Nov 18, 2006

ハンセン病文学全集・8・短歌(その一)

hansen-tanka

 この文学全集は完結すれば全十巻となります。この短歌編は八回目の配本です。小説三巻、詩二巻、児童文学一巻、記録&随筆一巻がすでに刊行されています。その後、俳句&川柳一巻、評論&評伝一巻で完結となるはずです。作品は約八十年前から現在までに書かれたものです。これらの作品は全国のハンセン病療養所から集められたものですが、小さな出版社にとって、それは十年を越える歳月の作業だったようです。

 ここでまず短歌の巻を取り上げます。・・・・・・と言っても、今後、詩の二巻、俳句&川柳の一巻について書く気持はありますが、あまりにも膨大な分量ですので、お約束はできません。さて、この六五六ページ、二段組の重たい歌集について、どこから書いてゆきましょうか?まずはこの全集の編集者の、二〇〇四年十一月のメモをご紹介します。

 『長島愛生園では、双見美智子さんという八十過ぎの素敵なおばあさんが「神谷文庫」を守っている。宇佐美治さんは、ハンセン病資料の収集と保存に命を懸けている。多磨全生園ではハンセン病資料館などが出来るはるか以前から、山下道輔さんが「ハンセン病図書館」を運営し資料の保存してきた。
 多くの「学者」が「新資料を発見」したと称して、マスコミに登場するが、それはそうした人たちが苦労して保存してきた資料の中から「発見した」に過ぎない。それも多とするけれど、そうした発表の中で、無名性に徹して惜しげもなく資料提供した彼らに言及する「学者」は少ない。』


 これは大変に重い言葉です。そしてこの全集刊行の底流として、この考え方はずっと流れ続けていたのではないかと思います。この姿勢に敬意を表したい。

 わたくしは元来この世界に詳しいわけではありません。そのわたくしがあるきっかけからここに収録されている作品の約十倍の作品を読む機会に恵まれました。(詩、短歌、俳句、川柳のみですが。)それらの本を読む時、注意深くその一冊づつの書かれた時代と、療養所の場所とを頭に入れました。そうして全部を読み終える頃には、おぼろげながらも、ハンセン病の隔離と差別の歴史、療養所の生活の様子、深い雪、波の音、川の音、風雨の気配、陽ざし、花、草木、野菜、動物、そして病の実態、治療薬の発見の歴史によって、その運命を別けられた人々・・・・・・書きつくせないほどのものをわたくしはそこから学びました。

 だからこそ、わたくしはそれら半端な知識や理解を、もう一度捨てるところから再出発したいと思います。誤読、深読みはしないこと。ある作品が「ハンセン病」という括りをすでに超えて「普遍性」に届いているのだとしたら、わたくしはその「普遍性」の方へ視線を向けたい。

 また、別の視点から考えますと、作品としての水準はどうか?という問題もあります。これを書くことはとても怖いことですが、あえて書きます。ここにはすべての書き手の作品が収録されていることです。永い文学の歴史のなかでは、このような「文学全集」は本来ならばありえないことなのです。ですからこれは「痛い声」の全集なのだと思われます。たとえば幼い子供が腹痛を訴えると、母親も同じところが痛む、というような遠い記憶を呼び覚まされるような出会いだった作品なのです。

 この二つの視点のはざまで、途方に暮れているわたくしを、救い上げて下さった歌人は「赤沢正美」でした。赤沢は昭和八年生まれ。高見順賞受賞詩人であり歌人の「塔和子」の夫です。ここに収められた歌人は一二〇〇名、そこから何人かを選ぶのは大変に困難なことですが、かつてのわたくしのメモに残った作品を見ますと、大半が「赤沢正美」であったということから、ここでは赤沢のみの作品紹介にとどめます。

 台風に揉まれし茎を起こしゐる草の自立は野にひそけしよ  (投影)

 人が立ちて歩き始めしときよりの背後の不安われもひきずる  (草に立つ風)

 明日のことまで断言をしてはならぬ貧しき者に貧し木の椅子  (投影)

 地の飢えは癒されゆくか風落ちて眠りの如く降る雨のあり  (投影)

 病む膝を抱へて妻は眠りをり胎児標本の如くせつなく  (投影)


  (つづく。)

 (二〇〇六年八月・皓星社刊)
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