Jul 22, 2009

マルテの手記ーメモ3

ogawa

 しつこく「メモ」を書きます。この下記の引用部分には、そのなかに挙げられている、ボードレエルの詩「死体」をみつけるために詩友からのご協力をいただきました。この大山定一訳の「マルテの手記」のなかではタイトルが「死体」となっていますが、この詩は翻訳者によってさまざまなタイトルの翻訳がなされています。ボオドレエルの詩集『悪の華』のなかの「憂鬱と理想」の章に収められた作品で、「腐肉」「腐れ肉」「腐屍」といろいろな翻訳がありますので、「踊る蛇」の次に置かれた詩編であると記憶しておきましょう、と丁寧に教えていただきました。お蔭さまでなんとかこの詩をさがせました。 ありがとうございます。まずは「マルテの手記」の引用から。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ボードレエルの「死体」という奇態な詩を君は覚えているか。僕は今あれがよくわかるのだ。おしまいの一節は別として、彼は少しの嘘も書いてはおらぬ。あんな出来事が起こった場合、彼はいったいどうすればよいのだ。この恐怖の中に(ただ嫌悪としか見えぬものの中に)あらゆる存在を貫く存在を見ることが、彼にかけられた負託だったのだ。選択も拒否もないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

腐肉  ボオドレエル  齋藤磯雄訳 (悪の華・「憂鬱と理想」・29)

戀人よ、想ひ起せよ、清かなる
  夏の朝(あした)に見たりしものを。
小徑の角の敷きつめし砂利の褥に
  忌はしき屍一つ。

淫婦のごとく、脚空ざまに投げやりて、
  熱蒸して毒の汗かき、
しどけなくこれ見よがしに濛濛と
  湯気だつ腹をひろげたり。

太陽は腐肉の上に照りつけて、
  程よくこれを炙りし、
「自然」の蒐めし成分を百倍にして
  返さむと務むるごとし。

大空はこの麗しき亡骸の
  花と咲く姿を眺め、
漂ふ臭気の烈しさに、危く君も
  草の上(へ)に倒れむばかり。

靑蝿(さばへ)の翼高鳴れる爛れし腹より
  蛆蟲の黒き大軍
湧きいでて、濃き膿のどろどろと
  生ける襤褸を傳ひて流る。

なべてこれ寄せては返す波にして、
  鳴るや、鳴るや、煌くや、
そことなき息吹に五體はふくらみて、
 生き、肥ゆるかと訝まる。

斯くて此処より立ち昇る怪しき樂は、
  流るる水か風の音(ね)か、
はた穀物を節づけて篩の中に、
  覆し、ゆする響か。

形象(かたち)は消えても今はただ一場の夢、
  ためらひ描く輪郭の、
畫布の面(おもて)に忘れられて、繒師は唯
  記憶をたどり筆を執るのみ。

巌かげに心いらだつ牝犬ありて
  怒れる眼(まなこ)にわれらを睨み、
喰ひ残せし肉片を、またも骸より
  奪はむと隙を窺ふ。

――さはれこの不浄、この凄じき壊爛に、
  似る日來らむ君も亦、
わが眼の星よ、わが性(さが)の仰ぐ日輪、
  君、わが天使、わが情熱よ。

さなり、亦斯くの如けむ、都雅の女王よ、
  終焉の秘蹟も果てて、
沃土に繁る草花のかげに君逝き、
  骸骨(むくろ)に雑り苔むさん時。

その時ぞ、おゝ美女(たをやめ)よ、接吻(くちづけ)をもて
  君を咬はむ地蟲に語れ、
分解せられしわが愛の形式(かたち)と真髄
  これを我、失はざり、と。


(ボオドレエル全詩集「悪の華」「巴里の憂鬱」・昭和54年東京創元社刊)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「ボードレエル」という表記は「マルテの手記」の翻訳者「大山定一」であり、「ボオドレエル」はこの全詩集の翻訳者「齋藤磯雄」の表記です。一応出典に合わせて書きました。ううむ。これだけで疲れたなぁ。読む方々もお疲れでしょうね。では簡単にメモします。

 つまりこのメモは「マルテの手記ーメモ1」に引用した文章の前の部分なのです。「フロベエル」が書いた「修道僧サン・ジュリアン」についての引用文は、上記の引用文に繋がるのです。何故、順序を前後させてしまったのか?それは「ボオドレエル」の詩「死体」を特定するのに手間どったからでした。「それなら、待っていなさい。」と言われそうですが、後者の引用を何故急いだのか?それは「癩者」という言葉に立ち止まったからでした。これについての私的な事情は省きますが、この言葉の歴史は深く重いもので、語り尽くすことはできない程です。


 *   *   *

 リルケの10年をかけて書かれた「ドゥイノの悲歌」は、6年余をかけて書かれた「マルテの手記」執筆後、2年の空白を経て書かれたものです。ここで気付いたのですが、「ル・アンドレス・ザロメ」の言葉 『結局それは絶えざる受苦であり、殉教であり、同時にまた人知れぬ昇天でもあった。」は、この2冊の流れのなかにあるような気がします。
Posted at 13:32 in book | WriteBacks (4) | Edit
Edit this entry...

wikieditish message: Ready to edit this entry.

If you want to upload the jpeg file:


Rename file_name:

Add comment(Comment is NOT appear on this page):
















A quick preview will be rendered here when you click "Preview" button.