう。「さる○月×日をもちまして閉店いたしました」の張り紙が…。ガーン。
というのは安かったからである。いつも同じお姉さんがレジを打つのだが、いくらかまけてくれてるか、打ち間違いなのか、非常にお得なプライスなのであった。
ちょっとみんなで呆然としていたが、これは仕方ないとなった。きょろきょろ振り向いてみると、向かい側の通りに飲み屋があった!あそこいってみようとなって、入ると食い物がおいしい・さらに前の店と同じくらい安いので、今度からはこっちにしようということになった…と思う。