May 12, 2014

ガラスの皿にパンジーを

「ガラスの皿にパンジーを」

ベランダの素焼のポットにパンジーが凍えている
37階の風が窓ガラスに当たって
ゆっくり運河のほうへ降りていく
それから海のほうへ 雲にむかって
冬晴れの 希薄な硬い空気
深呼吸には少し足りない
コンクリートの縁石に朝の水遣りのしみ
あまり乾き過ぎてもと
晴天をたしかめて鶴口如雨露で注いだ
パンジーには必要なかったかもしれない

ウォーターフロント 海抜ゼロメートルと
呼ばれた地域に岩盤に打ち込むたわみ性建築鋼材によって
高層ビルが林立する
夜の照明は宇宙都市かと思わせる幻想都市を出現させた

4月に入って
凍ったパンジーの株が
生気をとりもどした
伸びた葉を掻き分けて蕾がふくらみ
やがていっせいに笑い出すように同じ向きで開花する

あらゆる種類の蝶が孵化し
羽ばたきはじめる
エレベーターで地上に降り戸毎に植え込まれたパンジーを見つけるたびに
いちいち言葉をかけずにはいられない――おはよう、モーツァルト……
季節の猛りにざわめく花たち
ふんだんであってもけっして過剰ではない
色という色をさざめかせる> パンジーはモーツァルトの音楽の生れ変りなのですよ

子どもの頃家の玄関の壁に
パンジーを描いた油絵があった
近所の喫茶店の主人が模写した窓辺のパンジーで
「遊蝶花」岡鹿之助による
と年末の大掃除で下に降ろされた絵の
裏板のほこりのあいだに読めた
数個の花は現実より大きく
ひとの顔のようにこちらをまっすぐに向いていた

花は冬のにおいがした
中心に向かって数本の髭の走る黄色の花弁は
《望月をとおあわせたる》
めくるめく明るさで輝き

ガラスの皿に摘んだパンジーを盛って
夕食後のテーブルに置くと
皿は王宮の音楽室となり
シャンデリアに灯が入る
とりどりの衣装の王族たちに
左右の耳の上に大きな巻き毛をのせた子どものモーツァルトが
狐の目のようにつりあがった視線をちらと投げて
可愛いいパッセージを鳴らしはじめる

花弁は5枚、正面の花びらはエプロンのようにいちばん大きく丸い。その両脇に少し小型の2枚、それらの3枚が組み合わさった後ろに色の濃い(たいていは濃い紫)花びら2枚。これら5枚が花芯を軸にして1花をなす。後ろの2枚は、スミレならウサギの耳のようにとがって立っているのだが、パンジーは丸っこく少し開き気味におとなしく広がる。前の3枚の花びらの中心には髭が描かれていることが多く、これが1つの花を人間の顔に似せている。原種のスミレは軸が細く花が大きく頭でっかち、パンジーの軸は適当に太く逞しく農婦のような風情。大衆性と安定感。故地のスミレがうつむいて咲くように、パンジーも花開くとやがて少しうつむき加減に日なたを向く。

やがて春が猛る。パンジーは後ろの2枚の花弁から縁を丸め始める。つぎに両側の2枚が手のひらを合わせるようにお互いに向って巻いていき、一番最後にエプロンのような中心の花弁が遅れを取り戻すようにしかしいちばん大胆に両側から丸まっていく。そして花は蕾の時代を憧れる様子でその形に似せてしぼむ。

子どものモーツアルトがひとりの成人の芸術家として真の姿で認められるのは容易ではなかった
ピアノコンチェルト第21番ハ長調k467第1楽章 いのちは行進曲風に
そしてエルヴィラ・マディガンと呼ばれる次の楽章で若いふたりが死ぬ
眼の前を舞っていた蝶が空中で止まる瞬間

長調と短調が 行進曲と嘆きのアリアが 生きる喜びと断念が
風に翻る木の葉のように
表と裏に
きらきら光る

喜び 哀しみ
光 陰
日向 日陰
あこがれ あきらめ
混濁 清澄
激しく移り変り
少しもじっとしていない
いのちは時限にさらされた1枚の木の葉
風にそよぎ
気もそぞろに
ふざけん坊で
冗談好きな
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May 09, 2014

高橋睦郎『和音羅読』を読む

大連休中に読み、まだ読み終えられず、あと少しを残している。決してとっつきやすくも、読みやすくもない、忍耐を要する読書である。その理由は? 事情が大変入り組んでいるので、敬して遠ざかる、という読書人の、自分も含めた態度に原因があると思う。わが国で言えば漢籍の歴史を事細かに仕分けすることは時代ごとの読書人によってコツコツとなされてき、それが周知の知的財産となって共有されている。そういった作業が外国文学にこれほど依って立っていながら聖書を含むラテン文学に対しては果たされてこなかった。当面の、時代と作家を追いかけるのに手一杯で、その依って立つ根元の部分にきっぱりと鍬を入れる人が見当たらなかったことに依るだろう。地道な真に聡明な知性と感性に恵まれた人でなければ、荷が重すぎる、取り掛かっても跳ね飛ばされる。1人の作家に対してでさえそうなのだから、こんな磐根掘りのしんどい仕事はなるべく避けて通りたい。この欠落に気付いたのが、ある編集者との酒席であったと、あとがきにある。朝日新聞の冊子「一冊の本」に43回にわたって連載されたものが基本になっているという。時代を画す労作であり、意外性のある適任である。読むのは辛いがこの機会を与えられて幸運である(大変に遅まきなことだが)。まずはあとがきのアベラールとエロイーズのエピソードから読み始めるのが賢いだろう、私はそうした。
Posted at 11:46 in n/a | WriteBacks (0) | Edit
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