Oct 04, 2019

セルクル・ビス第1回が10月2日開かれました

 2019年10月2日(水)1時~5時 於池袋西口東京芸術劇場6階ミーティングルーム6〈br〉 前半 ジュール・ラフォルグ レポート 野村龍〈br〉 後半 自作詩朗読 持ち時間ひとり10分〈br〉 出席者 7人〈br〉 内容 ラフォルグの詩の翻訳不可能性について。中江俊夫訳「しんぞうのふくれたこどものうた」2種類を挙げる。ほかに吉田健一訳、中原中也への影響。パロディ、自由詩、俗語、造語を特徴とする。ランボーは1854年生まれ、ラフォルグは1860年生まれ、だから象徴主義と同時代であるが、孤立していた。現代でも新鮮で鋭い。 自作詩 ①細田傳造「東京嫌い、女嫌い」「思川情動」「田町情動」②志村喜代子「森は」③西宮順子「初秋の散歩」④田中もえぎ「かようびのよる」⑤金沢力「青物横丁の思い出」⑥有働薫「露草ハウス」⑦野村龍「予告」 力作揃いでした!
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Jul 09, 2019

韻律磁場へ!     Quattro朗読会    第2回   谷合吉重   細田傳造   たなかあきみつ   有働 薫 ゲスト 江夏名枝 2019年6月29日(土) PM3時半開場4時開演  渋谷区千駄ヶ谷1-5-1  時遊空間 千駄ヶ谷駅徒歩5分 チケット1000円 問合09018586357
クアトロ朗読会第2回 2019年6月29日(土)4時~6時 会計報告 参加者14名 出演者5名 チケット1000円x14=14000円 時遊空間スタジオレンタル費割引2時間 6000円 14000円-6000円=8000円(純利益) 8000円÷5人=1600円(各人収入) 他に 案内はがき 100枚 (たなかさん作成) プログラム  50枚 (谷合さん作成) は、実費各人支払済み。 ポスター2枚 谷合さん作成(無料) 当日受付 江夏名枝さん(無料) 以上会計は有働が作成しました。 納め会 7月13日(土) 新宿中村屋にて4時半~
カッサツィオーネ ――モーツァルトのため  の十一の野外用組曲 有働 薫    二〇一九年六月二九日(土)韻律磁場へ!第二回     朗読テキスト カッサツィオーネ 第一曲 色とりどりの おもちゃのような屋根 両手の人差指と親指の つま先を合わせてつくる三角形 の中の丘の稜線を 針金の人が歩いていく 遠い 森の中に 大きなガラスの温室がある 白いカラスが 飼われている カッサツィオーネ 第二曲 濡れて乾いて わたしたちは植物になろう 脳髄の奥から 自意識と言葉を 削除して 開き満ちる アイリスの群落になる いのちを燃やして 干上がっていく 大地と 運命を共にする カッサツィオーネ 第三曲 ゴールデンサマー ボーンチャイナのカップに 朝の三角形のティーバッグを浸す 水中花ふうに 芳香がゆっくりと 開いてくる やや憂いげに 神のいない教会 影が映らない食卓 花の終わった梅の木で雀たちが騒ぐ 大雨になりそうだ カッサツィオーネ 第四曲 D‐DAYの七十五周年記念式典が ノルマンディの海岸で行われ 九十五歳の退役軍人が語る 誰も戦いたくはなかった 私たちは英雄ではない 一九四四年六月六日 この海岸から戻ってこなかった 人たちこそ英雄だ 私たちもやがて別の世界に移って けっして年を取らない彼らと再会し あの日のことを語り合うだろう カッサツィオーネ 第五曲 友人の絵の展覧会は来週 豹の胴体は真っ二つに胴切りにされ 揺れる尻尾を生臭いあごが追跡する 二匹いるのね いいえ一周して一匹です ミノタウロスの長柄の斧がぎらっと光る 日傘の陰から窺う老婆 獲物の数は何匹か 窓から緑が流れ込んで 豹たちははね飛ばされ メールストレームの渦に呑み込まれて行く カッサツィオーネ 第六曲 センノキの根元に大雨を避けて 夕方のバスを待っている バス停に並ぶ勤め帰りの列の最後尾 二〇分経ち きいろいタイムテーブルの蒼い罫線の上に 細かい数字がぎっしり並ぶ センノキ別名ハリギリの葉群を透かして 夕陽が駅前商店街の 店の看板を発火させる みずほ銀行の大きな縦長の看板 銀のサンダルで踊る カッサツィオーネ 第七曲 ある夜 夢の中で 天安門広場にプラタナスの街路樹が  幾何学的に植栽され 根元に緑色のベンチが置かれていた なぜそんな夢を見たのか いぜん北京を旅行したとき 天安門広場で 街灯の柱のひとすじの影の上に 雀になって一列に並んだ記憶がある 五月の陽射しは 金槌で殴られたように痛かった カッサツィオーネ 第八曲 電信柱の上にのっているあの筒 柱上変圧器の 蓋をあけてみたことがありますか 中には電圧を下げる機器と 電気を通さない蒼い油が 美しく入っていて あのトランスフォーマー柱上変圧器は 三〇年使えます 明け方 蓋の上にとまったカラスが 行かないでと鳴いています カッサツィオーネ 第九曲 天の川銀河の ブラックホールを取り囲んで 冷たいガスが 円盤状に 回っている ブラックホールが 氷のガスをのみ込んでいるのを チリの砂漠の 宇宙望遠鏡がとらえた ブラックホールの 中は見えない カッサツィオーネ 第十曲 蒼い風が窓に揺れ k576 最後のソナタ  そこから大砂走りの下山に入る 足を取られ 膝が笑う 日本やカナダのプラスティック ごみを積んだ大型コンテナ船が クアラルンプールの港を出る 永い復路である ヨーロッパ文明という山の 頂上に吹く風 金木犀がつかのまの緑を盛り上げる カッサツィオーネ  第十一曲終曲 カッサンドラー トロイ戦争の敗戦国の王女 アテネ像にしがみついたまま戦勝国の男に強姦された ヒロシマの銀行の石段に若いからだを焼き付けられ 彼女の予見の才能がランボーの千里眼と重なる アポロンに愛されるほどの美貌と 炎と競う聡明 「いくえにも」と母は何度も言った 狼少女の緑に燃える眼を見据えて バス停の向かいの家の大谷石の塀の上に 泰山木の真っ白な花が柑橘系の芳香を拡散している * カッサツィオーネはモーツアルトら一八世紀の音楽家たちが盛んに用いた音楽形式で、野外の集りで演奏された。ディベルティメント、喜遊曲。ゲンナジイ・アイギ たなかあきみつ訳『アイギ詩集』106頁参照。
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Jun 06, 2019

素晴らしい最終回でした!

6月5日第1水曜日、セルクルの最終回がありました。 自作詩朗読は20分の制限時間をオーバーする人が多くて、途中から田中さんにタイム管理をしていただきました。「20分経ちました!」の合図で、恨めしそうに発言を打ち切る人が続出(有働もそのひとりでした)。 名高い詩人の作品を長い間読んできて、からだの中に自分の言葉がふつふつと湧き上がってあふれ出てくるようでした。人数は8人、欠席2人で、総メンバー10人に修了証書が渡されました。終了後、近場の店ライオンでスパークリングワインを足つきのグラスでいただき、ほろ酔いムードで、これからどうするかを話し合いました。決まったこと:年に4回会合を持つ。せるくる・とりめすとりえる(Cercle trimestriel)〈3ヵ月毎の集り〉を、同じ池袋の国立芸術劇場の5階ルームで開く。第1回は10月2日(水)1時~5時 ディエゴ氏のイタリア詩と、野村龍氏の「ジュール・ラフォルグを読む」。あとの3回は自作詩を持ち寄って、合評する。ほか、その都度相談する。に決まりました。秋まで、元気に過ごしましょう。次回発表に向けて、詩を書く、詩を読む。を日常の習慣にしましょう。いずれ。皆さんの作品をまとめて、「セルクル」という冊子を作りたいと思います。
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May 09, 2019

セルクル第18回と19回は4月3日(水)と5月8日(第2水)に無事終了しました

第18回セルクルは4月3日(水)6階のルーム7で、細田、金沢、ディエゴ、田中、志村、野村、有働 の7名で、1時からのイタリア詩はディエゴ三のレポートでダンヌンツイオ(III)、3時からのフランス詩は金沢つとむさんのレポートでエドガー・ポー「ユリイカ」を読みました。テキストは岩波文庫2008年7月刊の八木敏雄訳のポオ作「ユリイカ」です。なぜフランス詩の枠でポオの「ユリイカ」を読むかと言えば、ボードレールが『悪の華』で完璧な定型詩を完遂した後、さらなる詩の可能性を散文詩に求めたのは、「ユリイカ」に触発されてのことだったからです。ポーはボードレールの生涯の先達でした。レポーターの金沢さんは岩波文庫の50ページから63ページまでを拡大コピーして皆さんに配りました。この部分にはニュートンの引力と斥力を宇宙天体の重力として説明した部分です。他にアインシュタインの宇宙のひずみを説明するために、ポリウレタンの構造装置まで持ち込まれました。 宇宙は完全な球体ではなく、重力の移動によってどのような形にも歪むという考えです。物体が動くと重力が移動し、大きな重力の集中するところに小さな物体は吸い込まれていくことをブラックホールとして説明されました。さらに宇宙銀河の大判のカラー写真2枚も配られました。 現代詩の関心が行き着くところはやはり宇宙なのではないでしょうか。
セルクル第19回は大連休明けの5月8日(第2水)東京芸術劇場5階ルーム2で、西宮、志村、細田、田中、野村、ディエゴ、有働の7名で(金沢さんは仕事で出られず)、イタリア詩はアルダ・メリーニ、フランス詩はマックス・ジャコブがレポートされました。アルダは1931年生れのミラノ出身の女性詩人です。ディエゴさんのレポートでは、愛と詩と神秘をテーマにした「接吻よ」、「昨夜は愛情だった」、「詩人たちは夜に活動する」、「決してやってこない夜たちがある」の4篇が説明されました。結婚3回4人の娘、10年間の精神病院生活など、個性の強烈な自我の強い女性詩人で、死後(2009年11月)に評価された。日本語訳はディエゴさんです。
フランス詩はマックス・ジャコブの散文詩=アフォリズム、断章詩、散文詩集『さいころ筒』中の「地平線」、「火事」、「戦争」と、最後の詩集から苛烈な「隣人愛」が読まれました。細田さんのレポートは細田式漫談レポートで、あちこちに話題が跳び、細田さん自身の現況や、日本詩人の批評など、いつもながら実に多彩です。10日間の大連休明けで、ディエゴさんのレポートも30分オーバー、4時半過ぎに会が終わったときには全員くたくたでしたが、充実したレポートでした。次回は最終回、自作詩朗読とスピーチ、卒業式の予定です。6月5日(第1水)1じから5時まで4時間ぶっ通しの長丁場です。メンバーの皆さんは自作詩を7部コピーして持参してください。
なお、セルクルのスケジュールは六月の20回目を持って終了ですが、10月2日(第1水)にセルクル・ビスとしてフランス詩ジュール・ラフォルグを野村龍さんのレポートで読みますので、今から予定しておいてください。
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Mar 07, 2019

セルクル第17回は3月6日(水)に盛会でした

池袋東京芸術劇場ルーム2で1時から作品朗読と10分スピーチ、3時からステファヌ・マラルメの散文詩「秋の嘆き」「冬の慄き」を読みました。
じゃんけんで順番を決めました。いちばん負けた人からスタート:
①田中もえぎ「日記」 ②金沢つとむ「野ばらの花を…」 ③西宮順子 マラルメ「秋の嘆き」朗読 ④野村龍「夜」 ⑤細田傳造 詩集『カフカの孫』から「危ないぞ まつかさは」「孫の手」「信太の森で」「おねだり」⑥有働薫「伐採」
甲乙付けがたいよい作品が揃いました。21歳のマラルメ先生もびっくりされるでしょう。いつの間にか皆さんの表現力が花開きました、それぞれに個性豊かで、純粋です。よい詩を読むことは何よりも自分の表現力に磨きをかけることだということが自作品によって証明されました。最終回の六月のセルクル第20回でもういちど作品発表があります。この分で行くと、ものすごく楽しみです。
3時15分からのマラルメの散文詩2篇、こちらもとてもよい読みになったと思います。マラルメ詩のロマン派との違いがくっきりと把握できました。マラルメの詩学、詩は呪い(シャルム)である、が頭の中できちんと整理できたと思います。
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Feb 07, 2019

セルクル第16回は2月6日(水)ぶじ終了しました

1時からディエゴさんのレポートでウンガレッティ(II), 3時から西宮順子さんがレポーターでヴェルレーヌの初期の詩4篇を対訳で読みました。出席は8人、充実した会になりました。久しぶりの大雨にもかかわらず、ご苦労さまでした。 ウンガレッティは兵士である、というのが結論で、日本語訳の問題点について指摘がありました。エルメティズモと呼ばれるその詩学は、単なる写生ではない、言葉でしか実現できない世界の解釈を試みるものだとレポーターは主張しました。また翻訳の要は、言葉の意味にこだわらず、作者の意思を汲んだ訳語を見出すべきだと主張されました。ヴェルレーヌの詩は「秋の歌」「白い月」「巷に雨の降るごとく」「空はいま屋根の上に」の4篇を原語対訳で脚韻を拾い上げながら、渋沢孝輔訳で読み、ヴェルレーヌは日本の詩人で言えば北原白秋に相当するという、今封切されている映画「この道」を引き合いに出しながらの珍解釈も飛び出しました。時間外でフイリップ・ジャルスキーのカウンターテナーで、レイナルド・アーンの作曲のものを聴きました。出席者:金沢力、田中もえぎ、細田傳造、志村喜代子、野村龍、マルティーナ・ディエゴ、西宮順子、有働薫。
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Jan 26, 2019

新年に入ってから読んだ4冊の文庫本

調布に仮寓していたときに、駅ビルの書店でブッツアーティの絵本 『モレル谷の奇蹟』に眼が引きとめられて手に入れた。そのつながりで同じ著者の『タタール人の砂漠』『神を見た犬』を買って引越しのドサクサでそのままにしていたが、気になっていて、松の内が過ぎてから新しい机で腰をすえて読み始めたが、すごく面白い。久々に引き込まれル読書だった。調布図書館でペソアを2,3冊読んだあとで、その余韻がブッツアーティにも被さっているような気がした。二人に共通しているのは感情的な内気さだろう、そしてその分だけ、自負心が強い、が、それは深く内面化されていて自分でも気が付かない程度のものだ。だが文章からにじみ出て香気を放つ。霜の朝の水仙の香りのようだ。ペシミズム、もう変わり様がないドンズマリ。そこで水ニナガレルオフェーリア状態でかすかに歌を歌っている。同じ本棚にガリレイのひどく薄手の『星界の報告』が目に付き、〈星界〉という言葉と、ぱらぱらめくって月のデッサンが幾つも載っているのに惹かれて購入した。これと、正月あけに町田の高原古書店でブレヒトの台本『ガリレイの生涯』をみつけて、あわせて読んだばかり。その清新さに今年の読書の幸先を占ったら、大吉と出た。この4冊、幸福な読書だった、今年は吉だぞっつ! もう本は買わない(家を移るのに窒息しそうに苦労したから)と決めていた決心が早くも崩れた。欲しい本を手に入れるのに何が悪いと早くも居直って、好きな本をどんどん読むことで濁った心を洗い流そう。
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Jan 13, 2019

2018年活動略記

2018年2月7日(水)セルクル第6回 
2018年2月22日(木)「未定」同人会
2018年3月7日(水)セルクル第7回 城野兼一・ランボー「オフィーリア」をギターで歌う(I)
2018年3月10日「ルピュール」26号に詩「掻痒」発表
2018年3月25日J-M.モルポワ訳詩集『イギリス風の朝』刊行
2018年4月4日(水)金沢力・ジャック・ルーボー『極私的東京案内』を読む
2018年4月30日 谷合吉重編集詩誌「donc」に詩「」発表
2018年5月26日城野兼一「清瀬フォークジャンボリー」第10回ファイナル・CD「城野兼一フォークを歌う」に栞寄稿
2018年5月16日(水)セルクル第9回 細田傳造・「エリュアール初期詩作品を読む」
2018年5月20日 細見「投壜通信の詩人たち」書評 詩誌「交野が原」に寄稿
2018年5月24日毎日新聞時評・和合亮一「詩の橋を渡って」掲載
2018年「現代詩手帖」6月号 峯澤典子「イギリス風の朝」書評
2018年6月 白井明大「」に俳句「四月馬鹿傘さして魚買いに行く」掲載
2018年6月6日(水)セルクル第10回 15分スピーチ「わたしの好きな詩」
2018年6月14日(木)町田市民文学館にて 私の詩について話す
2018年6月30日(土)千駄ヶ谷・ライブハウス「時遊空間」にてクアトロ朗読会「韻律磁場へ!」
2018年7月4日(水)セルクル第11回・有働薫・モルポワ『青の物語』レポート
2018年7月12日西早稲田・古書店「ソオダ水」に詩書30冊持参販売6400円
2018年9月5日(水)セルクル第12回・有働薫・ツエラン「死のフーガ」「エングフュールング」読解
2018年9月10日 ルピュール27号に詩「物の死、記憶の死」発表
2018年10月10日「ユルトラバルズ」30号に詩「久地円筒分水」発表
2018年10月10日(水)セルクル第13回・田中もえぎ「エドガー・アラン・ポー「大鴉」とボードレール」
2018年10月13日(土)辻征夫を語る会でショートスピーチ
2018年10月27日(土)前橋文学館で中本さん授賞式
2018年11月7日(水)セルクル第14回・城野兼一「ランボーのオフィーリアをギターで歌う」(II)
2018年11月 フォークバンド六文銭の新譜CD「自由」に詩「白無地方向幕」が及川恒平の作曲で歌われ、好評
2018年11月16日(土)エルスール対話の宴 洪水企画主催 野村喜和夫の詩歌道行(1)現代フランス詩の地図を求めて 出席者 野村喜和夫、有働薫、中本道代、細田傳造、谷合吉重、渡辺めぐみ、岡本勝人、江夏名枝、西宮順子、マルティーナ・ディエゴ、新井さん、ほか
2018年12月12日(水)セルクル第15回・メンバーの自作詩朗読と15分スピーチ
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Jan 08, 2019

2019年新年おめでとうございます

毎年年末に1年間の大雑把な活動記録をまとめていますが、昨年末家の建て替えが終わって仮住まいから戻り、新居の細かな設備に時間と費用がかかり、しわ寄せで省いてしまいました。いずれ時間を作ってまとめたいと思います。
セルクルは1月休講です。2月6日(水)から今年のスケジュールが始まります。予定では6月の20回目で終講とし、その後どういう形で続けていくか、あるいは終りにするかは、メンバーの皆さんと相談して決めたいと思います。とりあえずあと5回を充実して活動したいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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Dec 16, 2018

セルクル第15回 2018年12月12日(水) は自作詩朗読でした

2018年12月12日(水) セルクル第15回 自作詩20分朗読とフリースピーチ 出席者 田中もえぎ、金沢力、西宮順子(3時から)、有働薫

2018年最後の集りなので、本日は勉強を離れて、日頃考えている自分のことを詩に書いて朗読する試みをしました。フランスとイタリアの名高い詩人たちの畢生の作品に日頃触れてきて、この不思議な不安を孕んだ見かけ上平和な私たち日本人の現在の意識を少しでも文字として意識化してみたいと思います。
時間通り1時からはじめ、じゃんけんで朗読の順番を決めました。3人で一番勝った人が最後、一番負けた人からスタートしました。田中さんがまず勝ち、金沢さんと有働でじゃんけんをして有働が勝ち、結果、金沢さんからのスタートとなりました。小説『若草物語』の著者オールコットの伝記の厚い本を持参され、その中にある「5月の歌」を手本にして自作の未完の詩を鉛筆でノート上の手書きで朗読されました。5月を3月に代え、最終行の繰り返し「さあ 行こう 楽しい楽しい5月を愛でるために」を3月に代えてそのまま取り入れた、勉強としては有益な試みです。自分の心惹かれた詩を〈真似する〉ことは詩を上達するために最も有益な方法です。茨城県北部の出身とおっしゃる金沢さんは広々とした関東平野の季節の変化、日常の周囲の自然の様子にとても敏感です。3月になって自然が動き出すけはいの喜びを詩に表そうとしています。まだ未完ですので、次の講座までに完成してくることを約束されました。
2番目は有働です。自作詩朗読は 同人誌「ユルトラ・バルズ」30号(2018年初秋刊)に寄稿の「久地円筒分水」です。他に同じメンバーの志村喜代子さんの新詩集『後の淵』(2018年8月水仁舎刊)から印象に残った4篇をコピーさせていただいて3人で代わりばんこに朗読しました。《後》という文学的心理状況は日本の詩歌の美意識の伝統の中で育まれてきた意識で、その心理を現代詩に見事に移植されてあることに新鮮な驚きを覚えました。外国詩から栄養を摂ってきた有働には気が付かないままに過ごした別の詩魂に触れた思いです。「暁け方にあらわれ」「駱駝のまつ毛」「白鳥」「後の淵」の4篇のうち、ことに「白鳥」の詩は北へ帰る群れに加わることができずに一羽だけ残された白鳥の描写が秀逸です。他に自作詩「白無地方向幕」第1部が歌曲化された六文銭の新アルバム『自由』と、今日は出席できなかったメンバー城野兼一さんのCDを紹介して聞きました。
3番目の(じゃんけんでは一番の)田中もえぎさんの自作詩はできたてほやほやの「ステージ」です。11月17日にアイリッシュ・ハープによる演奏会に出演された際の気持ちを(記録に残しておきたくて)詩の形で記録したのだと制作の動機の説明がありました。まだ良く書けていませんと謙遜されていましたが、経験の新鮮さがそのまま詩行に表れて臨場感があります。エスキースと云えそうな素描的な軽さが魅力です。他に詩集『六月の空』(2004年3月刊)から、きれいな合唱曲になった「水たまり」をCDで聞かせてくださいました。音大を卒業したての女性の作曲家(高橋ゆきさん)の作品で、若々しい明るい印象の作品です。子どもが水たまりにどんな反応を示すか、田中さんのご長男の(いまはもう23歳ですけど、と微笑されなから)子どもの頃の様子をくっきりと捉えて(「あなたの指に雲の一端がかかって/動いている/風といっしょになって」)心が洗われる爽快な作品です。
3人の朗読が済んでフリートークに花が咲きました。こんな風に自分のことを率直に話すことができる場を持てることの幸せを大切にしていきたいと心から願いました。3時になって西宮順子さんがあらわれ、まったく違った雰囲気の詩、田中正名「議事堂」を朗読されました。勤めていた法律事務所時代にご本人から頂いた同人詩誌「spiral line」からの作品です。
以上、いつもより少人数でしたが、それだけに私的なトークが可能で、満足感があり、以上、いつもより少人数でしたが、それだけに私的なトークが可能で、満足感があり、こういう会も素敵だと満足でした。ではどうぞ良いお年を、次回は2月6日(水)です。
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Nov 08, 2018

セルクル第14回は11月7日(水)城野兼一さんのオフィーリアが素晴らしかったです

イタリア詩のディエゴさんが発熱のため、突然お休みになり、急遽メンバーの10分間フリートーキングに切り替えました。前日に連絡を入れることができたため、自作品をプリントされて朗読された方が、野村龍さん「立方体」、細田傳造さん「実話時代」、両篇とも個性のはっきりした素晴らしい作品でした。あとの方は、現在の活動の報告など、いつもは聞くことができない普段の活動の様子が生き生きと把握でき、充実した時間でした。3時からのフランス詩は予定通り、城野君がランボーの「オフィーリア」を3枚の絵画付きレポートプリントと、宇佐美斉、小林秀雄、堀口大学、中原中也、金子光晴の5人の「オフィーリア」訳の出だしの部分のコピープリントを配って比較検討し、城野君が曲を付けたいと思ったのは宇佐美訳であることの理由を説明し、ギターで宇佐美訳によるパート1を歌いました。このギター朗読は2回目で、1回目のメロディーがさらにブラッシュアップされて印象的な作品に仕上がっています。他に河出文庫による鈴木創士訳も紹介され、きわめて豊かな、ライブ感にあふれたレポートでした。1870年ランボー16歳の作品が148年後の極東の日本で若いミュウジシアンに歌われるマジックに驚かされ、城野君の持ち歌としての完成も近い予感がしました。他に有働の詩に及川恒平さんが曲を付けてくださった「月の魚」(ユーチューブで聞けます)、中原中也の「サーカス」も歌われました。皆さん集中して質問も多く、時間5時までのリミット寸前までもりあがりました。出席メンバーは以下の通り:野村龍、金沢力、細田傳造、志村喜代子、田中もえぎ、西宮順子、有働薫、3時からのフランス詩の時間のレポーターは城野兼一。
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Oct 10, 2018

セルクル第13回ダンヌンツイオ(II)とエドガー・ポー「大鴉」

2018年10月10日(水)会場の都合で第2水曜になりました。 秋にしてはやや蒸し暑い気温で、夏の疲れが出はじめる頃、体調を崩して今朝になって欠席のやむなきに到ったメンバーが数人あります。体調が崩れてしまうと、がんばろうと思っていた予定も諦めざるを得なくなり、とても損をした気分になります。今回のレポートも、気合の入っ充実した内容でしたので、欠席の人は大損をしたことになりますよ。<br> ディエゴさんのほうは事務のほうのスケジュールをゆうゆうと崩してくれて、「手帖」の催し物欄の広告から内容がずれてしまうことがたびたびあり、イタリア人の大まかさに泣かされていますが、そこは文化ギャップと捕らえてゆうゆうと構えていくことにします。そんなわけで、イタリア詩のほうは作品予定の変更があり得ることを頭に入れて置いてください。
今回は広告とはずれた2篇、「フイエーゾレの夕暮れ」「プレイアデスと運命に」を読みました。「フイエーゾレ」は1904年41歳のときに出版した詩集『アルキオネー』に収録された作品で、1899年6月との記載がある。36歳。「松林の雨」と雰囲気を同じくする、トスカーナ地方の自然の美しさを優雅に歌い上げる、51行の叙情的な作品。 「プレイアデス」は第1次大戦に参戦した経験から書かれたダンヌンツイオの別の一面をあらわした詩。古代ギリシャの文化を踏襲しながら、イタリア文化を作り上げたのは神ではなく人だとはっきりと宣言している、ダヌンツイオの多面性と詩人のスケールの大きさが鮮やかに表現されている。
フランス詩のほうは田中もえぎさんのレポートで、エドガーポーの代表作100行の「大鴉」を言語で朗読。これが素晴らしかった。100行を読み切って、翻訳も付け、田中さんの<持ち歌>にして欲しい。 出席者:細田、金沢、志村、有働、ディエゴ、田中。
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Sep 06, 2018

セルクル第12回はツエランとダンヌンツイオを読みました

セルクル第12回は9月5日(水)1時から5時まで前半はディエゴさんのレポートでガブリエーレ・ダンヌンツィオの長詩「松林の雨」、後半は有働のレポートでパウル・ツェランの2つの代表作「死のフーガ」、「エングフュールング(迫奏ストレッタ)」を読みました。ダンヌンツイオはご承知の通り、20世紀初頭イタリアを代表する詩聖で三島由紀夫に多大な影響を与えたヒーローです。ヴィスコンティの映画になった小説『イノセント』で日本でもよく知られています。レオパルディが 詩「無限」で詩の革命を起こし、ダンヌンツィオがそれを引き継いで「松林の雨」で最高の詩を創造したという流れになっています。11音節詩が古典的に最高の音楽性を保つと考えられるにたいし、ダンヌンツィオは短い3,4,5,7,9音節を用いてこの作品を構成しています。優雅で古典的な風格さえ見せる傑作になっています。内容的には恋人の女性と松林の中を歩きながら、世界のすべてが5月の雨に打たれる森に変身するという世界の更新を果たしているというものです。
これに対してルーマニア生れのパウル・ツエランは詩を、美より真理に導こうとした、ナチスのジェノサイドを身をもって経験した詩人です。ドイツの二つの最大の文学賞を受けた講演で「詩は対話である」と語った詩人も38歳でフランス国籍を取得してパリでの生活を築き上げる努力を重ねながらも、「詩は絶望的な対話である、すでに沈黙するよりすべがない」と語って50歳でセーヌ川に投身自殺した詩人です。イタリアとフランス(ルーマニア、ドイツ)と国籍を異にし、対照的な生き方をした詩人です。出席者は田中もえぎ、金沢つとむ、細田傳造、志村喜代子、西宮順子、ディエゴ、有働の7人に、ツエランを自分に重ねて読み込んでいる野村龍氏が特別参加されました。
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Jul 06, 2018

セルクル第11回は7月4日(水)無事終了しました

1時からのイタリア詩は、ディエゴさんが古代ローマの諷刺詩についてA3の大型プリント2枚のテキストを使って熱弁をふるいました。ギリシャに比べて精神的な活動が弱かったローマ人は文学的な分野はすべてギリシャから移植して用いたが、唯一独自に発達させたのが諷刺詩だったとの論旨は極めて新鮮です。社会への切込みを目的としたエピグラム(短詩)形で、人々の日常的な行為をやり玉にあげ、言葉で≪刺す≫ことによって人間の本音を浮き彫りにしている、生き生きとした2000年を経ても古びることのない文学分野として価値があるという論旨です。古代ローマ人の得意分野は戦争と建築だったというまとめ方も納得できるものです。〈br〉 フランス詩はJ-M.モルポワの詩集『青の物語』から3篇を有働が、オリヴィエ・カディオの詩と対比させながらレポートしました。批評的抒情詩リリスム・クリティークを自己の創作の原理とするモルポワに対して、5歳年少のカディオは≪リテラリテ≫と呼ぶ表現主義を主張して対抗しています。カディオと対比すれば、モルポワの詩的断章は古典修正的とも映りますが、実際テキストに向き合うとその文章の見事さにふうっと息をつくような満たされ方をして、抒情詩の捨てがたさに納得を覚えます。カディオもシンプルな言葉使いながら要所にピリッと作者の視線を利かせてそのリズムの心地よさに感服しました。6人の読み手のうち4対2で、モルポワに軍配が上がりました。両詩人とも、もっと読みたいという気持ちを起こさせる優れた書き手であることは十分に納得できました。〈br〉 その前の週の6月30日(土)に朗読会を開きました。今年前半に詩集を発表した4人の70代詩人というくくりで、有働の場合は訳詩集ですが、それぞれの個性が静かに表現できて、大成功の朗読でしたが、詩集そのもののアピールが弱かったという反省があります。詩集以外の作品も数多く混ぜ込んだために、詩人の個性は見えても、新詩集のイメージの立ち上がりが弱かったと思います。1冊の詩集はその場での詩人そのものですから、詩集というくくりをもっと鮮明にしたほうがよかったと思います。≪韻律磁場へ!≫という谷合さん作のタイトルは素晴らしかったと思います。1回では惜しいので、これからもこのフレーズを使った朗読会ができればいいなと思います。
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Jun 06, 2018

セルクル第10回 オールイタリア詩

2018年6月6日(水)第10回セルクルは予定を変更して、オールイタリア詩でした。1時からと3時からのフタコマを30分の中休みをはさんで5時15分前までの長丁場で、イタリア詩の中の難破をテーマにした、古代ギリシャから現代の難民の詩(ボートピープルたち)を歌った1950年生まれの作家エッリ・デ・ルカという初見の詩人の難民をテーマにした8行詩は分かりやすく、ドキュメンタリー風の作品でした。他にホメロス、ヴェルギリウス、ダンテ、レオパルディの難破をテーマにした叙事詩をごく限られた詩行ですが、読むことができました。難破という観念は古代ギリシャと古代ローマでは具体的に海上での遭難を歌い、レオパルディになると象徴的な扱いになり、ダンテはキリスト教的な教訓の意味合いが強く、現代に至ってまた具体的な海上での難民の難破を取り上げています。レオパルディの象徴で、ピークに達し、再び古代に戻っていくような錯覚におそわれました。出席者は金沢、田中、細田、有働、志村、ディエゴ、森の7名でした。
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