Jun 30, 2005

二つの詩

古代に近い大型の家畜――食肉用の家畜
ここの山麓と肥えた草の中に生きている――
オーリヤックの屠殺場のために?
オーベルニュ地方は、判官館があり、厳しく、辺鄙な地方である。
《ここで生れたものはサレルス種とチーズ製造小屋に頼ることに決まっているのさ》
農夫のマーニュ・ド・マジユーは言う。
彼は老いの悲哀を耐え忍ぶ
薄れ去った季節の中で。
わたしがこの美しい仔牛の首の釣鐘を盗もうとしたら
角がシャツをかすり、引き裂くだろうか?
キリストが刻まれたこのブロンズの釣鐘は
幼年期の世界をもう一度生き直させてくれるだろうか?
だがあそこの群は、すべての角をまっすぐに立て
わたし達に対峙している。


次の中タイトルは「二つの詩」。このブルターニュ出身の詩人は世界を駆け回る。今は、フランス中央部マッシフ・サントラルの放牧地に居る。
古代に近い大型の家畜=この地域はラスコーの洞窟に近いので、雄牛、馬、鹿などが豊かに描かれたイメージを借りているようだ。
オーリヤック=Aurillac フランス中央(マッシフ・)山地(サントラル)西部カンタル県の県庁所在地。傘、家具などが製造されている。
オーベルニュ地方=Auvergne アリエー、ピュイ=ド=ドーム、カンタル、オート=ロワールの四県からなる中央山地南部の地帯。南北海岸地帯の奥部で、フランスでもっとも辺鄙な地域として、この地方の出身者は田舎丸出しの形容としてよく引き合いに使われるが、その素朴な人間性を賞賛して、歌手のジョルジュ・ブラッサンスが「オーベルニュ人の歌」を作り、国中で歌われている。
サレルス種=Salers 乳牛の品種。カンタル山麓で飼育される赤毛の大型品種。オーベルニュ地方で作られるチーズは《カンタル》le cantal と呼ばれる。
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Jun 14, 2005

中目黒のマンションで

家裁の調停が決着し、もう3ヶ月近く長兄のマンションのかたずけをやっている。老令の母に代わってきょうだいが入れ替わり立ち代りごみ出しに通った。昨日午後、神保町の田村書店が蔵書の引き取りに来てくれた。2時の約束が3時半になった。午前中の引き取り先の本の量がよそうよりはるかに多くて時間がずれたとのこと。洋書部長さんが若い社員を連れ、台車2台を持ってドア前に現われた。それからえんえん3時間強、わたし達がそれぞれ記念に欲しい本をもらった後のすべての本を引き受けると言ってくれた。これにはびっくりした。いずれ、めぼしいものだけを引き抜いて帰るのだろうと予想していたから。あと何軒の古書店と交渉しなければならないだろうかと心配していたので。大学の研究費で買い、研究室の印判が押してあるものは、解除の印を押したうえで扱うということで合意した。高価な本にこの印のあるものが多いのだ。50代はじめ?のこの部長さんは、パリ、ニューヨークの古書市を回ってきたばかりとのことで、その人柄と見識の高さにわたしたちは唸った。いままで長兄の死後、なさけないことばかりで、気持ちが沈み、少し悲観的に考えすぎていたようだ。未だワールドワイドの古書文化の変わらぬレベルというものが実際に存在して居る風景をこの人の話を窓にして、覗いた気がした。外国の古書商にはドクターが多いんですよとの話だった。値段は数日後に弟のところに知らせてくれるとのこと。私たちは何よりも共通の認識で取引きが成立した喜びをかみしめた。さすが日本一の古書街である神田神保町に店舗を張っているだけのことはある。3LDKの空間全てを埋め尽くしていたものが運び出され、思わず金メダルの水泳選手のことばのように「わー(さすがにチョーとは言わず)、気持ちいい!」と叫んだ。きょうだいが5人で手伝ったり、蒸し暑い午後にときどき飲み物を差し出したりするのを、めずらしいお客さんだと部長さんたちも喜んでくれた。中目黒駅のそばの居酒屋で祝杯を挙げ、疲れたが清々しい気持ちで夜おそく帰宅した。
遺されし蔵書の埃梅雨に入る  みなと
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Jun 08, 2005

わが家にはプールもあるよネットのね

と、自分のページを開いていつも惚れ惚れとする。豪邸ですねー!
こんどの句会の兼題の1つが「プール」なんですが。 豪邸はネットで充分です。いつもぴかぴかで新築同様です。現実に持っていたら維持管理に忙殺されて、詩だ俳句だとは言っていられなくなるでしょう。「物書きはくず拾いだ」と言ったのはベンヤミンです。ベンヤミンを教えてくれたのは久保覚氏です。あるとき、そのうちお金持ちになったらとわたしが言うと、「それはないよ」と返されました。亡くなった後もちょくちょくそれを思い出します。そのもの静かな、しかし間髪を入れない返しようを。存在の仕方の違いということを思います。
きのうきょう、一年中でいちばん気持のよい季節です。まだ入梅はしないで。夕方母の見舞いを終えて、バスを待っていました。窓を開けて指に挟んだシガレットの灰を落としながら走っていった車がありました。道路を灰皿代わりにしてる。と思ったけど、面白いと思った。初夏の夕方らしくて。ここで1句。と行かないのが、俳人ではない証拠。俳句は身に合いません。
Posted at 09:58 in n/a | WriteBacks (0) | Edit

Jun 02, 2005

年令ばかり増えて精神は幼くて

ダメだなーと、先月分を読み返して思いました。元凶は人に口ごたえをしないでいままで生きてきてしまったこと。けっきょく、わたしのように5番目の子どもで、あんまり親からも必要ともされず、どうでもよく世の中に置いてもらってきたものは。学生時代に男の子たちが、自嘲的に「米くそ引替え機」だと言っていた。ひそかに、自分も当てはまるなーと思ったが、昨今まさしくかくのごとし。
さて、先月末、イサクの車に乗せてもらって東名高速を朝の5時から走って、お昼前に地球博に着き、その夜は春日井市の次兄の家に1泊させてもらいました。人ごみの中でいろいろ優美な日本語を耳にした。小さな子が、「おとうさん、蝶がおるよ」と云っている。「おる」なんて言葉をこんなチビでも使うんだ、と感激する。もっと日本中いろんな所に身をおきたいなーと思う。じぶんは四角四面の無味乾燥な言葉の世界に長居していたようだ。地球博自体は、普段の5割増しの人出の日にぶち当たって、並ばないで入れるところばかり選んで歩いたので、躍るサチュロスも冷凍マンモスも見なかった。それでも、おとなしく何時間も炎天下に並んでいる人々のわきを歩きながら、何らかの感慨は持ったわけで、それは要するに日本人はけなげだなーというのでした。
穏やかに祭り愉しむ人のおる  みなと
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