Oct 28, 2014

第7詩集『モーツァルトになっちゃった』(思潮社)発刊

10月25日を発刊日として『モーツァルトになっちゃった』が出来上がりました。編集は思潮社編集長高木真史氏、カバー装丁は日本画家正籐晴美氏で、軽量ですっきりした1冊に仕上がりました。かばんに入れて電車の待ち時間などでも開いてもらえそうです。タイトル詩を同人誌発表の段階で読んでくださった友人の方々の反応はさまざまでしたが、正籐氏からは「今までのあなたの詩でいちばんいい」との感想をいただき、わが意を得たりの思いです。彼女によれば、モーツァルトはなんと言っても孔雀とダリヤで、ラフを見たご主人がモーツァルトに関係がないじゃないとおっしゃったそうですが、どうしてどうして、モーツァルトという100年にひとりの天才の透明で疾走する音楽を鷲掴みで表現しきっていると感じます。中味も負けずにパワフルであるはずです。ぜひ読んでください。題材のモーツァルトについて言えば、この詩集をまとめた後も熱は引くどころか、最近は最晩年のオルガン曲ばかり聞いています。譜面も読めないのにコピーした譜面で音符を一生けんめい追っかけています。自分が死ぬことはモーツァルトを聴けなくなること、と言った人がいるそうで、そんな思いに同感しています。
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Oct 12, 2014

榎本櫻湖『空腹時にアスピリンを飲んではいけない』(七月堂刊)を読む

予告されていたので、受け取ってすぐに読み始めた。主宰の詩誌の一つに詩を寄稿させてもらったことがあるので、詩集中の作品の3篇は見覚えがある。意外にそのテーマ、フレーズなどを覚えていた。それがなくて、全篇初見だったら、途中で投げ出していたかもしれない。詩は恩恵であり悦楽であるという古典的観念は持ち出せない。つまりここには、傷ついた若い感受性がハリネズミのように毛を逆立ているからだ。果てしなく繰り出される言葉とそれらが運んでくるイメージの連鎖と絡み合いに足を掬われめまいを起こす。それらはこの感受性がもう退けきれない背水の陣の一線から繰り出す反撃だからだ。現実存在に与えられている存在権つまり、自由をこの青年はどこかで奪われた。まだ防御を知らない未経験の感受性が取った行動はすべてを捨てて退くこと。30年に満たない時間をそうやって逃走し、最後に言葉という武器で武装した。この人の言葉に内包されるのは「触ったら刺すよ!」という窮鼠の悲鳴なのだ。2012年の第1詩集を見たとき、その騒がしさにうんざりした。静かにしなさい!と叱りつけたくなった。まるでスーパーの棚の前で泣き喚いている子供を蹴飛ばしてやりたくなるのと似ていた。 そのなかで、その中に詰め込まれている言葉のパワーの質と量にはおどろかされた。 2年後のこの詩集は、第1詩集によって得た反響を忠実に拾い集めた結果で成り立っていることがわかる。そのぶん何か痛々しい。そんなにおとなしくしなくてもいいのに、という気持ちがおきる。このひとはただ泣き喚くだけでなく、怜悧に状況を判断する才能を隠していたのだということがわかる。ただのしつけの悪い子供なのではなかった。冷静な気持ちで周囲を思いやり、感動する力を身内に備えている。この力を研ぎ澄まして、生きていけると思う。それは「世界本質の全一強度」(青山昌文)である「美」を味方につける力であるから。
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