May 06, 2009

ドゥイノの悲歌 ライナー・マリア・リルケ

5-2rose

 テキストとなった邦訳書は以下の3冊です。

①ドゥイノの悲歌 手塚富雄訳(岩波文庫・1957年第1刷・1998年第27刷)

②2003年、①は岩波書店および手塚富雄ご家族の承諾のもとに、アトリエHBより再版されています。こちらでは「詳解」の代りに原文(勿論読めませぬ。)を掲載しています。詩の翻訳、解説は書き直されていません。

③詩への小路 古井由吉訳(書肆山田・2006年第1刷)
  P171~P250・ドゥイノ・エレギー訳文1~10
  「初出・るしおる2002年~2005年あたり?」

  *   *   *

 手塚富雄の解説によれば、リルケ(1875年~1926年)の「ドゥイノの悲歌」は1912年から書き始めて、1922年の完成までに10年の歳月が流れていますが、これは順序だてて書かれたものではありません。書き始められた場所は、「ドゥイノの悲歌」のサブタイトルとなっている「マリー・フォン・トゥルン・ウント・タクシス=ホーエンローニの所有より」でわかるように、この公爵夫人の招きにより、北イタリアのトリエステの付近、アドリア海に臨む断崖の上にある「ドゥイノの館」ですが、「マルテの手記」完成後の疲労から、リルケのペンは進まなかったようです。放浪を繰り返した後、「ドゥイノの館」に再び戻り、それから書き始めたようです。

 その館は第1次大戦時に崩壊しました。第1次大戦中にはミュンヘンにいて、一時軍召集を受けるが、パトロンである「インゼル書店主のキッペンベルグ婦人」たちの尽力で免除されたものの、戦中戦後は空白の時期でした。戦後のリルケは主にスイスで書き継いで、書きあげてその3年後に51歳で亡くなっています。

 手塚富雄の「邦訳」と「詳解・・・これは悲歌を理解するための解説書のようなものです。」「解説・・・悲歌が書き終えるまでの10年間の出来事。」は懇切丁寧でありました。


 それに対して古井由吉は難物を邦訳することへの恐れを「試訳」という言葉で表現しています。また6韻律1行と5韻律1行という一対を単位とした原文の詩の組み立ての邦訳の不可能性をはっきりと語ってもいました。「ドゥイノ・エレギー訳文1~10」として、その10章の前後には、10数行の訳者としての困難や独り言を記しています。またリルケの言葉の持つ激しさを、時としてブレーキをかけるようにして配慮しながら、邦訳しているようにも思えました。

 
 「ドゥイノの悲歌」は、「天使」への呼びかけから始まります。この「天使」はどうやら神から派遣された者ではなくて、さまざまな人々への呼びかけとして、その総称としての「天使」ではないだろうかと思います。リルケの「書簡」にはこのような言葉が記されています。「此岸(この世)もなければ彼岸(あの世)もありません。あるのは大きな統一体です。そこに私たちを凌駕する存在、《天使》は住まっているのです。」と・・・。
 また、最終行(第10の悲歌)を並列させて書いてみますと、この2人の翻訳者としての個性が浮かびあがるかもしれません。


 そしてわれわれは、上昇する幸福を思うわれわれは、おそらく心を揺り動かされ、そのあまり戸惑うばかりになるだろう――幸福な者は下降する、と悟った時には。
  (古井由吉訳)

そしてわれわれ、昇る幸福に思いをはせる
ものたちは、ほとんど驚愕にちかい
感動をおぼえるであろう、
降りくだる幸福(さち)のあることを知るときに。

  (手塚富雄訳)


 古井由吉は邦訳において行変え詩の形になることをせずに、散文としたようですが、手塚富雄は、もしかしたら原文の韻律を行変えすることによって、それに近づけようとしたのではないか?という推測をしてしまいました。この「ドゥイノの悲歌」を邦訳された翻訳者は他にももちろんいらっしゃいます。そのそれぞれの翻訳者は、古井由吉の書かれたように「難物との言葉の闘い」であったのではないでしょうか?

 いずれにしましても10年の歳月を費やしたこのリルケの詩集と、これを支えた人々がいた時代だったということは、驚愕するばかりです。「詩人」という呼称が確かにあった時代でした。


《追記》
「マリー・フォン・トゥルン・ウント・タクシス=ホーエンローニの所有より」というところを、わたくしは「サブタイトル」と書きましたが、コメントして下さった方より「献辞」であるというご指摘を頂きました。ありがとうございました。
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