Jul 14, 2008

本格的に

心身の調子が不調である。

なにを書いても情けないことになるので
それはキリがないので日記を更新しなかった。

身体の方は鍼灸院に週一で通うことにしている。
それで溜まった疲労や何かをとるのと同時に
これから本格的に体が変にならないように
予防しています。
身体の方は、コリや冷えは一時よりマシになっているので
このまま鍼灸院に通って調整していこう。

問題なのは「気持ちやこころ」のほう。

実際心と体はつながっているから
こころがめげてくると当然体の力も落ちてくるのです。

それと心が弱くなってくると
元気なときにはなんでもなかったような様々な刺激が酷くこたえるようになる。
神経がむき出しになって、あれにもこれにもイライラしてくる。
へんなことを言うし、きれやすくなる。
結果何が大事で何がどうでもいいことか、整理できなくなる。
あれもこれも辛くなって泣けてくると
落ち着きも平安も少なくなり
大変なさけない気持ちがしのびよってくる。
そういうわけで
ああ、弱ってきているなあと思うのです。

そうすると、たいへんうっとうしい人間ができあがってくるので
それで、ごちゃごちゃしてこないか大変気がかりです。

久しぶりに、そうなっているので
ちょっと不安です。
本格的にぶち壊れる前になんとかしたいです。



ここまで、ちょっとこわいことを書いてきました。
実際、自分は小さい頃からダメな気分や
被害者意識に陥ってきましたから
やっぱり元気なときと参ってきた時に見える世界はちがうなあとつくづく
感じています。

ひとつよいニュースは無事すべてのレポートが返ってきて
あとは、8月の一週間のスクーリングを終えれば
基本的に通信教育の勉強はおしまい。
すべての課目合格であれば、10月末で通信教育修了です。
あとは来年の国家試験です。

だから、やっぱり今ちょっと変になってきているのは心配。
一緒にいる人や僕の回りにいる人も大変で迷惑かけっぱなしです。

こんな弱い人間が、どうやって働いて生きていけるのか
今は公的なお金で暮らしていますが
それも心配ではあります。

以上愚痴でした。
Posted at 10:37 in nikki | WriteBacks (2) | Edit

Mar 14, 2008

ふかいところでつながることー水木しげる『猫楠』について

 昨夕から頭痛。頭痛薬を服用したため痛みはマシになったものの、頭の重さや体のだるさはある。風邪とは異なる感じ。僕は春先が苦手だ。ここ数日で急に暖かくなり、体がそれにおいついていない。背中、肩、首筋が張っている。仕事を増やしたりカウンセリングが少なくなっている性もあるかもしれない。けれども、それはこれから慣れていくだろう。けれど、恐らく冬の間の冷えが体の中から体の表面にあらわれて「凝り」になっているとはいえないか。
 そんなわけで今日は家でゆっくりしている。あまり昼から寝ると夜の眠りが浅くなるので、マンガを読んでいた。
 そのマンガは水木しげる『猫楠ー南方熊楠の生涯』
 面白かった。ダーウィンらとネイチャーに名を連ねた学者である。けれども、イギリスから帰国後はアカデミズムからは距離を取り和歌山に引きこもり、弟の援助で粘菌の研究を続けた。破天荒というか常識のない人なのだが、友達は大切にする。水木の『ヒットラー』は暗澹たる感じだけれど、『猫楠』はひょうひょうとして明るい。
 熊楠は人を見かけで判断しないようで、信頼すると頼る反面大事にする。見かけで判断しないというのは、粘菌に対する彼の研究哲学にもあらわれているようだ。粘菌は形はぐちゃぐちゃの時実は生きていて、綺麗な形の時は半分死んでいる。見かけと生命の内実はちがうというのだ。また無生物と生物、植物と動物つまりそういう区分けが通用しない存在であるというのだ。熊楠はその才覚のわりに、世慣れず日陰の存在と思っていたようで、じめじめしたところに生きる粘菌に自分を重ね合わせていたのかもしれない。
 見かけで判断しないというのは、表面的なつきあいではなく、地元にずっと住んで、森や地縁を大切にしたようだ。熊楠には民俗学者としての側面もある。神社の統廃合の時猛反対した様子も書かれている。精霊や生き物や目に見えないものをも大切にするのだ。
 水木の筆致が明るいのは、水木が熊楠に共鳴しているからではないか。水木は熊楠よりずっと世渡り上手だと思う。けれど、水木がラバウルで右手を失った時、地元の部族の人と遊んだような、「縁」の考えを熊楠の中にみたのではないか。
 友達を大事にすることは難しい。僕はいつもそう思う。それは僕が傲慢でわがままな人間だからだろうと思う。人間の魂や精神の微細な部分について、僕は非常に鈍感なのではないかと思う。やさしそうに見える振る舞いは、刹那のものだ。ずっと長くおつきあいするには、嫌になる時期もある。けれども、常識や見かけで見ない。深いところでつながることができればいいな。そうすればどんなに離れても近くても距離の問題でなく友達でいられる。ただ晩年友人を亡くしていく熊楠は本当に寂しそうだ。彼はずっとさびしかったから友達といたかったのだと思う。僕もさびしがりだからわかる。
 しかし、そういうのは非常に難しいのだ。熊楠は子ども達もかわいがった。けれど、長男は発狂して、そのあたりの記述は熊楠を超人や変人としてでなく一人の親として描いている。非常に切ない。また晩年、弟からの資金援助が絶たれ絶縁する。僕も偉そうにはいえないが、身近な人のことに熊楠は鈍感になりがちだったのか。それとも近い人だからこそ、深いところでつながることが愛憎を強くするのかもしれない。深いところでつながる。魂の深層は穏やかであり、また火のように激しい。それと折り合いをつけるのは、どんな偉い人でもできない。だから、人はせめてそれを隠したり、また親しい人だけに見せたりしているのではないか。しかし、それは見せたら見せただけ相手に苦しみも与えるのではないか。

   頭痛で友人の演奏会に行けなかった。でも、メールしたら暖かいメールが来た。少しセンチメンタルである。長文を書いたら肩は凝るが少し気分はマシになりました。
Posted at 11:05 in nikki | WriteBacks (0) | Edit

Feb 14, 2008

かさいぜんぞう

 久しぶりに葛西善蔵さまのお世話になる。
 葛西は、日本の近代文学史に輝く露悪作家である。
 借金踏み倒す。女房子どもを田舎において自責の念に駆られる。辛いので女と仲良くなる。やがて、病気も入っていらいらして、女を邪険にする。自責の念に駆られる。書けなくなる。金がなくなる。無心する。以降繰り返し。
 ものすごくカリカチュアするとこうなってしまう。鎌田彗『椎の若葉に光あれ』を読んで、葛西作の『哀しい父』、『椎の若葉』などなど青空文庫で公開されているものを読んだ限りでは。
 けれど、そうしてまで成り立たせたかった文学。そうしてまで徹底して生活を文学にしてしまった姿には何か凄みを感じる。決して真似できないけれど、迷惑この上ないけれどある種の聖者?(貧乏の神)だろうか。襤褸をまとった。しかし、悲惨なのに明るい。それが大学時代の僕には小さな灯りに見えたようだ。
 太宰治は葛西を尊敬していて、「善蔵を思ふ」を書いている。太宰の赤面や自虐を葛西に重ね合わせているようだ。どうも私小説作家の美徳に一途に信じることと、それを破壊する懐疑の心というか不信があるようなのだ。おそらく同じ東北人として、啄木や善蔵が太宰に与えた影響は大きかったのだろう。
 例えば、彼らの金を無心する時の図々しさは、相手を試すような気持ちがある。近所にいたらきっと迷惑である。けれど、太宰はそれを全然異なる形で「友情と裏切り」みたいなテーマとして「メロス」を書いたのかもしれない。
Posted at 10:16 in nikki | WriteBacks (0) | Edit
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