Dec 02, 2006

海を飛ぶ夢

002

  監督 アレハンドロ・アメナーバル

 これは実在の人物、ラモン・サンペドロの手記をもとに描かれた映画です。「尊厳死」は是か否か?それは映画を観終わってもなお、わたくしのなかでは答えは出なかった。海の事故で、頭部以外総てが不随となったラモン・サンペドロは、人生の約半分の二六年間をベッドの上で過ごしていたが、自ら命を絶つ決断をする。それは彼個人の人生だけではありえない、そこに関わる人間たちの人生にも関わる決断でもあるのだった。

 まず、ラモンの世話をした老父と兄夫婦とその一人息子である。兄は弟のために海の仕事を捨てて、農業の仕事を選んだのだった。最も困難な役割を担った彼等は、それでもラモンの死を望んではいない。すべての今までの日々が無意味なものになってしまうだろう。

 人権支援団体で働くジェネは、ラモンの死を合法にするため、弁護士のフリアの協力を仰ぐ。ラモンの話を聞くうちに、フリアは強く彼に惹かれていった。しかしフリアも不治の病に犯されて、やがてラモンとの死の約束をする。しかし、フリアの病の進行は「痴呆」という形であらわれて、ラモンを忘れてしまった。ジュネは夫との健康な性生活ののちに母親となる。

 父親の違う二人の子持ちの未婚女性ロサは、テレビのドキュメンタリー番組のラモンを見て、彼を訪ねてくる。それは彼女の貧しさや不幸を克服するために、ラモンに寄り添う人生を選ぼうとしたように思える。何故か十月二十一日にここの日記に書いた水上勉の「筑波根物語」の女性たちをを思い出させる。しかし、死を決意したラモンには、ロサの存在は知人でしかないのだった。

 そうした経過の後、法廷に車椅子で臨み、ラモンは「尊厳死」を認められる。彼はスペイン北部、ガリシアの澄んだ「海を飛ぶ夢」へ向かうのだった。わたくしは「これでよかったのだ。」とも「尊厳死はいけない。」ともいえないままです。わたくし自身がラモンだったらどうだったのか?という仮説をたてることすらできませんでした。
Posted at 03:06 in movie | WriteBacks (0) | Edit
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