Feb 14, 2008

レンブラントの夜警

rembrand

監督:ピーター・グリーナウェイ(Peter Greenaway,1942年- )。イギリス(ウェールズ)出身。
音楽:ジョヴァンニ・ソリマ  ヴウォテック・パヴリク

 レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz, van Rijn 1606-1669)と ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer, 1632-1675)は、オランダの十七世紀の代表的な画家であり、膨大な作品が残されている。この時代のオランダはスペインからの独立を果たし、経済的繁栄を極めていました。東インド会社との交易によって、世界中からさまざまな品物が集まり、人々は蒐集熱に浮かされていました。絵画は「チューリップの球根」と同じように「投機」の対象だったのでした。この時代の画家に作品が多いのはそのような時代でもあったのでしょう。「作品が多い」ということの裏には「注文が多い」ということで、多くの弟子の助けがあったということでもあるのでしょう。

 また、別の側面からこの時代のオランダを見ますと、独立後のオランダはプロテスタント中心の市民社会が確立していたため、オランダの絵画市場は、同時代の「フランス」「イタリア」とは異なり、大きなサイズの神話画や宗教画ではなく、小さめの風俗画や風景画の注文があって、その結果さまざまな絵画のジャンルが確立した時代でもありました。

 さて、一六四二年に手がけたこの絵画『フランス・バニング・コック隊長の市警団の集団肖像画』、通称『夜警』は、市警団からの依頼であり、資金は彼等が分担したのであろうと思われます。夜警』は大きなサイズの絵画です。この絵画によって、レンブラントの地位、名声は一気に破局に向かうことになります。その時期には産まれたばかりの子供を残して、妻の「サスキア」が亡くなり、レンブラントは深い悲しみにも遭遇するのでした。
 「集団肖像画」はそれぞれの人間を平等に並列的に描くという常識がありましたが、レンブラントはその常識を破りました。何故破ったのか?それはモデルとなる市警団の人間たちの裏に潜む「悪」を見てしまったからでしょう。少女だけが収容されている孤児院では「売春」が黙認されていたこと、また「陰謀」「殺人」など、さまざまな権力の行う「悪」を見たレンブラントは、その「告発」を絵画としたからでした。

 『画筆は画家の武器だ。なんでもできる――侮辱も告発も。』

「アムステルダム国立美術館のサイト」では大きな絵画をみることができます。リベルさんに教えていただきました。色彩、明暗もきれいです。

 また「サスキア」を失った悲しみを埋めるように、レンブラントにもスキャンダラスな女性関係が浮上します。依頼主たちからの絵画の不評とスキャンダルによって、レンブラントは彼等の暴力に遭い、視力すら失うことになる。ここで彼の名声は終わる。映画のラストシーンもここに照準を合わせて終わりました。
 監督の「ピーター・グリーナウェイ」は、レンブラントが「夜警」を描くことによって、市警団のさまざまな人間達を告発したように、映画「レンブラントの夜警」を制作することによって「レンブラント」を告発しようとしたのだろうか?ちょっとそのような思いが頭上をかすめます。

   【付記】
 当たり前のことですが、映画鑑賞と読書は異質な行為だと、つくづく思います。映画のストーリーのテンポに、わたくしの心理的なテンポが著しく追いつかない状況に陥っても、映画は待っていてくれないのです。
Posted at 17:51 in movie | WriteBacks (2) | Edit
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