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廃墟 投稿者:あきこ 投稿日:2007/03/28(Wed) 21:50 No.244  

みずからの現実的な引越しを前にして「廃墟」という言葉に拘る自分がなんとも奇妙な気分ですが。。。このお二人の「廃墟」への考察が同質なものか?そうでないのか?


 ありていにいって、廃墟を最初に訪問するのは考古学者である。彼らは測量と発掘を通して、その年代を測定する。次に到来する歴史家は文献を渉猟し、対象がいかなる意味において、われわれの住まうこの世界と連続的なところにあるかを、物語を通して解釈しようとする。やがて権力者が廃墟を訪れ、そこに国家なり、民族の起源の巨大な物語が封じこめられていると発言し、その場所に仮初の神聖さを付与する。最後に匿名の観光客が束をなしてやって来る。彼らはあらかじめ準備された単純な神話的物語を受け入れ、その巨大な時間の展がりと自分たちの卑小な時間とのあいだになんとか虚構の連続性を築きあげたいという欲望に促される。(中略)われわれが通常に訪れることのできるのは、どこまでも観光地化された廃墟、すなわち廃墟の廃墟にすぎない。
  (出典:四方田犬彦『心ときめかす』)


 「新しい天使」と題されているクレーの絵がある。それにはひとりの天使が描かれており、天使は、彼が凝視している何ものかから、いまにも遠ざかろうとしているところのように見える。かれの眼は大きく見ひらかれていて、口はひらき、翼はひろげられている。歴史の天使はこのような様子であるに違いない。
 かれは顔を過去に向けている。ぼくらであれば事件の連鎖を眺めるところに、かれはただカタストローフ(破局)のみを見る。そのカタストローフは、やすみなく廃墟の上に廃墟を積み重ねて、それをかれの鼻っさきへつきつけてくるのだ。
 たぶんかれはそこに滞留して、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて組みたてたいのだろうが、しかし楽園から吹いてくる強風がかれの翼にはらまれるばかりか、その風のいきおいがはげしいので、かれはもう翼を閉じることができない。
 強風は天使を、かれが背を向けている未来の方へ、不可抗力的に運んでゆく。その一方ではかれの眼前の廃墟の山が、天に届くばかりに高くなる。ぼくらが進歩と呼ぶものは(この)強風なのだ。
  (出典:今村仁司『ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」精読』)



杏姫 投稿者:あきこ 投稿日:2007/03/15(Thu) 13:25 No.240  
ちょっと疲れた。。。室生犀星の別の詩を掲載しませう。犀星の小説には「杏っ子」がありますが、彼の「哈爾浜詩集」のなかには「杏姫」という詩があります。これは亡き母の哈爾浜の思い出話のなかで、よく聞いた話の一つが「杏林」が家の裏にあったということでしたので、この詩に出会った時は嬉しかった。わたくしの記憶にないのが残念ですが。。。

   杏の実れる枝を提げ
   髫髪(うない)少女の来たりて
   たびびとよ杏を召せ
   杏を食べたまへとは言へり。
   われはその一枝をたづさへ
   洋館の窓べには挿したり。
   朝のめざめも麗はしや
   夕べ睡らんとする時も臈たしや
   杏の実のこがねかがやき
   七人の少女ならべるごとし
   われは旅びとなれど
   七人の少女にそれぞれの名前を称へ
   七日のあひだよき友とはなしけり。
   あはれ奉天の杏の
   ことしも臈たき色をつけたるにや。



Re: 杏姫 あきこ - 2007/03/15(Thu) 13:38 No.241  

【臈長ける=ろうたける】
(1)(女性が)洗練されて美しくなる。優美である。
「―・けた貴婦人」「撥を揚てさしのぞきたる顔つき、いみじく―・けて/太平記 18」
(2)その道の経験を積む。年功を積む。
「―・けて来ておいらんの苦労なり/柳多留 13」



気になる言葉。 投稿者:あきこ 投稿日:2007/03/12(Mon) 17:04 No.236  
【乞食=こじき、古くはこつじき】
金銭・食べ物などを人からもらって生きていくこと。また、その者。ものもらい。おこも。

【乞丐/乞食=かたい(ゐ)】
「傍居(かたい)」の意。
(1)こじき。物もらい。
(2)人をののしっていう語。ばかもの。
「心なしの―とは、をのれがやうなる者をいふぞかし/宇治拾遺 2」
(3)昔、罹病(りびよう)者は放逐され、放浪乞食をしたところから、癩病。また、それにかかった人。かったいとも言う。

【癩/乞丐=かったい(ゐ)】
「かたい」の促音添加
(1)癩病。
(2)こじき。

 こうして調べてみると気になる詩がある。室生犀星の「ふるさとは遠きにありて」です。

    ふるさとは遠きにありて思ふもの
    そして悲しくうたふもの
    よしや
    うらぶれて異土の乞食となるとても
    帰るところにあるまじや
    ひとり都のゆふぐれに
    ふるさとおもひ涙ぐむ
    そのこころもて
    遠きみやこにかへらばや
    遠きみやこにかへらばや   (小景異情ーその二より) 


 この詩では「乞食」を「かたい」と読ませている。犀星はどこまでこの「乞食」を解釈して詩のなかに使ったのだろうか?犀星の「ふるさと」は金沢。犀川の「犀」から筆名をとったのだろうと思える。この地方の独自の言葉使いと考えてもいいのかな?おそらく「癩」を意識して使っているのではないだろうと思いますが、今日ある辞書を調べただけでも「癩」という言葉の抱いている悲しみの歴史が見えてきます。
 
 もう一つ考えられることは「こじき」よりも「かたい」の方が、音がうつくしいからではないか?それとも室生犀星の「無知」なのか?あるいはお寺の養子だった犀星は、「かたい」の人たちを見ていたのでしょうか?

 犀星は一九一〇年、二十一歳で上京。二十二歳で再上京。二十三歳に帰郷、この繰り返しは生活の困窮のためと思われます。一九一八年、二十九歳、淺川とみ子と結婚、その後上京。以来故郷には帰らなかったのかな?

http://www.kanazawa-city.ed.jp/nomachi-e/saisei/saisei.htm



Re: 気になる言葉。 みつこ - 2007/03/13(Tue) 02:20 No.237  

これは、ほとんど広辞苑からですね。
古語辞典から引くと奇妙な現象がみられます。
「乞丐」は、ほとんどその解説と同じですが、「癩」ではなく「ハンセン病」と表記されています。



Re: 気になる言葉。 あきこ - 2007/03/15(Thu) 12:27 No.238  

これにつきましては、「こつじき」とも解釈できるいうヒントを、ある方からいただきました。さて、どうでしょう???

【こつじき=乞食】
僧侶が人家の門前に立ち、食を求めながら行脚(あんぎや)して修行すること。また、その僧。托鉢(たくはつ)。頭陀(ずだ)。行乞(ぎようこつ)。



Re: 気になる言葉。 あきこ - 2007/03/15(Thu) 13:08 No.239  

さらに。。。
「こつじき」の枯淡の境地であるのか?研ぎすまされた感性に貫かれた詩であるのか?わたくしはこれはそのどちらでもない「抒情詩」ではないかと思います。



桜と梅 投稿者:あきこ 投稿日:2007/03/08(Thu) 23:33 No.228  

【桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿】

 桜の枝は剪定すると、切り口から細菌が入って枯れやすい。梅の枝はきちんと剪定すると、切り口から新しい枝が出て花が咲き実がなる。伸びるに任せた桜は華麗に花を咲かせ、手入れの行き届いた梅は見事な花実をつける、という意味だそうです。

 また、桜は切ってしまうと枯れてしまう、梅は手入れをせずにそのまま放っておくと、どんどん伸びて養分の消費も多く、日光が万遍なくあたらなくなって、花が咲かなり、そして実もつかなくなるおそれがあるそうです。

 桜色の染色するために、自然染料を使う時には、開花前の桜の枝を使うというお話を伺った時には、わたしは勝手に想像してしまいました。桜の幹や枝の中を流れる見えない水脈には、桜色を花に届ける水が流れているのだと。。。染色家はその時期の桜色の水を横取りしているのだと。。。

 しかし、その桜の枝を数日間煮て、最後に重曹などを入れて染液とし、さらに媒染液で色を調整、それから洗い、その工程を数回繰り返して、やっと桜色の布が出来るようです。

(これは昨日の上野公園の桜です。)



梅です。 あきこ - 2007/03/08(Thu) 23:40 No.229  

これは吉野梅郷の梅です。



Re: 桜と梅 冬月 - 2007/03/09(Fri) 23:14 No.230   HomePage

■今年は、梅と桜が同時に咲いたので、喜んでいました。家内に早速見せると、「これ、河津桜(http://www.town.kawazu.shizuoka.jp/kankou/now/sakuranituite.htm)だよ。2月には咲くよ」とそっけなく。確かに、よく観察すると、花のつき方が、まとまって咲いている。花が地面の方を向いて下向きに咲いている。染井吉野より花がピンクなんですね。静岡県の河津町が原産地のようで花期も長い。松戸市は、河岸に、染井吉野と河津桜の若木を混ぜて植えたようなんです。もう、葉桜になりかかっています。ぼくは、ずっと梅党でしたが、このごろ、種類が非常に多い桜も面白いなと感じています。


Re: 桜と梅 あきこ - 2007/03/10(Sat) 13:36 No.231  

冬月さん。こんにちは。
「河津桜」は数年前から気になっていて、是非とも河津に行きたいと思っていたのですが、近くにもあったのですね。来年は見に行こうかな。こちらでは三本づつの染井吉野と八重桜が交互に並んでいるところがあります。これから楽しめることでしょう。

今年の春は冬月さんご一家にとってはまさに「サクラサク」でしたね。お嬢様のこれからの日々が幸せでありますように。



Re: 桜と梅 冬月 - 2007/03/10(Sat) 18:19 No.232  

■うーん、まあ、娘はね。でも、ぼくの方が、バカバカしくなって、例の出版社、辞めてしまいました。話せば長いんですが、一言で言って、ぼくのやりたいこと(英訳業務)と会社がやらせたいこと(人の仕事を取ってその人の首を切ること!)に齟齬が起きてしまったということですね。まあ、見栄だけのくだらない会社でした。

ま、「ひとであることの一つに春愁」といったところでしょうか。



Re: 桜と梅 あきこ - 2007/03/10(Sat) 21:20 No.233  

そうでしたか。。出版はいずれにしても難しい世界です。
こう言っているわたしもこの世界に翻弄された(まだ過去形ではないかな?)人間の一人、経営と良書との両立は苦しいのですね。



Re: 桜と梅 KTM - 2007/03/11(Sun) 07:17 No.234  

く、苦しい、です……


Re: 桜と梅 あきこ - 2007/03/11(Sun) 11:18 No.235  

KTMさん。猫にはなれないのですからね(^^)。

わたし、出版社に貢ぎすぎたみたいで、本の整理が、く、苦しい、です。
引越しまでになんとか整理しないと。。。



ことばのお勉強ー12 投稿者:あきこ 投稿日:2007/03/03(Sat) 14:33 No.227  
【山鳥 草かんむりのない葛偏+鳥 やまどり とり】
(1)山にすむ鳥の総称。キジ科の鳥。全長、雄は120cm、雌は60cm前後。尾羽が長くキジに似ているが、羽色が異なる。雄の背面は光沢のある赤銅色で、背や腰の各羽の縁は白い。尾羽は黒や褐色の横帯があって竹の節状をなし、長さは90cmにもなる。眼の周囲は裸出して赤く、眼下に一白斑がある。雌は雄より地味で、尾羽も短い。日本の特産種で、本州、四国、九州の山間の森林にすむ。
(2)雌雄は夜、峰あるいは谷間をへだてて寝るというところから、古くは「ひとり寝」の意味ともなる。

足ひきの山鳥の尾のしだり尾をながながし夜をひとりかもねむ  (柿本人丸(麿))

朝の[草かんむりのない葛偏+鳥=とり]女帰郷の貌締る   (伊藤朋二郎)

夕へには 床うち払ひ 白妙の 袖さし交(か)へて
さ寝し夜や 常にありける あしひきの 山鳥こそは
峰(を)向かひに 妻問すといへ うつせみの 人なる我(あれ)や (万葉集八巻・大伴家持)



ことばのお勉強ー11 投稿者:あきこ 投稿日:2007/02/28(Wed) 14:09 No.224  
【雲井 雲居=くもゐ】
「井」は当て字、「居」はすわるという意味。「くもゐ」には三通りの意味があるようです。

(1)雲のかかっている所。空。
(2)比喩的に、雲のかかっているはるかかなた。高くまたは遠く隔たっている所。
(3)禁中。宮中。皇居。雲のうえ。

(1)和田の原こぎ出てみれば久堅の雲居にまがふ奥津白波 
      法性寺入道前(さきの)関白太政大臣=藤原忠道(百人一首・七十六)

これは、大海原に舟を漕ぎ出して、見はるかすと、はるか向こうに雲と見違えるばかりに、沖の白波がたっているという情景で、スケールの大きな歌となっています。あるいは雲と波との区別すらつかないとも言えますね。これは(1)の意味となるでしょう。

(2)ちはやぶる神にもあらぬ我が仲の雲井遙に成もゆく哉
      後撰和歌集(恋)よみ人しらず

これは、哀しい恋の歌ですから(2)にあてはめて解釈すればいいのかもしれませんね。

(3)かけまくもかしこきかなや雲井よりわれらにたまふ若木ま楓
      明石無明=明石海人(「愛生」一九三四年七月号)

これは少しばかり解説がいりますね。「長島愛生園」は一九三〇年に全国初のハンセン病の国立療養所として開設されました。ここの園誌として「愛生」がありました。一九三四年に皇太后より御所の実生の楓の苗木一五〇本を下賜された時に、挨拶の歌として献上されたものと思われます。ですから、この「雲井」は(3)の意味となるのでしょう。



Re: ことばのお勉強ー11 ぼそぼそ@出張 - 2007/02/28(Wed) 18:03 No.225  


夕霧に絡む雁チャンは、どれですろ?




Re: ことばのお勉強ー11 あきこ - 2007/02/28(Wed) 20:46 No.226  

ぼそぼそさま。出張前の見回りごくろうさまです。

光源氏と葵の上との長子「夕霧」と、幼馴染の「雲居の雁=くもいのかり」は愛し合っているのに、二人の仲は引き裂かれる時期があったのね。その時に「雲居の雁もわがごとや」と嘆くのでしょう?この言葉が「夕霧」に宛てた思いだとすれば、「濃霧(雲ではなく・・・)のなかを飛ぶ雁」にたとえていることになる。つまり「先の見えない希望」といえばいいのかな?

さ夜中に友呼びわたる雁がねに うたて吹きそふ荻の上風   夕霧

そして夕霧は、こんな歌を詠っているけど。こんなもんでいいですか?



ことばのお勉強ー10 投稿者:あきこ 投稿日:2007/02/25(Sun) 12:13 No.223  
【ふく】
 下関では、昔からフグのことを「フク」と呼んでいます。フクは「幸福」に、フグは「不具」に通じるから呼称しないという説は後からできたものです。日本で最初の分類体の漢和辞書といわれる「倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)」にはすでに「布久=ふく」と書かれています。今では東京なまりのフグの方が一般的になり、学名もフグとされていますが、下関では今でも「フク」と呼んでいます。

 縄文時代の食生活を貝塚から知ることが出来ますが、貝塚には貝だけでなく魚の骨や歯なども含まれています。下関では安岡の潮待貝塚で2000年以上も前のものと推測されるたくさんのフクの骨や歯が発見されています。

 豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、関門海峡を渡るため多くの兵士が下関に滞在しました。この時、下関でたくさん取れていたフクを素人料理で食べたため、集団食中毒を起こしました。それを聞いた秀吉は、日本最初の「フク食禁止令」を発しました。
 その「フク食禁止令」を解いたのは伊藤博文でした。明治二十一年、日新講和条約締結のために春帆楼を訪問した際、しけのため魚が全く捕れなかったので、女将が罰を覚悟でフク料理を出したところ、あまりのおいしさに山口県でだけフクを食べられるようにしたのです。

 下関が「フク」の本格的な産地として知られるようになったのは、昭和四十年代前半のことです。日韓漁業協定締結以後、東シナ海、黄海でのフク漁獲量が飛躍的に増加したためです。漁を終えたはえ縄漁船団は、本州の西の端である下関・南風泊港に入港して荷を下ろしました。この地理的優位性が下関を一大集散地にしたのです。
 さらに、内臓物テトロドトキシンという猛毒を持つフクは、加工技術に熟練を要しました。フク食に長い歴史を持つ下関には、加工技術と熟練したフク処理師(調理師ではない。)が多くいましたので、フクはほとんどが下関に持ち込まれたということです。

【倭名類聚鈔=わみょうるいじゅしょう】
 源順著。日本最初の分類体の漢和辞書。醍醐天皇皇女勤子内親王の命で撰進。承平年間(931-938)の成立。一〇巻本と二〇巻本がある。一〇巻本は約二五〇〇の漢語を天地・人倫など二四部一二八門に意義分類し、主に漢籍から引用して語釈を示し、あわせて音注と万葉仮名和訓を付する。二〇巻本は、さらに薬名・官職名、日本の国郡郷駅などの地名を加え、全体を三二部二四九門に分類する。略称は和名抄、順和名。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E5%90%8D%E9%A1%9E%E8%81%9A%E6%8A%84



博士の愛した数式 投稿者:冬月 投稿日:2007/02/23(Fri) 20:12 No.218   HomePage
■ずっと、以前、高田さんがブログで書かれていた、上記の映画、やっとDVDで観られました。良い映画でした。学生時代、数学は苦手でしたけれど、この歳になると、妙に惹かれるものがありますね。ぼちぼち、数学関連の本を寝る前に読んでいます。ブログにちょっと、感想を書いてみました。


Re: 博士の愛した数式 あきこ - 2007/02/23(Fri) 21:56 No.219  

冬月さん、こんばんは。DVDで観られたのですね。
わたしは映画を観てから原作も読みました。「オイラーの等式」などでは、父のことが懐かしく思い出されました。父の書斎にあった数々の数学用具のなかで、最も記憶に残っているのは計算尺です。このコンピューター時代でも、これはまだ健在のようですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%88%E7%AE%97%E5%B0%BA

http://www.hemmi-inc.co.jp/slide_rule/index.html

わたしは今でも数学は苦手ですが、「友愛数は神の計らいだ。」という博士の言葉が魅力的でしたね。



Re: 博士の愛した数式 文枝 - 2007/02/24(Sat) 11:04 No.220  

映画「博士の愛した数式」は全然知りませんでしたが、面白そうなので、昭子さん紹介のURLをクリックしましたら、懐かしい計算尺のの世界がありました。
私が高校生時代は計算尺の全盛期で、大会が頻繁に開催されていました。私も数式が大の苦手なのですが、同じ兄弟でありながら弟は計算尺に長けており、県大会でもたいてい一位を獲得していました。
宝の持ち腐れですが、私も計算尺捨てられなくて持っています。
今はソロバンもままなりません。博士の愛した数式はビデオやさんのあるのでしょうか。



Re: 博士の愛した数式 冬月 - 2007/02/24(Sat) 11:54 No.221  

■そうですね。「博士の愛した数式」、ビデオ屋さんにあると思います。TSUTAYAの場合ですと、人気が高くて、なかなか、借りられませんでしたが、もう、そろそろ、大丈夫かもしれません。


Re: 博士の愛した数式 あきこ - 2007/02/24(Sat) 14:45 No.222  

文枝さん。こんにちは。
わたしは朝日新聞購読者サービスで、この映画のチケットが運良く当って、市内の文化会館で観ました。とてもよい映画でしたよ。博士役の寺尾聰がステキでした。
計算尺・・・父の書斎で見て触っただけだったような記憶・・・?

http://movie.goo.ne.jp/cast/90646/index.html



ことばのお勉強ー9 投稿者:みつこ 投稿日:2007/02/20(Tue) 21:52 No.214  
【足並み】
(1)人や馬が列をなして進む時の、足の運び具合。歩調。
(2)大勢で行動するときのまとまり具合。

ふぅ〜ん。「馬」にも使う言葉だったのか。。。
「馬が合わない」という言葉と関係あるのかしらん???



Re: ことばのお勉強ー9 あきこ - 2007/02/21(Wed) 13:40 No.217  

「馬」の付く単語はいっぱいあります。「馬鹿」とか「頓馬」とか、あまりよい意味はないですが、では述語ではどうなのか?と考えてみましたが、これもあんまり頂けないなぁ。

「馬の耳に念仏」「馬耳東風」「馬の籠脱け」etc・・・。

あ。「夕立は馬の背を分ける」というのもありますね。それから「馬の背越え」などというのもあります。これはなかなかいい(^^)。



連絡 投稿者:冬月 投稿日:2007/02/20(Tue) 23:23 No.215  
■高田さん>ちょっと、お尋ねしたい件がありまして。メールいただきたいのですが…。突然のクラッシュで、システムを新調した結果、メアドの保存ができませんでした。恐縮です。




Re: 連絡 あきこ - 2007/02/20(Tue) 23:58 No.216  

今、メールを送りました。大丈夫かな?

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