Oct 08, 2006

バレンタイン  柴田元幸

rousoku 高島野十郎「蝋燭」


 柴田元幸はアメリカ文学の教授であり、翻訳者でもあるのですが、この本はエッセーと掌編小説(あるいは散文詩?)との中間のような十四編の作品が収められています。わたくしには短編集や箴言集というのは「読書」に疲れた時の回復薬のようなものです。しかし、このお薬の効き目はどうだったのだろうか?「ない。」とも「ある。」とも言えない。むしろ気付かなかった心の病状がうっすらと診えてしまったような感覚でした。多分それはわたくしのかかりつけのドクターにはわからないし、わたくしが自覚するしかないことですが。

 この本は「バレンタイン」に始まって「ホワイトディー」に終わるのですが、読み終わってから、ふいに「記憶の胡桃のようだな。」と思いました。さらに「バレンタイン・チョコレート」を贈った男友達から「ホワイトディ・キャンディー」がずっと届かないままで、その男友達がこの世の人ではないような予感がして、最後には、それがすべて当ってしまって、ちょっとたじろいだ気持でした。

 「胡桃」を割ると、そこには小さな記憶の山河があります。遠い時間の出来事、死者、幽霊、古い家、若かった父母や兄弟など、時には傍らにいるはずの人間の不在など。。。たった一人の人間は時間を彷徨いながら、記憶を辿りながら、果てしない物語の旅をして、そして最後は「今」すら失って、途方に暮れている。帰る場所はわかっていても、そこになかなか辿り着けない「心の足」のような奇妙な生き物でした。深夜や明け方にふいに目覚めて「ああ。夢だったのね。」と思うような物語たちでした。

 (二〇〇六年・新書館刊)
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