Apr 30, 2007

またハイク

街の第5日曜は鍛錬句会。朝10時から夕方5時まで、3回句会をする。席題が5つ出て、出句数は自由。1回でほぼ200句くらい出る。5句選んで、うち1句は特選とする。出席者は35人ぐらい。
1回目:席題は水、机、鯉幟、時、肩。9句出した。
主宰の本選と、自分の1点でも入った句を挙げれば:
特選:あめんぼの一ミリ凹み水と空
本選:メーデーや机の下に足あそび
   君が代が騒音となり鯉幟
   休み時間回る新茶の予約票
   時の日に生まれ数学嫌ひなる
自句:更衣肩の怒りの増すごとし 1点
   開店時間前の地下街五月来る 入選
2回目:席題は青嵐、和、神、点、薬。6句投句。
特選:春雨や外階段にひだる神
本選:戦神祀りて瞑し春の滝
   点鼻薬青野の牛が動き出す
   薬袋に蛍を入れて呉れにけり
   靴紐を結ぶつむじや青嵐
自句:夕焼の窓神の国への入り口か 1点
   夕焼や神の国には入れまい  1点
   青嵐クリームソーダの値札読む  1点
3回目:席題は音。投句は1句。選句は3句。
本選:戻されし金魚音させ逆光裡
   貝殻の音の夏山削らるる
自句:音かさとプリンターより青蛙  本選
以上。
というわけで、はじめて本選をもらった。それにしても、お天気のこんなにいい日に1日中机に座りっぱなしで、疲れるなあ。
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Apr 23, 2007

余白と街、2つの句会をれんちゃんする

4月21日(土)は吉祥寺で余白句会、きのう4月22日(日)は横浜で街の句会だった。土曜日、句会後いつものビヤホールでかなり晩くまで飲んで、日曜日も、3次会まで参加して、この3次会は、女性だけのスイーツお茶会で、これが楽しかった。出席はガンバッタものの、肝心の俳句は、点がぜんぜん入らない。確かにダメだなー、と、句会前と句会後の気分の落差の激しいこと。2次会、3次会での率直な会話に救ってもらった。こもっちゃいけない、気持をオープンにして、分かってもらえないだとか、ダメだとかの妄想とたたかうのが、これからの毎日。はずかしながら、以下に投句を挙げよう。
余白3句:
蒲公英は兄貴のボタンか勲章か
たんぽぽのもとは田んぼの黄金郷
紐かわや舌平らかに山椒の香
街3句:
たんぽぽをぷつんと摘めば空虚なり
まじないや咲かずに終りさうな春
<椅子によるマドンナ>青い菫咲く
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Apr 12, 2007

《リリス》に再会――カーレン・ブリクセン『アフリカ農場』

「アウト・オブ・アフリカ」というタイトルでアメリカ映画にもなったことのある、デンマークの作家の大部な著書。1914年から17年間のアフリカ・ケニアでの農園経営者としての経験を書いたもの。ケニアの作家の中には強く反発する人もいて、わたしもどちらかといえば、正義と文化は白人側にありという尊大な態度が鼻に付く。だが、それにもましてこのデンマーク女性のアフリカへの思いの深さ、封建荘園領主じみた夢の国実現への情熱には圧倒される。どこの国の人間であれ、地球上に自分の夢見る国を実現したいという気持は究極の人生の目標になりうるだろうから。そして名訳とされる渡辺洋美の解説によれば、ブリクセンは、渡り鳥に例え得るという。農園が没落してデンマークに帰ってから作家として名声を得た。その果てのない情熱と気力をまるで伝説の「リリト」のようだと言っているのに、びっくりした。第4詩集『スーリヤスーリヤ』でわたしは「母はリリスといった」という詩を書いている。リリス(又はリリト)は聖書以前に存在した伝説で、アダムの妻で魔女。リリスが去った後、イブが後妻となったという話は、日本人には耳新しい話で、最初にこれを知った時にはぎょっとしたものだ。観念としての典型がこのように崩れていくのは面白いと思う。リリスという女(というよりメス)はアダムをしのぐ好奇心の塊で、天国を開く言葉を手に入れてアダムを捨てて飛び去ったというのだ。「しょうがないわね、あんたなんか、トロくて相手になっちゃいられないわ!」というような按配だったかも。リリスは鳥のイメージで、あくなき精力、精神力の強靭さの持ち主にかんじるあの、「うんざり感」を体現する。「自分の理想を実現しようと他人の人生を利用しようとする者の」帰結と解説者は言うが、それは究極の人間の希望ではないだろうか。ヨーロッパ人のほうが、先にその人間の本音にたどり着き、その場をケニアに求めたということなのだろう。ブリクセンはそのパイオニアであり、さらに女性であったゆえに「リリト」とよばれ、人々からうんざりされたのだろう。
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Apr 11, 2007

文京区の歌

 高校時代の親友Kちゃんに数年ぶりで会った。以前は、1月の《女正月》の頃、一緒に演劇を見たりしていた。そのいくどかは同級生だった緒形拳さんの西洋劇だった。彼にはシェークスピアやベケットは合わないわね、でも、いろんな傾向にチャレンジして偉いよね。など勝手な感想で内緒話をしながら。國分さんの会社に行くようになって数年、疲労が激しくて、約束を断ったりして会うのをやめていた。ようやくまた会えるようになった。彼女と話していると、宝の山を掘っているような気持になる。青春という宝の山。今回掘り当てたのは、小学生の頃歌った「文京区の歌」。何かの拍子に彼女が歌い始めて、わたしも付いて歌い出した。「…文読む窓のサワなれば、家おのずから平和あり、都は文化の中心地、わが区は都の文京区」。この歌が村野四郎の作詞であり、この歌の制作発表会が竹早高校で行われたのを、小学生の時彼女は聞きに行ったのだと話されて、びっくり仰天した。「えっ、そうなの、わたしも関口台町小学校でこの歌を習ったわよ、だからうろ覚えだけど、歌える。でも、村野四郎だなんてぜんぜん知らなかった。」「村野四郎は、小学校時代板橋で近所だったの。」「ああ、大江戸の昔より、ここは学びの土地にして、クレナイノチリチカケレバミドリガオカハシズカナリ」と出だしから歌い始めて、顔を見合わせて笑った。高校時代、彼女はダンスがとても上手だった。小柄で、手足が長く、ポーズを取ると、白鳥か、猫のように自然な可愛らしさが漂ってきた。歌も音程がしっかりしていて、コ―リュ―ブンゲンをすらすら歌って、ぶきっちょで音痴なわたしをとてもうらやましがらせた。だからといってけして華やかな美少女風ではなく、もの静かで、地味で控えめだった。どちらかといえばわたしのほうが、失恋やら何やらいつも問題を抱えては、泣きべそで訴える側だった。今度会ってみて、小学校の体育の女の先生に、バレエ学校に行きなさいと進められたと打ち明けられて、なるほど、と納得した。大森駅前通りで呉服店を営んでいたお父さんが徴兵で、戦死なさった。店は空襲で焼失した。お母さんが親類の呉服店に勤めていらっしゃる、と高校時代に聞いていた。「バレエ習いたいなんて、とても言えなかった、とても行きたかったんだけど。」靖国神社をヨコから入ってお賽銭を投げて参拝した。奥の社殿で人が集まっているのを彼女は見ていた。「わたしの父親は教員だったから戦争に取られていないの、学生を引率して勤労動員に連れて行っていたのよ。」初老のふたり、思い出話に泣き笑いの春のデートでした。もう1曲、家に帰ってから思い出した歌がある。「大東京の歌」。「うすみどり、澄みたる空に飛ぶ鳩の白き姿も、おのずから平和のしるし、青春の希望に燃えて…大東京、今日も明け行く。」こっちの方は改まった堅い感じ。こんどKちゃんに聞いてみよう。
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Apr 03, 2007

景観といえば

今年の千鳥ヶ淵の夜桜も素晴らしかった。ただ今年のソメイヨシノは花の色が白っぽい。冬の間充分寒くなかったのが原因らしい。アメリカ人の留学生で、日本の茶道を研究している若い女性も一緒に見物したが、紺色の空を網目のように桜の花が覆いつくしているのを見上げて、まるで空にレースをかぶせたようね、と感嘆していた。地面に立っていないような目まいがする。彼女の灰色を帯びたブルーの瞳もきれいだった。花の数も例年に比べると少ないようだったが、水面とすれすれに伸びる桜の枝との調和はえも言われない。ボートが8時まで乗れて、すっかり出払っている。ボートをこぐ人たちと首都高を行く車の灯りの流れが優雅な桜のマッスに都市の景観を合わせて見事なできばえである。
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Apr 01, 2007

多摩森林科学園

昨日、八王子の桜保存林に花見に行った。家から車で2時間。まだぜんぜん早くて、彼岸系の緋色の数本が咲いているだけだった。ベンチに座っていると、風が冷たかった。1本ごとに名札を付け、大切に、めずらしい木を集めてあるが、景観がすばらしいという感じではない。桜のお勉強風のお花見でした。
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