Dec 01, 2008
ぶらんこ

平日の午後二時半になると、必ずこの放送が聞こえてくる。「こちらは防災○○○です。これから小学生の下校時間です。道草をしないで、お友達と一緒に、真っすぐ家に帰りましょう。近隣の皆様、どうぞ見守って下さい。」・・・・・・ふぅーむ。今の子供達は独りぼっちの楽しさや、道草の面白さも味わえないのかなぁ。可愛そうにね。
しかしこの放送は女性の声でしたが、ある日から子供の声に代りました。前半の「こちらは防災○○○です。これから小学生の下校時間です。」までは同じでしたが、この後が代りました。「僕たちわたしたちは道草をしないで、お友達と一緒に、真っすぐ家に帰ります。近隣の皆様、どうぞ見守って下さい。」・・・・・・この声が男児、女児と交代していますが、これを言わせているのは「防災○○○」の大人たちの作戦でしょう。たしかに子供達の声の方が、こちらの耳に届きます。
今日の午後の公園では、ランドセルを背負った少年が、二つのぶらんこを、乗るのではなく、ぶつけ合って遊んでいました。暗い表情をして。それから生垣の向こうへ、うなだれた様子で歩いていって、やがて姿が見えなくなりました。何の怒りや哀しみがあったのだろう?一人ぼっちで。。。
先日は、校門の前で固まってしまった子供に、附いてきたお母さんが激励していました。子供は泣いています。登校時間を過ぎた校門は閉ざされています。やがてそこが開けられて担任らしき教師が現れて、その子を受け入れていました。このような子供の風景を見ることが多い時代になりました。
* * *
鞦韆
プラタナスの並木の向こうの公園で
鞦韆が
軋みながら揺れています
今朝も聴こえる
キーコ キーコ
誰かが
空に足を差し入れて 引き抜いて
あくこともなく漕いでいます
時には空が子供の足をつかまえて
誰もいない鞦韆だけが
地上に戻ってきます
そして
次に待っていた子供をのせて
鞦韆はまた揺れつづけます
この地上から
いくど空を見上げたことでしょう
いなくなった子供を捜して
時には
空がつかまえそこねた子供のように……
お知らせします
今日未明八十五歳の女性が行方不明となりました
身長一四八センチ 白髪
白のセーターに灰色のスカート 赤い靴
空にも声を届かせながら
町の広報車がゆっくりと走っています
キーコ キーコ
今朝の鞦韆を揺らすのは誰でしょう?
Oct 01, 2008
日本・日本語・日本人 大野晋・森本哲郎・鈴木孝夫

この本は、2000年に上記の三人の方の三回の対談を単行本化にしたものです。その対談の間には、三人の言葉に対する短い論考もはさみこまれていますので、対談の散逸性を整える役割と、対談では表出されにくいであろう、それぞれの個人の意見も読めました。
《論考ー森本哲郎》
森本哲郎の論考は「はじめに」と題されて、序文の役割もしています。森本氏は旧約聖書の「創世記」の「バベルの塔」を例にあげて、人間の築く文明と文化の原点が、なによりも「言葉」にあることを示しています。言葉は単なるコミュニケーションの道具ではないと。。。
《論考ー大野晋》
大野晋は、日本の弥生時代に「水田耕作」「金属使用」「機械」という複合文明が一挙に北九州から始まったのは、日本人が輸入して真似たものだと言う独自の説をおっしゃっています。その文明とともに「言葉」の輸入先は、南インドのタミル地方にある。たしかに「アゼ=畦」「ウネ=畝」などの共通した言葉があるのですね。賛否両論あれど、これが大野晋説でした。これは中国の漢字よりも、日本の外から来た言葉としての歴史は早いのですね。
《論考ー鈴木孝夫》
鈴木孝夫は日本における英語教育の背景と歴史に触れています。戦後の日本は米国の植民地と同質だったわけですね。米国のお仕着せの立法にはじまり、歴史、英語、思想教育、すべては米国の支配下にあったわけです。ここから日本と日本人と日本語の混迷が始まったわけですね。
* * *
日本人の歴史の常態は「戦争」ではなく「国内安泰」が永いという特色があります。その弱点が「敗戦」と共に、独立戦争も内乱もない戦後を招き、米国のもとで生ぬるい植民地状況を作ったわけで、この世界に類のない国に起きた「言葉」の混迷でもあったのでしょう。
これを読む途中で、下記のようなニュースがはいりました。これは常用漢字をまたまた削除するというニュースです。
「常用漢字:見直し修正案」
奈良時代に漢字が日本に入ってきてから、漢字文化は最高の教養とされてきたわけです。しかし、戦後になってアメリカの支配下において、ローマ字と片仮名文字が隆盛をきわめました。漢字撲滅が次々に行われたわけです。
大野晋は国語審議会委員をお辞めになりました。(1966年(昭和41年)から3年間)その大分後に鈴木哲郎も腹に据えかねてお辞めになりました。(6年間)鈴木哲郎が辞任の時に、文部省の庶務課長が「勲章対象から外されることをご存知ですか?」と訊ねたそうです。ここで芥川龍之介の言葉が引用されています。「勲章なんかぶら下げて喜ぶのは子供と軍人だけだ。」
「小学校時代のローマ字教育は、なんの意味があったのでしょう?」←独り言。
(2001年・新潮社刊)
Jul 01, 2008
歩荷
歩荷くる山を引き摺るやうに来る 加藤峰子
本日富士山のお山開き。夏山登山がシーズンを迎える。歩荷(ぼっか)とは、ヒマラヤ登山のシェルパ族や、新田次郎の小説『強力(ごうりき)伝』で登場する荷物を背負って山を越えたり、山小屋へ物資を届けたりする職業である。現在ではヘリコプターが資材運搬の主流となり、歩荷は山岳部の学生や登山家がトレーニングを兼ねて行っているというが、以前は過酷な労働の最たるものだった。実在のモデルが存在する『強力伝』で、富士山の強力小宮正作が白馬岳山頂に運んだ方位盤は50貫目(187.5kg)とあり、馬でさえ荷を運ぶときの上限は30貫目(112.5kg)だったことを思うと、超人と呼べる肉体が必要な職業だろう。立山連峰で歩荷の経験のある舅に当時の思い出を聞くと、ぽつりと「一回に一升の弁当がなくなる」と言った。歩荷の経験が無口にさせたのか、無口でなければ歩荷は勤まらないのか定かではないが、口が重いこともこの職業に共通した大きな特徴であるように思われる。食べては歩く、これをひたすらに繰り返し、這うように進む。眼下に広がるすばらしい景色や、澄んだ空気とはまったく関係なく、道が続けば歩き、終われば目的地なのだ。掲句では上五の「くる」で職業人としての歩荷を描写し、さらに下五で繰り返す「来る」でその存在は徐々に大きくなって迫り、容易に声を掛けることさえためらわれる様子が感じられる。歩荷は山そのもの、まるで山に存在する動くこぶのような現象となって、作者の目の前をずっしりと通り過ぎて行ったのだろう。『ジェンダー論』(2008)所収。(土肥あき子)
これは七月一日の「増殖する俳句歳時記」のコピーをいただきました。このあき子さんの解説から思い出すことがあまりにもたくさんありました。それはすべてお聞きしたり、読んだりしたものですがちょっとメモを書いてみます。
★まず思い出したことは【駄】 です。
(1)荷物を運ぶ馬。
(2)馬または牛一頭に背負わせるだけの分量。助数詞的に用いる。
「千駄木」「千駄ヶ谷」などという地名はおそらくここからきていると教えて下さったのは先輩詩人でした。そしてそのような地名だったところは、かつては雨乞いのために火が焚かれた場所であろうということでした。
★「一回に一升の弁当がなくなる」で思い出したこと。
遠縁の漁師のおじさんのお話。漁に出る日にはお風呂の木製の桶(浴槽ではなく。笑。)に似た大きなお弁当にご飯を入れて持っていくそうです。それからお醤油。釣り上げた魚を船上でお刺身にして、食事するそうです。
★「強力」「歩荷」で思い出したこと。これが一番素敵なお話。
一九八九年元旦の朝日新聞には、ミヒャエル・エンデの「モモからのメッセージ」が掲載されました。今でも大事に持っています。そこに書かれていたお話です。
中米奥地の発掘調査チームの報告よりミヒャエル・エンデが特記した部分。調査チームは必要な機器などの荷物一式を携行するためにインディアンのグループを雇いました。調査作業の全工程には完璧な日程表ができていました。初日から四日間は、そのプログラムの予想以上にはかどりました。
ところが五日目になって、インディアンたちは、全員が輪になって地べたに座り込んでしまって動かない。調査団が叱っても、脅しても、賃金アップを提案しても動かない。しかし彼等は二日後には黙って立ち上がり、荷物を担ぎ、予定の道を前進しはじめる。その理由はなんだったのか?彼等の応えはこうでした。
「はじめの歩みが速すぎたのでね。」
「わたしらの魂(ゼーレ)が、あとから追いつくのを待っておらねばなりませんでした。」
人間の外的時間と内的時間の大きな差異、すでに十九年前に書かれていたことでした。
Mar 01, 2008
世界らん展日本大賞 2008
今年で十八回目なるという比較的長い歴史を持つこの展覧会に、去年より幸運にも招待状を頂けるようになって、二度目の「らん展」に行ってまいりました。会場は東京ドームですので、かなり大掛かりな展覧会です。一度目の感動新たに、という気持がありましたが、どういうわけかそうはいきませんでした。「花酔い」あるいは「花疲れ」というような状況に陥った自分自身に驚きました。一年歳をとったせいなのか?あるいは体調不良か?二度目ということの重複する感覚の重さなのか?会場を出てからお酒を呑む気分にもなれず、軽い食事とコーヒーで済ませました。幸い相手が禁酒中でよかったけれど(^^)。。。
これでは必死で期間中咲いている蘭たちに申し訳ないと思います。幸いにしてここは撮影自由ですので、しっかりとカメラにおさめてまいりました。膨大な量の画像を整理しながら、アップで撮影した花には、美しさの毒のようなグロテスクさに再会したりして、また疲れてしまって捨ててしまった画像も多くでました。ごめんなさいね。花の美しさ、華麗さ、豪華さ、こういったものは過ぎたらいけませんね。花は本来「生殖器」なのだと奇妙に実感した時間でした。あああ~~。
ではほんの一部だけの紹介ですが。。。



