Jul 04, 2005

高田昭子日記 2005年4月

2005/4/30(sat)
春の一日


 二十九日は浜松町まで出かけました。ある展示会の見学、わたしはまたしても「金魚のふん」でした。そこで二時間ほど過ごしてから、「旧芝離宮恩賜庭園」へ。入ってすぐに見えたのは咲き始めた藤棚でした。藤天井の下に佇むと花のかおりに全身がつつまれるようです。湖面のひかる漣も美しい。花水木、満天星、躑躅、石楠花、あやめ、春のおびただしい開花にはいつでも心が追いつけないという想いがある。


  


 切り株にすわると、木漏れ日とおだやかな風が交差する、恩寵のような時間。足元の草々には見えない小人や精霊たちが佇んでいるような錯覚に陥る。お供のふくろうたちも木の枝に遊ばせてみました。白いふくろうは「ふくろう日記」のライター「ホワイト」、もう一匹のふくろうは「おたすけ君」です(^^)。


  



2005/4/21(thu)
課外授業


  
   (季節の花 300 より)


 二十日午後十一時十五分より放映されたNHKの「課外授業」は、著名人が母校(小学校)を訪問して、みずからの専門分野の授業をするという企画である。この日は詩人の佐々木幹郎が大阪にある母校を訪問した。以前、詩人ねじめ正一の授業も観たことがあるが、これほど読者に恵まれていない「詩」を、それまでほとんど知らなかったであろう子供にどのように入り口を開くのか?という興味から観たことがあったが、佐々木幹郎とねじめ正一の授業の進め方はとてもよく似ていたと思う。(出発点においてのみ詩人側が苦しむという点においても。笑。)
 まず、一つのテーマを与えて子供に書かせてみる。そこから詩人は子供の視点やまだ引き出されていない感性を見出して、それに気付かせる。次には「言葉遊び」に入る。「連詩」である。「個」と「グループ」とがわいわいと言葉を遊ぶ。書く時は「個」だが、出来上がったものが「グループ」という作品になる喜びを知る子供たち。佐々木氏の引き出し方は見事だった。子供たちとの浪速弁の会話もテンポが心地よい。
 無事に授業を終えて帰る佐々木幹郎は涙ぐんでいた。これは佐々木幹郎の詩の出発と、一貫した詩作の姿勢が「いかに言葉を伝えるか。」というところにあったからだろう。これを契機に詩を書く子供もいるのかもしれない。(しかし佐々木さん、泣かんでもええやろ〜。)


 これにわたしが何故興味をもったのかといえば、わたしに「言葉による表現」の楽しさを教えて下さったのは、小学校四年の時の担任教師だったから。ただし教師が特に何かを教えて下さったというものではない。入学以来わたしを最も苦しめた宿題や授業は作文だったのだが、四年になった時の担任教師は、この作文教育に非常に熱心だったため、作文を書く機会はさらに増えたのだ。この「作文地獄」から抜け出す方法を、十歳のわたしは真剣に考えなければならなくなった。
 たとえば「遠足」というテーマを出されると、それまでのわたしは、出発から帰宅までを克明に追い書きしていたのだ。そこからもっと身軽になるためには「ある時間だけを切り取る」という作業に切り替える必要があると思ったのだ。それが一回目から効を奏して(笑)担任教師はおおいに褒めて下さった。そこからわたしは突然「作文地獄」から脱出して、「書く」ことが大好きな少女になったのだ。そのままここまで来てしまった。。。うう〜む。



2005/4/20(wed)
デリー


  
   (季節の花 300 より)


 先日、有働薫さんに「相聞歌に該当するフランス語はありますか?」とお聞きしました。「フランス語にはないけれど・・・。」とおっしゃっていましたが、その数日後には「モーリス・セーヴ」の詩集「デリー」の数編と、「ペルネット・デュ・ギエ」の詩集「韻」の数編のコピーをいただきました。ペルネットについては、有働さんがかつて「詩学」に書いていらっしゃいます。モーリス・セーヴ(1501〜1560)
とペルネット・デュ・ギエ(1520〜1545)とは師弟関係にあり、プラトニックな愛を育み、ベルネットは一冊の詩集を残して夭逝、セーヴはそれに心を痛めて詩壇から遠ざかり、晩年の消息ははっきりしないそうです。セーヴの詩集「デリー」はペルネットに捧げられた愛の詩集でした。有働さんが、一九八三年十二月号の「詩学」に取り上げられたペルネットの詩の四行はとても魅力的でしたので、ここにご紹介
いたします。これはおそらくモーリスに向けて書かれたものでしょう。


   もし欲望が報いに値いするなら
   そして報いは欲望を終わらせてしまうから
   わたしの歓びの終わりがこないように
   思うよりもいつも仕えたいと願うだろう


この詩行から、すぐに連鎖反応のように思い浮かべたのは、下記の詩行でした。


   ソノゼンタイニナッテミル
   ソレシカ モウ
   アイシカタガワカラナイカラ


この三行は新井豊美詩集『切断と接続・2001年・思潮社刊』に収められている「石の歌」の最終連です。


 「相聞」と名付けていいものかどうかはわからないが、岡井隆の短歌と佐々木幹郎の詩、および書簡から構成された「組詩・天使の羅衣(ネグリジェ)・一九八八年・思潮社刊」、新川和江と加島祥造との詩の往復書簡による「潮の庭から・一九九三年・花神社刊」などが思い浮かぶ。こうした「言葉による往来」というものは、万葉集、伊勢物語、源氏物語などなどの日本の古典文学の世界には、すでにいきいきとして在った。それをわたしはこれからの「詩作」のなかに息づかせることができるだろうか?



2005/4/4(mon)
「心を用いて……」


 エイプリル・フールの日には、それにふさわしく「自称・祝杯」をあげるために新宿へ出る。まず伊勢丹で春のスカートを買って、それに早速はきかえて紀伊国屋書店へ。目的の本「贈答のうた・竹西寛子」を買う。その後同行者とおちあってコーヒータイム。それから夕方の花園神社の桜の様子を観に行きました。(夕刻、曇天、携帯電話のカメラには最悪の条件でしたが。)


   


「ソメイヨシノ」はまさに桜前線「わたしはここよ。」と言っているようでした。


   


 こちらは園芸種のコヒガンザクラです。神社のわきにひっそりと満開。ちいさな樹でした。このくらいの花のような「祝杯」をあげに新宿の街へ。



 贈答のうた  竹西寛子


 物や事に感じて平静を乱された時に、その心の揺れをととのえようとする手立ては人次第であろう。何によって惹き起こされた心の揺れか、その原因と、人それぞれの性情や素養との関係によって、手立てのあらわし方もおのずから定まってゆく。もし仮りに言葉を頼むとすれば、言葉は原因との折り合いをつけようとする働きの中に、誰かに向って、あるいは何かに向って訴えようとする働きも兼ねることになろう。
 人は又その心の揺れを、沈黙に封じ込め得る存在である。けれども私がこれから付き合ってゆこうとしているのは、沈黙を守り通せなかった人々であって、頼られている言葉は詩歌、すなわち「うた」が中心である。


  うたはあのようにも詠まれてきた。


  人はあのようにも心を用いて生きてきた。


 帰宅後すぐにこの本を開きました。以上の文章はこの著書の「はじめに」のなかから抜粋しました。大変に魅力的な導入の言葉です。ふいに涙がこぼれそうになりました。読み通すには時間が必要でしょう。しかし大切な本になるであろうというたしかな予感があります。


(講談社刊・二〇〇二年第一刷、二〇〇四年第二刷)

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高田昭子日記 2005年3月

2005/3/31(thu)
相聞(あいぎこえ)


   


 「相聞(あいぎこえ)」という新しいページを作っていただきました。桐田真輔さん、ありがとうございました。わたしはこれらの作品を何も考えずに書きはじめてしまいました。走り出してしまったと言ってもいいかもしれません。そのわたしの盲滅法な詩作業を追うようなかたちで、桐田さんが論理付けをして下さったように思います。桐田さんが書いて下さった「相聞によせて」を拝読しますと、それがよくわかりました。エマーソンの「日記」のなかにある「男は苦労のあげくに結論に達するが、女は共鳴だけでそこに達する。」という言葉が、今、わたしの脳裏を横切っていきました。ビューーン(^^)。



2005/3/14(mon)
横浜へ。


  


 もう長い間行っていない。わたしの住んでいるところから行くと、ちょっとした小旅行のようなところ。そこへ行くことになって、八年前の中国旅行の折に買い損ねた「チャイナドレス」の夢が再来する。同行者とは「関内駅」で、午後三時に待ち合わせる約束をした。
 寒い曇天の日ではあったけれど、雨や雪が降らないことは幸いでした。同行者は、寒いと機嫌の悪くなる御仁でありますが、駅の案内板を見ながら待っていてくれた彼の表情はとりあえず笑顔のようで、やれやれ。なにしろ横浜は、わたしにとっては「知〜らな〜い街」を歩くようなもの。


 まずは「元町」へ。ここはブティックの多い町に変わっていました。ぶらぶら歩いて、気になるお店に入るという散歩。可愛い小物ばかり売っているお店で見事な卓上ピアノをみつけました。わたしたちの子供時代にあったものとは大違いで、自動演奏装置が付いていたり、同じ鍵盤を叩くだけで一曲が弾けるという優れもの。お値段も安い。「もう一度ここに来ることがあったら、きっと買うであろう。」というのが二人の共通意見(^^)。
 歩いているうちにからだもだんだんとあたたかくなってくる。「帽子屋さんがあるよ。」と同行者が言う。冬帽子を即決で買う。被っていたベレー帽を包んでいただいて、新しい帽子を被って、ふたたび歩き出す。こういう時の気分は楽しい。おのこにはわかるのかしらん?


 次は「中華街」へ。念願の「チャイナドレス」を求めて三軒ばかりのお店をのぞいたけれど、結局気に入ったものはなかった。素材、色、柄ともにわたしがどうしても欲しいと思えるものには出会えなかった。ま、いいか。白い湯気を立てているおおきなまるい蒸籠の置いてあるお店、「立ち食いの肉まんあります。」とある。大きな肉まんをほおばりながら歩く。なんだか楽しいけれど、これは大きすぎた(^^;)。


 この日の収穫は「冬帽子」一つだったけれど、暦の上ではもう春、この帽子を被る機会はあと何回だろうと思った。「寒さ」に騙されたかしらん?新しい詩集を出す頃までには、やっぱり「チャイナドレス」を捜してみよう。詩集を出す予定は未定。詩集と「チャイナドレス」となんの関係があるのかしらん?コーヒータイム二回。(以後略)


    冬帽子言えぬひとこと持ちかえる



2005/3/12(sat)
春の夢



    春眠に置きわすれたる夢ひとつ





小石川植物園の藪椿の画像を送って頂きました。ありがとうございます。



2005/3/10(thu)
春の使者


  


 二日続いたあたたかな日に椿もようやく応えて下さったのでしょうか。自然の営みはいつでも正直でうつくしい。この椿は「朴半」という名前だそうです。今朝、この写真を送って下さった方に「ありがとう。」を。


 昨日の九日夕暮れ時から、奇妙なとり合わせで友人たちがめぐりあった。その繋ぎ役は多分わたしなのですが、わたしの関知するところではない展開になりましたので、その責任は放棄いたします。しかし、それぞれの個性がつぶされることもなく、詩人「鮎川信夫」という存在を、それぞれの若き詩作時代のどこに置いたのか?という世代の相違を傷つけあうこともなく、はたまた無責任でもあったけれど……。「生きてるといろんなことがありますね(^^)。」とは、この今朝の椿の送り主の感慨でありました。
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高田昭子日記 2005年2月

2005/2/26(sat)
「踊るサテュロス」と「春の雪」


 


 二月二四日の午後の上野公園は曇天の静かな空でした。池の噴水はかき氷のように真っ白で、寒緋桜(緋寒桜とも言う。)、紅椿、白梅、紅梅などが、まだ冬枯れ一色の樹々の世界にわずかな灯りのように咲いていました。わたしたちは真っ直ぐに東京国立博物館の表慶館に向かいました。二千年の眠りから覚めた「踊るサテュロス」に会うために。


 「サテュロス」は、ギリシャ・ローマ神話に登場する「森の精」で、葡萄酒と享楽の神「デュオニュソス(バッカス)」の従者です。このブロンズ像は古代ギリシャ最高の彫刻家プラクシテレスの作品と言われています。
 一九九九八年イタリア南部シチリア島沖で漁船の網にかかり、奇跡的に発見されました。この像は二千年以上前にギリシャで制作され、アテネから輸送中に船もろとも海に沈んだものと考えられているそうです。両腕、軸足となるはずの右足がなく、頭部中央も欠けていますが、お酒に酔い、舞い踊るサテュロスのからだのうつくしい躍動感、なびく髪は、その欠損を感じさせないほどでした。この像は海から引揚げられた後、ローマの中央修復研究所で、四年にわたる修復を経ています。同行者は「美しいね。」とつぶやきましたが、それ以外の言葉はなかったとわたしも思います。


 観終わってから、寒い公園を少し歩いて、都美術館のティー・ルームであたたかいコーヒーを飲みながら休憩。なんとなくまだ言葉がみつからない精神状態でした。二千年という時間を超える心の作業が簡単にできるはずがないのです。わたしにはたった数十年の時間さえ超えることができないのですから。


 そこを出て「動物園に行ってみようか?」となったのですが、動物園はもう入場時間を過ぎていました。「では、アメヤ横丁へ行こう。」ということになり、ブラブラとあちこちをのぞきながら、わたしは「ロッテ・ラミー・チョコレート」を十箱買いました。このチョコレートは冬季限定販売の上、最近は近所のマーケットで入手不可能になってしまった、わたしだけの「マイブーム・チョコレート」なのです。同行者は少々あきれた顔をしていましたが、これはわたしの大切な越冬用食糧なのです。その後、新宿に出て、いつもの面子でいつもの場所でいつものごとくお酒を呑んで、「サテュロス」の報告やら、ネットのお話やら、遅いバレンタインもどきやら。


 帰路、春の雪が盛大に降りました。牡丹雪でした。白い道を歩きながら、降りかえっては自分の足跡を見ていました。あれは数十秒前のわたしの足跡。もっと向こうには数分前のわたしの足跡がすでに消されそうになっているのだろう。このわたしの一日のなかに流れた二千年の不思議な時間。






2005/2/2(wed)
太陽の不思議


    

今年に入ってから撮った二枚の写真です。
二枚とも、意識的にまぶしい陽射しに携帯電話のカメラを向けて撮ってみました。その時のカメラの画面はほとんど真っ暗に近い状態ですので、当てずっぽうに数枚撮ってみるしかありません。そのなかから良く撮れたものを後で選びました。画像を見てから気付いたのですが、二枚とも小さな黒い点があります。「ゴミ」ではありません(笑)。わたしはこういう知識がありませんので、どなたかご存知でしたら、教えて下さい。

かつてあるカメラマンが、太陽に真っ直ぐにカメラを向けてしまって、片目を失ったというお話を読んだことがあります。また、三島由紀夫の小説(タイトルは忘れました。)に、太陽を直視することにこだわり続けた若者のお話もあったような気がします。

『太陽も死もじっと見つめることはできない。・・ラ・ロシュフコー箴言集』より。
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高田昭子日記 2005年1月

2005/1/31(mon)
夕空の贈り物





十日程前にプレゼントされた空です。送り主さんのお名前は……。


上の空 空色 空箱 虚空 空中 空間 空耳 空似 身空 etc.
うううーん。寿限無ではありませぬ。 



2005/1/29(sat)
三度目の雪


  


 26日朝に窓の外を見たら、この冬三度目の雪が降っていました。「午後からの外出があるのにこまったな。」とつぶやきつつ、テレビや新聞の天気予報を何度も確認しましたが、予報通りに午後には雪は止み、まもなく晴天となりました。わたしの心がけのよいこと♪


 さて、夕方から法政大学市ヶ谷キャンパスの「ボアソナード・タワー」において、岡村民夫教授ゼミ主催による映画上映と関係者によるトークという試みに参加。またしてもわたしは桐田真輔さんの「金魚のフン?」でした(^^)。上映された映画は、詩人稲川方人監督『たった8秒のこの世に、花を――画家福山知佐子の世界』、その後のトークでは稲川氏は出席されていなかったのですが、画家福山知佐子さん、この映画の企画をされた詩人吉田文憲氏、さらに詩人吉増剛造氏、のトーク、司会進行役は岡村民夫教授でした。お二人の詩人は映画のなかにも登場なさっていました。


 この映画についての感想は書けません。実は思うこと、思い出したことが、たくさんありすぎて、それらがみんな細い道で繋がっていて、うまく整理できません。きっと桐田さんが日曜日に「吸殻山日記」にお書きになると思います。そちらをお読みください。てへへ♪



2005/1/24(mon)
陶器


  
   


この二点の陶器は、過日友人の陶芸家Iさんから頂いたものです。「辰砂」のコーヒーカップとソーサー、「焼締」の急須です。「お気軽にお使いください。」とおっしゃってくださいましたが、ちと緊張いたします。


★ 辰砂(しんしゃ)とは、還元炎焼成により、銅化合物が辰砂のような朱色になったもの。
★ 焼締(やきしめ)とは、成形した器を釉(うわぐすり)にかける前に乾燥させ、無釉で素地(きじ)を強く焼き締めること。



2005/1/8(sat)
午後の冬陽


  七日の午後、今年初めての耳鼻咽喉科の診察に行きました。順調に快方に向かってはいるものの、完全な快復には辿り着けない。ドクターもさすがに「時間がかかりますねぇ。」とおっしゃる。元の声になかなかもどらないというだけのことなのですが。しかしお薬は三種類から一種類に減りました。ドクターには内緒ですが、「禁酒」だけは自主的(?)に、ささやかに「解禁」しましたけれど(^^)。病院の待合室は、一角が全面ガラス窓になっていて、大きな温室にいるようなのです。冬陽がフロア―に美しい模様を描いていました。


2005/1/2(sun)
あけましておめでとうございます。


  


   新年


   真夜中の庭には
   過去からの雪が降っています。
   わたくしたちは ゆっくりと
   少年と少女の時間へかえってゆきましょう。


   往きついたところから
   もう一度歩きはじめましょう。
   夢のつづきのような朝への道に
   灯りをかかげながら。


★ 新年のご挨拶が遅くなりました。これがわたしのペースかな?

Posted at 11:53 in diary_2005 | WriteBacks (0) | Edit
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