Sep 21, 2007

小さな白い鳥   ジェイムズ・M・バリ

The Little White Bird

    翻訳=鈴木重敏   挿画=東逸子 

 「ジェイムズ・M・バリ」は一八六〇年スコットランドの地方都市キリミュヤに生まれる。地方記者を務めた後に、ロンドンに出て、作家への道に進む。小説と戯曲を手掛けているが、その作風は広範囲に及びます。この小説を最後にかれは戯曲の方へむかったようです。
 この物語は第一次世界大戦の最中に書かれています。「ジェイムズ・M・バリ」は徹底的な中立の立場をとっているという点にも注意したい。さらに注目したいことは、一回も執筆の体験のない女性が、このタイトルで本を書こうとしていた、という話を聞いて、彼はその女性を励ますつもりで、「貴女が書かなければ私が書きますぞ。」と脅したのですが、結局その脅しを実行する破目になったそうです。

 この物語にはさまざまな子供が登場します。その中心的な子供は「ディヴィド」です。この物語はその母親が書くはずだったのですが、「私」という紳士が書き上げてしまったのです。さまざまな大人と子供を結ぶものは、この紳士です。ちょっと皮肉屋さんですが、彼は「ポーソス」という愛犬と共に暮らす独身者ですが、この愛犬の賢さとやさしささえも高く評価しています。子供も愛犬もこの紳士にとっては、素晴らしく楽しい存在であったのでせう。

 『人間の子供も、まだ小鳥だった頃には、妖精たちとかなり親しくしていた。だから人間になったあとも、まだ赤ん坊の間は、妖精のことをたくさん覚えている。残念ながら赤ん坊は字が書けないし、そのうち大きくなるにつれて忘れてしまう。それで、妖精なんか見たことの無いなどと、平気で断言する子供が出てくるというわけだ。』

 「ピーター・パン」は、そのなかの一人として登場します。ここに登場する子供たちは、すべて「ケンジントン公園」の鳥たちの取り締まり役の「ソロモン爺さん」の魔法によって小鳥の化身として母親のもとに生まれ、そして人間の子供として育つ間に、おおかたの子供は小鳥だった時の記憶を失くしてしまうのでした。

 昼間の「ケンジントン公園」は、小鳥だった記憶を失くした子供たちと、その母親や乳母の遊び場であり、散歩の場でもありましたが、夜になると妖精たちの世界になります。
 小鳥だった記憶を辿って、もう一度「ケンジントン公園」に母親を離れて戻ってしまうのが「ピーター・パン」だったのです。そういう子供たちだけが、妖精との遭遇も体験できるのです。「ピーター・パン」の不幸、それは母親に忘れられた、あるいは諦められた子供ということ。小鳥の記憶を忘れることのできない子供の幸福と言ってもいいのでせうか?

 (二〇〇三年・パロル舎刊)
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