Jul 07, 2005

センセイの鞄  川上弘美

05-6-24rabenda

大分以前に読んだこの小説は、定年退職して数年、そして妻に出奔されてから数十年の元教師と、そのかつての教え子である独身三七歳の女性との遅々とした恋物語である。おそらく大方の読者はこの素朴で実直な教師の人間像に好感の目を向けたことだろう。しかし、わたしは男性の「性愛」に対する考え方の大きな間違いを見る思いがした。初老の元教師は自身の性的能力への衰えと不安から、「恋」へなかなか進めないでいる。女性は「そんなこと。」とこだわらない。女性が求めたものは「男性の性的能力」などではなく「心を満たす安らかな抱擁」だけだったのではないか?

イギリスの作家D・H・ロレンスは、性のキリスト教的な考え方への反論として、「性交とは、人間的感情の交歓、男女の対等な文化の交流である。」と主張していました。またアメリカのジョン・ノイズは「性愛は生殖とは分離されうる。」という考え方を示しています。さらにポリネシアの人々のあいだでは「先祖の霊が目覚めて我々の結合を祝福してくださる時間を待つ。」という考え方もあります。性愛の根底に男性が「性的能力」を意識するのは、そこに「生殖能力」と重ね合わせてしまうという非常に原始的な感覚から脱しきれていないからではないではないか、と思ってしまう。

ともあれ紆余曲折ののち二人は突然肉体的に結ばれる時が訪れるが、それも束の間、ドラマの最後はセンセイの「天寿全う」とは言い難い死で終る。なぜ作者はこの主人公を死なせて、女性を一人生き残したのか?わたしはドラマの結末を「死」で終らせる作家がすごく嫌いなのだ。二人が共に老いさらばえてゆく過程をやさしく見守り、書きついでゆく作家の心と眼が欲しい。(こんな時代だからこそ。)センセイは愛用の鞄を彼女に残したが、なかは空っぽだった。一人生き残された彼女のこれからの人生は永い。あっけなくセンセイの死でドラマを締めくくるな。
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