Nov 25, 2008

言霊の天地 宇宙・神話・魂を語る 中上健次&鎌田東二

kotodama

 中上健次(一九四六年~一九九二年)は、四六歳の若さでこの世を去っていますが、この鎌田東二との対談は、中上の死の一年前(一九九一年七月五日~七日)のことでした。そしてこの本が出版された時には不帰の人となり「根の国」の人となりました。その孤独のなかから鎌田東二は「あとがき」を書いています。

 この対談は、わたくしの貧しい読書体験のなかではありますが、最も衝撃的なものであったと思いました。箱根湯元の「平賀邸」において、ほとんどお酒を呑みつづけながらの対談ですので、これはまさに一触即発の様相を呈していました。しかも対談の三日間は嵐だったそうです。鎌田東二はその後までも中上健次を「台風の人」だと思っているようです。「あとがき」から引用します。

 『思い出す。対談の最初の夜のことを。なごやかな雰囲気でなぜか蛇の話から始まった対話が、いつしかギリシャの話に及んだとき、中上健次は語気荒く私のギリシャ体験を罵倒した。どうして日本人のおまえがギリシャの神、しかもアポロンの神殿の廃墟で祈るのか、おまえの神道とはいったい何なのだ、ナチズムと同じシステムにおまえは仕えるのか、折口信夫ならそんなことはしなかったはずだ。」

 こういう対談はいいなぁ。これでおわかりのように二人の出会い、対談の内容はすべて「折口信夫」から始まりました。そしてお二人の産土は、中上健次は「根の国」に一番近かった郷、和歌山県の「熊野」であり、鎌田東二は徳島県の「阿南」であり、ここはまさに「海やまのあいだ」でした。

  対談は三章に分けて構成されています。

第一章「蛇をめぐる想像力」
第二章「シャーマニズムをめぐる想像力」
第三章「森羅万象をめぐる想像力」

この三章は、さらに各章に十五乃至十六の一文字の漢字に分けられています。「蛇」 「胎」「祭」「生」「歌」「木」「夢」「呪」「恋」etc。。。この対談のまとめ、中上健次の会話の微調整は、奥様の「中上かすみ・筆名=紀和鏡」がされています。こうして「言霊の天地」にふさわしい本として、無事に完成したのでした。ひしひしと「追悼」の意味もこめた、この一冊の本の完成の困難さを思うのでした。

 さて、この対談についての自らの考え方を書くことは、ほとんど不可能でしょう。お二人の熱気のこもった対談は、際限もなくさまざまな土俗の神の話題が拡大してゆくのですから。地図を辿り、かつての海山の在り様と今日のそれとは歴史のなかで大きく変化しています。神はさまざまなところに存在し、その政(まつりごと)もさまざまで、それは権力の側に移行したもの、民間の側に遺されたものとに分かれてゆくのです。そうした永い歴史のなかで、神々の言葉の起源が語られています。

 中上健次は被差別部落の出身です。そこから培われた直観力、高度な抽象度と密度は、類のないものかもしれません。反面では、鎌田東二は学問的に神々について思考しますので、このお二人の距離を対談の密度で埋めることは、お互いに疲労困憊したのではないでしょうか?これらの対談はまさに「対決」とも言えるかもしれません。しかし充分に楽しんでいらっしゃったようでもありました。生き残された鎌田東二の、今後の研究の大きな背景、あるいは壁として中上健次は存在し続けるのではないでしょうか?

     最後になりますが、「折口信夫」は、その後の研究者たちが超えることのできない存在であったことを認めざるをえないようです。かつてわたくしが書いた拙い「死者の書」の感想文のなかで、「これは音楽のようだ。」と書きましたが、それがこの対談のなかで語られたことと一致したことは嬉しいことでした。これを未熟ながら要約しますと、折口信夫説では「マレビト」は神であり、「オトズレビト」すなわち「音連れ人=訪れ人」であって、その音は神の言葉であり、芸能であること。言い換えれば「マレビト」とは「言霊」を発する人だったのでした。

 (平成五年・主婦の友社刊)
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