Feb 02, 2007

祭り裏  島尾ミホ

takaragai

 これは島尾ミホの少女期の回想録と受け取っていいのだろうか。しかしこの七編の随筆は、そのまま短編小説とも言えそうです。舞台は郷里の奄美大島の南端にある「加計呂麻島=かけろま島」です。そこの「長」の娘として、特権階級の生活者としての記録ではありますが、島の風景、日常、まつりごと、学校生活、子供たち、大人たち、などなどがおおらかに活写されていまして、それは輝くような開放された筆力でした。

 夫である「島尾敏雄」の「死の棘」は衝撃的な私小説であり、そこに描き出された妻の有り様には、女性として大変に心惹かれるものがありました。この「死の棘」が書かれる過程で、妻は何度も夫の原稿のチェックをしていたとのこと。それはむしろ島尾敏雄の執筆に対する躊躇を払いのけるものではなかったのかと思われます。

 また、この本、さらに以前に書かれた「海辺の生と死」など、島尾ミホの本の出版に対して、我が事以上に夫の敏雄が興奮し、「あとがき」を書き、喜んだということも、この夫婦の間を流れる奔流のような「愛」を思うのでした。この「祭り裏」の出版打合せには立ち会えたものの、残念ながら出版される時期には島尾敏雄は亡くなっています。

 島尾ミホは、多分一九二〇年生まれ、一九四四年に、海軍特攻隊隊長として加計呂麻島に赴任した島尾敏雄と出会っています。その時ミホは小学校教員でした。


 【祭り裏】
 猛暑をやり過ごして、八月中頃の島には実りの季節が訪れて、さまざまな村祭りが行われる。会話はすべてこの土地の方言をカタカナで表記して、脇に訳が付けられている。  この祭りの華やぎと喧騒の裏側で、血族の命がけの争いという、荒々しい事件が描かれています。この時代のこの土地のおおらかさを表すように「癩病やみのニジロおじ」もそこに特殊な存在として描かれていないことでした。この時代には癩者の「強制隔離」があったはずです。

 この点につきましては、F氏にお願いしてご意見を頂きましたので、追記いたします。氏に感謝致します。
 『偏狭では中央の及ばない文化があったのだと思います。地方名は忘れたけれど、療養所にいくと帰ってこられなくなるからと村ぐるみ(役場も含めて)匿ってくれたという記述を読んだ記憶があります。特に共同体の意識の強い離島では、大いにありうるというより、普通だったと思います。』


 【老人と兆】
 竹細工に秀でた「ギンタおじ」は、村の端の粗末な小屋で乞食のように暮している独居老人であり、唯一のシャーマン的な存在です。村の子供やその家族とのあたたかな交流があり、「ギンタおじ」だけが「死神」から人々を救い出せる力を持っているのだった。

 【潮鳴り】
 ミホが小学三年生の時に、新しく赴任してきた若く美しい女性教師はやさしく、子供たちに愛されていたのでした。しかし彼女が密かに恋をして、人目を忍んで逢瀬を続けた島は、かつての流刑の島であった。それを村人にみつかり、彼女は村人からも子供(特に男児)からも侮辱を受けて、ついに授業に来なくなった教室では、さらに大きな事件が起こる。まだ下穿きやシュミーズなど一般の人々が身につけていない時代に、ミホがレースのついた下着を身につけていることを知った男児たちは、教室から女児を全部追い出して、ミホの下着を見ようとした。必死で身を守るミホ。。。ここでは「島」のおおらかさとは裏腹に、女性だけにある古い因習がのしかかっているようだった。この章は哀しい。しかし隠さずに書く島尾ミホの執筆への姿勢がうかがえる。

 【あらがい】
 ここでは前章の男児へのミホの反逆が始まります。子供世界を生き抜くためには、それなりの「仁義?」があるようです。しかし特権階級にいるミホは、大人社会がらみの子供の不平等もあることに気付くのでした。

 【潮の満ち干】
 思いを遂げて結婚したはずの夫婦が、生活に疲れて子供を連れて実家に帰った妻。一人取り残された夫は狂気の果てに放火をします。たった一人の警官が暇をもてあましているような島で起きた大事件でした。島の代表者たちの相談の結果、村に初めての「牢屋」が村人たちの手によって作られる。その「牢屋」は「ギンタおじ」の小屋の隣でした。「ギンタおじ」をはじめとして村人たちが交代で食事などの世話をしますが、その男は徐々に狂っていくだけでした。

 あと二篇は省きます。おおらかな風土と、そこに育つ激しい人間の情念は、島尾敏雄の私小説「死の棘」に描かれた女性の原風景のようにここにあったように思います。

 (一九八七年・中央公論社刊)
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