Dec 20, 2006

「ピザンおばさま!」 ほか

今年2006年に発表した作品をまとめておこう。
①「昼の時間」:「repure」2号2006年1月22日
②「紅ばら白ばら」:「現代詩図鑑」2006年4月号
③「ピザンおばさま!」:「ガニメデ」第37巻2006年8月
④「詩を生きる―柩・隠亡と吉行理恵」:「現代詩手帖」2006年6月号
⑤「わたしは狐、国道を走る」:山口市国民文化祭2006年6月応募
⑥「今、何を書くのか」:「街」61号 10周年記念特集号
⑦「少女趣味」:「repure」3号2006年7月2日
⑧「子狐、のぼり列車で」:「現代詩図鑑」2006年7~9月号
⑨「兄小林路易の思い出」:「レ・シナダ」会報14号2006年10月
他に、ふらんす堂ホームページの「詩人のラブレター」に月1と、ウエブマガシン「あそびすと」に週1で書いた。「repure」には「愛詩添想」として、ポール・ルイ・ロッシとマリ・エチエンヌの詩を取り上げた。
およそ、今年の書き物はこんなふうで、あと、俳句をずいぶん作ったがイマイチの感じ。
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Dec 17, 2006

東京について

東京という町は何でもあるが何にもない町だ。そして何もない美しさを楽しんでいる活発な町だ。だから世界の人が魅了される。「京都も美しかったけれど、ぼくは東京が好きだ。」と以前、フランスの詩人は言った。 東京は動いているから美しい町だ。東京に住んでいる至福を大切にして、東京に住んでいるアドヴァンテージを上手く使って物を書きたいたいと思う。
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Nov 24, 2006

薦田愛さんへ

 お詩集『流離縁起』ありがとうございました。「マツユキソウヲサガシテイラッシャイ」のフレーズに触発されて、この夏に読んだブルターニュ伝説の「イスの町」を想像しています。海底に沈んだ町が、ふとしたきっかけでひとの目の前に現われる。小さな頼みごとがあって、それを聞いてあげないと瞬く間に消えてしまう。町は死者の町で、この世に生き返りたいと、生者に頼みごとをするが、不意のことで、頼まれた漁師(水を汲みに来た女)は聞き入れることができない。一度消えると、もうどこにその町があるのかわからない。この話はさびしげで荒涼としているようですが、どうも中国の「桃源郷」に想像が繋がってしまいます。歴史的なヨーロッパの過酷さ、東洋の温和さがイメージにも影を落とすのかもしれません。押入れの整理をしていて、モン・サン・ミッシェルの絵葉書が出てきて、とっさにああ、これはイスの町だと思いました。まだ実際に見たことはないのですが、友人で、パリからバスで日帰り参詣した人は幾人も居ます。 意識の中に持っている風景は、自分一人のものというより、自分の出自からおのずから浸みでて来るものだという気持ちが強くなってきています。そのための容器であり得るかどうか、蓋を開けずに生を終ることのほうが多く、それはそれでいいのだけれど、ひとたび流れ出し始めると、止めどもない。詩を書くものは、その容器の蓋が開いてしまった者だというような気持になって来ています。
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Nov 21, 2006

ひとりぼっちじゃない…

「炎上」はもともと「私がぜんぶ焼かれる/ ジャンヌ・ダルクを焼いた火で」
となっていたのです。
削ってしまった一行が心に掛かって、その後また別の詩をいくつか書きました。

上は森山さんからのメールの1節。非常に心に残る文章だ(これ自体が詩だと言ってもいい)。『ジャンヌの涙』をだしたのは昨年8月、森山さんの『夢の手ざわり』は11月、自分の感受性が「ひとりぼっちではない」と悟ることで、詩集として発表することの意味を強く思った。別にジャンヌと言わなくても、ポエジイの近親性に変りはあるまい。だが、と思う、それがポピュラリティを獲得するまでには、まだ大きな時間がかかるだろう。
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Nov 20, 2006

「私という濾過器」

『碧い眼の太郎冠者』1976年 中公文庫
『このひとすじにつながりて』1993年 朝日選書487
『私の大事な場所』2005年 中央公論新社
 ここ1ヶ月ほどの間に、ドナルド・キーンの本を3冊読んだ。そして11月7日には御茶ノ水のホテルで1時間30分の講演をまじかで聴くことができた。講演後、ご一緒に写真も撮ってもらった。先日、一生の宝物と言ったのはこのこと。楽しい一夜だった。
怠慢なことにキーンさんの本を読んだのはこの度がはじめて。関連して『源氏物語』の訳者アーサー・ウエーリー、初めて芭蕉の名を教えたコロンビア大学の日本文学教授角田柳作、そして米海軍日本語学校の同窓で東京大学のサイデンステッカーのことも詳しく知ることができた。初めて日本語で書かれた著書『碧い眼…』を読み始めて、肩が凝ると思った。多分達者な文章の奥の隙のない論理性が自分には辛かったのだろう。若いときに読むべきだったと悔やんだ。それは、この人の目はどうやったってごまかせないぞ、という畏怖の念に怯えたのかもしれない。そして、それは6才の時の九州の疎開から東京へ戻る途絶しがちの汽車の中に踏み込んできた銃剣をかまえた若葉のようなGIに怯えたときと共通しているかもしれない。だが、今年84歳のキーンさんは穏やかで微笑を絶やさず、音楽的なソフトな声音の人だった。仏詩をやっているものにとっての、いまはもうトウルーズに戻られているイヴ=マリー・アリューさんと同じような位置に考えていた人だった。
 この3冊の本から、文学にかかわるものの感受性として深く共通するものを感じ、さまざまな貴重な示唆を受けることができた。例えば、写真は亡くなった人の影と思って懐かしいが、録音された声はその人の声そのものの感じで不気味、という感覚、3年前に他界した長兄について言えば、写真は見たいと思うが、声を録音して置けばよかったとは少しも思わない、可愛がってくれた伯母についても同じ気持だ。また終戦直後アメリカで日本文学を教えていた恩師角田柳作について、2つの国を愛する者の悲劇、と謹厳に職務に励んでたゆむことのなかった先達を労わっておられるのも共感を呼ぶ。またまつゆき草が待雪草だと教えられたり、「クツネ・シルカ」が虎杖丸(いたどりまる=アイヌの英雄ボイヤウンベの愛刀)の曲を表すものであったり、オートクレール(高く清らか)の持ち主オリヴィエはシャルルマーニュの12騎士(バラディン)のひとりだとか。大学教授は他に何もできなくても、1時間ほどしゃべることなら朝飯前の仕事である。というようなユーモアとか
 なんだか、欲しかったおいしい食事にありついたあとのように舌なめずりをしたことである。いつまでもいつまでもお元気でいらして欲しい。
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Nov 11, 2006

「炎上」と「薪尽き」

「私が ぜんぶ焼かれる
足の先から 髪の毛まで この体すべて
骨のその芯までも 心も魂も
私が ぜんぶ焼かれる
         


いま すべてが焼かれていく
棺の中で目を閉ざし
私は燃え上がり
まっすぐ上昇する」

「あおむけにまっすぐにねて
厚い鉄の扉がひらいて
係員が一礼して
ゆっくり中に入って行く
日本人はみんなジャンヌダルクだ
さよならわたしはどこへいくのか」

上は森山恵さんの「炎上」の一部、下は有働の「薪尽き」の全部である。昨日、頂いた詩集『夢の手ざわり』(2005年、ふらんす堂)を読んでいてこの作品に出会った。想像力の近親性に驚く。発展の仕方は違うが。森山さんは魂の上昇を幻視するが、私は焼き釜の中でうろうろしている。思うに森山さんの作品は純粋に想像力の生み出したもの、わたくしのほうは、長兄の火葬というじっさいの経験から出たもので、まだ、事実の厳しさにうろたえている状態から抜けきれず、想像力が高まって行けないのだ。優劣ではなくて、コンセプトの違いだと思う。<薪尽き>という言葉はさる上人の入滅の記録から借りてきたもの。
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Nov 09, 2006

一生の宝物ゲット!

11月7日、一昨日の夜のことだけど。 このところまるで死んでしまったように灰色のプレーンな1日と、秋の夕日のように強烈に輝く日とが交代にやってくる。その比率は1週間単位で言えば、7対1ほど。 11月7日に奇跡的に得られた宝物が何かは、あと。 明日まではデッドラインがある仕事に集中しなければならないので。 近頃、自分の暮らし方が、かたちとして決まってきているように感じる。そしてそのことに充実感も。 わたしも夜闇を控えた夕焼けなんだろう。
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Oct 22, 2006

秋の駅か駅の秋か

昨日67回余白句会で、天を取ったのは井川さんの
 梨剥けば隣の庭に鳥が居る  騒々子
で、わたくしもこの句を天にいただいたので、負けても文句はなし。もっとも私が入れなかったら、10-3 で、7点獲得で地の2ランキングの拙句と並んで、地だったかも知れないが。大体、敵に塩を送る謙信型人のよさが出世の妨げになっている私である。
さて、井川句と天を争う健闘振りを発揮したのが拙句
 父母を置忘れたり駅の秋  かおる
で、小長谷清実、辻憲 両氏から天をいただいた。辻憲評いわく、余情と透明感あり、さらに柄が大きい。小津映画の世界に遊ぶ心地せり。と、そこで議論になったのが、下5句の「駅の秋」で、「秋の駅」ではないことで格が上ったという評価だった。この逆転発想には秘密があって、「街」句会に参加し始めてちょうど1年。またゼロから始めて有働さんえらい、とふだん憲ちゃんがほめてくれていたので、その憲ちゃんが実地で援護射撃してくれたことに感激した。でもね、「秋の駅」が「駅の秋」になるまでにたっぷり1年もかかるなんて、日本語ってやっぱりむずかしいよね。 井川さんの天句は、日常平凡中の俳味。俳句に飽きたひとの美意識であるとの評に私もまったく賛成。地の1は、小長谷さんの
 流星や通夜の帰りの大くさめ  裏長屋
は、8点で、私も人にとっているし、難しい漢字を使ってみたかった、といういつもながらに人を食った小長谷さんである。
 難漢字嫌いなパソコン大クシャミ  かおる
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Oct 19, 2006

空色のヴィッツ

の助手席に乗って、お昼をお呼ばれに。という、ちょっと夢見心地の昼を過ごしたのは火曜日のこと。降りる時、ふとみるとVitsとあるので、ああ、このクルマ、宮沢理恵ちゃんがヴィーサインしてるやつね!ということだった。オーナーが華奢な女性なのでぴったり。ご本人も、これにしてから、とってもよくなったわ!と満足そう。内装はオールブラックで、そとがわは、マットなブルーで、落ち着きがある。いい車だな、と、オリーブグリーンの錆びたロードスター以来、クルマを意識した。オーナーはたぶん70代に入られていると思う。私は早々に運転を諦めているので、済みませんと、乗せてもらうだけ。少し暑いぐらいの秋のお天気。この4,5日、頭の芯がずきずきしているし、パリ在住の友人からは、アパルトマンの1階が火事に遭って、廃墟のようだと、侘しいニュースも入っており、何となく空虚な翳のある明るい静かさのなかに居る。
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Oct 14, 2006

冷たい空気

町田市街の歯医者に行く前に郵便局に立ち寄ったら、歯医者の予約時間に20分も間があるとはいえ、26人待ち。ああ、今日は金曜日なんだと気がついた。3時の診療予約時間を15分も過ぎてようやく、請求の来ていた会の年会費を払い込むことが出来た。歯医者の先生は腕は申し分ないが、学校医もしていて、時間にひどくうるさくて、どうして遅れたの、と説明を求められることがたびたびあって、かなりのプレッシャーになっている。診療側からすれば、気軽にルーズにされたのでは、真剣に治療を目指す側にはたまったものではないのは、よく分かることだから、なにも不満はないのだけれど。受付にいくども携帯を入れたけどつながらなくて、と言い訳をした。 歯科医院を出た時はいつも開放感がある。空の高いところに鱗雲があって、まだ建物で両側が埋まりきっていない開発道路に沿って見えなくなるまで薄まりながら遠くまで続いている。空は完全に秋。でも粘っこく蒸し暑い。長袖をまくり上げて、だるさを感じながら街を歩いた。
夜、窓をあけていると、冷たい空気がどっと入ってきた。ああ、空気の流れが変わったな。と、ようやく秋の空気を吸う喜びが滲んでくる。まだ開かない小菊や、蟷螂の子も、ほっとしているに違いない。
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Oct 10, 2006

凱旋門賞と秋の訪れ

と題して、例のネットマガジン「あそびすと」に安田さんがレポートしている記事が面白い。馬券を買って外れた話なのだけれど、場所がロンシャンで、お目当てがディープインパクトだから、ちょっと特別。NHKの真夜中テレビで、先日見たことだし。ロンドンの競馬と同じくファッショナブルな女性の帽子が紹介されていたが、ウエディングケーキのようにごてごて。どうせつかの間の遊びだものね。なかで、髪まで結った日本女性の和服姿が人目を引いたとある。これはなかなかハイセンスだと感心した。8ユーロ払って競馬場に入ったとある。いま、ユーロは上っているから、およそ1400円ぐらいか。映画一本の値段ですね。そして、3着。ゴール直前で抜かれた。他の当て馬を出して、マスコミの関心を引いておいて、名のない馬でマークしてひそかに油揚げをさらう。苦労性のフランス人の人馴れ、人読みの巧みさにまたもやられた。テレビでは、正々堂々と闘ったのだから悔いはないと、日本人馬主のスピーチだったが、金持ちだなー、おっとりしてるなー、と口あんぐりだった。出るからには勝たなきゃいけなかったんじゃないの?金銭逼迫したわたしは地団駄を踏んだ。安田さんは人に馬券を頼まれたそうだが、自分も1枚ぐらいはインパクトに買っておいただろうに。冬服を買おうと当てにしていたのが、服の買えない寒々とした秋の訪れだったそうだ。でもテレビ観戦者の私もなんとなくたのしかったなー。
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Oct 03, 2006

もう秋か!

日本でも、今頃の季節に多くの人から漏れ出る嘆息 L'automne déjà! は『地獄の季節』の「別れ」という詩の出だしである。ランボーは19才か。67才でそれをくり返しても、しょうもないが(まるでお笑いだ)、今朝のように頭が空っぽのときこのフレーズはふと口を衝いて漏れ出す。そして詩というものは、年令の範疇にはけしておさまらないものだと実感する。だが、かつてのように澄み切った秋が今年訪れるのだろうか?秋めいてはきたが、蒸し暑い。まだ南の海には大きな台風の卵たちがぶくぶくと涌いている。今年の台風で泥水をかぶった地方の人たちは、もとの暮らしを取り戻すまで秋どころではなく、へとへとだろう。季節の節目の唐紙をそっと引いて、合いの着物に更衣した女が端然と座っている、青い桔梗の花のようにパッチリとした季節の交代を、何かと、例えばクーラーとかと取り替えてしまったのかもしれないと、不安がふとよぎる。
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Sep 24, 2006

渋沢詩の謎

町田図書館で現代詩手帖の古い号を引き出して拾い読みした。最近号はたいてい出払っていて読むことができない。それで、3月後れぐらいで拾い読みする。渋沢孝輔特集で、渋沢さんの生家が養蚕業を営む地主の家だった書いている人がいて、「縒糸島」について、長年ひっかかっていた謎が解けた。yoriitojima、つまり「絹の国」なのだ。晩年の渋沢さんとかなり対話したが、ご自分の家のことをあまり話されなかった。ぼくは真田のサルトビ佐助だよ、とはいくども酔った勢いにふざけておっしゃった、とてもうれしそうに。「絶てんの薔薇」が少しも恋愛のほうに傾かないのが当時は不満だったが、ようやく落ち着いた。渋沢さんの生家は長兄の代になって幼稚園をなさっていて、渋沢さんの作られた園歌がかわいい、と思ったことがある。あと、宮本さんに漆の色はなに色か、と聞かれたという話が興味深い。親友同士の秘密だそうだが、宮本さんの話をよくされていたから。わたしだったら、朱色と答えるだろう。自分に対するいくつかの対応のされかたから、わたしは渋沢さんのモラル性の高さを感じることがしばしばあった。北と南だが、地方のインテリの出自、といったようなコンプレックスが共通していたかもしれない。付け加えて、「ロランの歌」の雰囲気がどこかにあった。フランス詩の最高峰の品格を具える詩だ。 フランスの文芸月刊誌「ウロープ」1997年3月号の日本現代詩特集に渋沢さんは自分で作品を選ばれた。「調絃」、「即興」、「岸辺」、「たまゆら3」の4篇だった。ワッセルマンさんの訳が苦労なさっただけにすばらしく、渋沢さんも、ぼくの詩はけっこう翻訳に耐える構造を持っているらしいよ。とこれは安心したという表情だった。翻訳はバシュラールの「夢見る権利」が自分でも満足がいくと打ち明けられた。わたしは、「岸辺」が朗読の代読に推薦していただいたこともあって、いちばん好き。そのために暗誦している。「ぼくにお箸をかしてください」ではじまる、そしてこのフレーズに「あなたのお箸」という限定を足して最終行が終る「唄」と題する初期の詩が、なぜか心に残ってやまない。
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Sep 20, 2006

秋日和

今日から秋の彼岸。台風13号がよろよろと、あと味の悪い災害をのこして日本海を北に去った。「嵐のあとはハダカで洗濯」と母がよく云っていた、そんな暑い晴天。なにもかも泥の中に浸け込んで。ピースボートで地球を1周してきた人が、けっきょく、日本の自然が最も美しいと結論する。その世界一の風景は毎年泥の中に崩し落とされ、また必死に再生され、それをくり返して成り立つつかの間の美か。自然の災害から開放されるどころか、以前には考えもしなかった悲惨なダメージがますますエスカレートして行く。人間同士も、互いに絶望的に傷つけ合っている。陸地はいずれ水没する。そうなる前に死ねることが人類の唯一の僥倖だなんて。 生者の不意を衝いてつかのま姿を現す「死者の町」について、 アルベール・ポフィレ『中世の遺贈』を町田図書館で借りて読んでいるものだから、頭を占領されている: ブルターニュの神話だそうだが、現われ方に2通りある。 ①ある湾で漁をしている船が、錨が外れないので、ひとりの漁夫が海へもぐってみると、教会の搭に絡まっていた。窓からのぞくと、内部は明るく、着飾った人びとが大勢集まり、ミサが始まろうとしている。司祭がミサの進行をしてくれる人はいないかとたずねている。あとで港の牧師が言った。それはイスの町だ。もしその時あなたが申し出れば、その町は蘇っただろうにと。海底の町がどこにあるのか、もう決して分からない。 ②たぶん、フィニステール県の港町ドアルヌネーズ辺り、女が海水を汲みに浜辺に行くと、不意に巨大な柱廊が現れ、そこに入ると市場がにぎわっている。商人が美しい布地を呼び売りしていて、買ってくれ、としつこく頼まれたが、財布を持っていないので、買えなかった。ふと気がつくともとの浜辺に一人で立っていた。教会の牧師の話では、もし、ほんの切れ端でも買ってやっていたら、その町はこの世に蘇ることができたのに。 死者たちは、生者の目前にいつも頼みごとを抱えて、現われる。死者の町には欠けたものがあって、それを生者に求めて一瞬姿を見せる。要請が受け入れられないと分かればたちまち姿を消す。 台風で泥水に呑み込まれた街は、緑の稲田の続く美しい風景を回復したがっている。ひとびとは必死に町を掘り起こす。生の現実の裏側に巨大な無言の死の町が横たわっている。
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Sep 07, 2006

この夏の収穫

 この夏を印象づける、また終戦から61年目の夏を終えるにあたって、2つの特徴ある出版を挙げよう。1つは岩切正一郎氏による新しいボードレール論『さなぎとイマーゴ』、もう1つはコ・ヒョンヨル作ハン・ソンレ訳の長詩『リトルボーイ』、どちらも大部な力作で、読み手の側も本来的な意味で作品に対峙する胆力を要求される。『さなぎ…』のほうは383ページのボリュームにまず圧倒されるが、読み始めると、びっくりするほど口当たりがいい。よい意味でである。つまり、鈴木信太郎訳の岩波文庫『悪の華』をめくりながら読み進むうち、信太郎訳がすいすい入ってきはじめるから、おどろく。本書中の訳と解析を通過して、なんと信太郎訳の「よき古さ」が逆くにこちらに流れ込んでくる。岩切さんは長年ボードレールに取り組んでおられる学究だから、満を持しての論考だろうが、そういった堅苦しさがなく、現代っ子学者とはこういうものかと思わせるクリアさ(明晰)と柔軟さが全体を領している。ボリュームを気にしながらも楽しく『悪の華』再読を歩きとおし、この恐ろしき詩人、人間としての巨人性をしみじみとと受け取ることができる。端的に言えば、ユゴーとボードレールの違いをなんのもつれもなくこちらの引き出しにしまいつつ、ユゴーに捧げられた詩、ユゴーの賛辞、ユゴーより20歳若く、ユゴーより20年先に死んだ(生の長さはユゴーのたった半分でしかなかった)その苦闘の詩学にしばし呆然とするわけだ。世代が進んで、詩が新しくなるためには、詩が再読、再々読に耐えうる質をそなえているかいなかが肝要だ。
 そういった意味での時間の経過の面から、広島原爆投下を叙事的にとらえた7900行の力作『リトルボーイ』が韓国の詩人によって書かれたことは意味深い。広島の犠牲者(広島20万人、長崎14万人)のうち1割が韓国から徴用された人たちだったという事実が日本の原爆被害として同列に、わたしたちの意識に刻まれてはいないことに粛然とさせられる。そういう申し立てをわずらわしいものとしてしか受け止めてこなかった日本社会の狭量さが、戦後60年以上経っても「仲直りできない」根っこにあるのはまちがいないだろう。わたしたち日本人の歴史的意識の底に淀んでいる韓国、中国に対するいわく言いがたい感情の歪みを、加被害関係の視点を超えた文明論として整理し認識しあう作業が必要だろう。その提案を韓国の側から出されていることに、わたしたちはあわててもいいのではないか。そしてこの作品はこれも大部さが気になりながら、ちっともいやではない、むしろさあ、この続きはどうなるのだ、読みたい、という思いで最後のページをめくらせる詩的レベルをゆうに備えているのだ。出版元の鈴木比佐雄氏によれば、事実誤認ほか問題点の修正につとめたとのことだが、この背骨の通った作品のすごさには変わりがない。鈴木氏のコメントの書き方が実に爽やかで、同じ翻訳を業とする者として、大変うらやましく思うことでもある。朝夕の涼しさに浸って、今年の夏の過ぎていくのを見つめている。
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Sep 03, 2006

蟻塚の快楽

メーテルリンク「蟻の生活」を読み終えた。蟻は出来ることをし、もっているものを与える。驚くほどの平和愛好者。蟻塚の蟻は働いて自分の袋に溜め込んだ栄養を吐き出して、他の蟻に与える。その行為が唯一の「快楽」で、求められれば、決して拒絶しない。蟻は地下の暗闇で生活しているから、ほとんど眼が見えない。通信は触手による。前足で相手を撫でてコミュニケーションをとる。バルチック地方の琥珀の中に蟻の死骸が見つかる。人間は生物の中でいちばん遅く地球に来たから、蟻がどこから来たのか知ることはできない。蟻は地球外から来たのかもしれないとメーテルリンクは結論として言う。これまでの蟻学をほぼ検討して、それに実地の観察を加えている。この作家がただものではないことがわかる。例えば、この本に沿ってテレビのディレクターが映像を取れば、人類を他の生物と区別したいという「不満」に膨れかえっている現代文明の将来を占うヒントに満ちたドキュメントになるだろう。謎に満ちた台本をいくつも創造した劇作家の頭の中にはさらに神秘に満ちた地球外への想像力が萌しはじめている。他の作品で読んだのだが、メーテルリンクの想像力の出発点は、子供の頃、井戸に落ちて溺れかかったときの視覚だという。「ペレアス…」や「青い鳥」のこの世を越えた視覚の存在の原点はどうやらここにあるらしい。
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Sep 01, 2006

涼しくなってきた

防災の日。きのう町田の東急ハンズに行って、防災グッズのコーナーを通りかかったので、携帯ラジオと、携帯トイレを見た。いずれも高くて手の出る値段ではない。
街を歩いていると、ブーニンさまのリサイタルの横断幕が張ってあった。町田市。と書いてある。市でやるんならもうちょっとチケット安くしないのかな、チラッと思ったが、行くのには服のことなど、いろいろメンドイから、いいや。諦めるのも早い。 薄暗くなって家に帰って、疲れてうたた寝してしまった。「次郎長背負い富士」の最終回を見のがすところだった。タイトルの意匠と音楽が気に入っている。編み笠をかぶってつんのめり気味に1列縦隊のキョウキャクたちがなんとも可愛い。こけつまろびつ、富士山の頂上には3人だけたどり着いて、腹ばいになってご来光を拝んでいる。これらはみんな布地の刺繍なんです。紫色がきれい。最終回はつまらなかった。うたた寝してたほうがよかったかな。次郎長は布団の上で死んだのかどうか、ディレクター無責任だよな。
真夜中過ぎて、すなわち今日、防災の日、お気に入りのブーニンのショパンをパソコンで聞いて、満足して寝た。
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Aug 26, 2006

メーテルリンク『蟻の生活』

ほぼ半世紀以上、ということは、青春時代から、読もうと思って果たせないでいる本というものがある。この本もそういった中の一冊。バルザック全集や仏蘭西戯曲全集なども。念願かなってクリヤしたのは、ドストエーフスキー全集、これは高1の春から夏休みを費やし、書簡集まで行った。「戦争と平和」やチェーホフ戯曲全集、シェークスピア全集もそうやって読んだ。「チボー家…」も。「失われた時…」は学部の卒論にしたから当然。原文は読みきれなかった。
メーテルリンクは不思議な作家だ。高校時代に演劇部で、1幕劇「ひそみいる者」を脚本の読み合わせまで行って、つぶれた。これは無理だという人がいて。確かに無理だったかもしれない。だが、上演まで行って無残に敗退したほうがすっきりしたのではないかという思いがこびりついている。そんな事情で、メーテルリンクの戯曲は、わたしにとってハムレットの亡霊のような、つきまとい感がある。その、神秘主義の戯曲家が、3部作と言われる理科的観察の本を書いているというのは、妙な感じがする。「蜜蜂」「白蟻」「蟻」のいずれも日常極めて卑近な昆虫の観察記録なのだから、ファーブルさんも真っ青と言えようか。ファーブルとの関係もどうなっているのか、まだ分からない。
ともかく、年来の思いに着手できたのはうれしい。古くなって、汚い本で、昭和7年(1932)改造社刊、訳者は園信一郎。1930年パリ留学中に訳したとある。まだ、はじめの数ページだが、言葉使いは古めかしいが、明解、リズムがあり、感じがいい。まだ日本が幸せだった時代だと思うと、感慨が深い。それからほぼ10年して、戦火の地獄を舐めようとは、歴史というものは思いも及ばぬところに国を人を導いて行くものだなと思うと、少し空恐ろしい。
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Aug 23, 2006

幽霊の正体見たり…

いやな感じだ。…
ふらんす堂のネットコラムは1ヶ月に1回の更新で、現在⑥回目がアップされている。まったく別な方面で受け止めているいやな感じを退治しようとして、 「詩人のラブレター」の原稿を⑮まで書いてしまった。原稿を書いているときだけ生の実感がある。⑱まで行ったら、本にしようかと思っている。幾代さんの詩画集に続いて、わが遺言の書、のような感じがしている。
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Aug 22, 2006

李登輝『武士道解題』

近所の奥さんに病気の猫を見せてもらいに行った。この「カラコ」ちゃんはうちによく遊びに来ていた。茶と黒のまだらで、お世辞にも美女とは言えないのだが、その性格の珍妙さによって、ほっておけない子なのだ。踏み潰される時にでも出そうながらがら声が、なんとも耳障りだが、頭をなでてもちっとも嫌がらない。帰っていく後姿に呼びかけると、わずかにふりむく。それから悠々とお尻をふりつつ姿を消す。目が銀杏のあの緑色。可愛くないが可愛い。妙な猫だ。もう4,5ヶ月姿がないので、通りで会った奥さんにお悔やみを言うと、まだ生きてます、と言われてあせった。玄関の階段を登れなくなったので、外には行かなくなったそう。半畳ぐらいのスペースに敷物をいっぱいして、それが彼女の生活圏になっていた。痩せてはいるが、あの毛並みは変わらず。主人が可愛がってね、とよろよろ立ち上がるのを抱き上げて奥さんがこちらに近寄せてくれた。「ぎゃ」とあのしわがれ声も弱弱しくなってはいるが、健在。あなたは幸せな老後だね、人(猫)徳だね。とちょっとうらやましくもなった。カラコは今猛暑と闘っている。奥さんは台湾生まれだそうで、この本をくれた。小学館文庫、345ページ、今日はこれに取っ組むぞー。
先週の土曜日の余白句会への投句3句は、以下の通り:
    ジェット機轟音塩辛とんぼ逃がせし夜
  旅人かへらずモン・サンミッシェルに花火上る
  コーヒーセット掘上ぐる穴終戦日(下5秋暑しを改作)   かおる
だいぶ物議をかもした。若い子のために書いているのだが、上の世代への感受性に乏しい若い世代のなかで、ついて来れる鋭敏さを持った子はまず、いないだろう。ほとんど絶望している。
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Aug 16, 2006

映画「トリスタンとイソルデ」

が、10月に上映されるそうだ。以前に見たのはコクトーのモノクロの映画で、トリスタン役はジャン・マレーだった。トリスタンという名前は「悲しみの子」という意味だそうで、赤子の命と引き換えに生みの母が亡くなったので、愛妻を失った父親がそう付けたし、また、その父も早く亡くなって、孤児であったということだから、端正な容姿に影のある雰囲気の青年であるだろう。最後に恋人に会えずに苦しみの中で息を引き取り、その直後にイソルデが駆けつけるという、名前どおりの哀しい最後であったという物語を覚えているが、そのほかのシーンは忘れてしまった。今度の映画で見たいと思うのは、森の中で夜を明かす二人が間に剣を置いて寝るというシーンだ。運命的な恋を生き抜くために、さまざまなトリックが必要だった彼らのもっとも一発勝負の切り抜け作だった。人の心をつかむのは、万人の納得する正義ではなくて、破れかぶれの人間のはかないトリックだということ、これは詩 というものの意味とぴったり重なるだろう。
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Aug 13, 2006

ブーニンさま健在?

町田の市街を歩いていて、ポスターに眼がとまった。ブーニンさま。鼻ひげを蓄えた見慣れたお顔。「さま」といっても、そんなに詳しいわけではない。大流行のものは反射的に避けるタイプなので、ずっと敬遠していたのが、この数ヶ月少なくとも1日1回はパソコンでCDを聞いているので「さま」なのだ。
11月15日町田市民ホール全席9千円、曲目ショパン舟歌他
おや、健在だな、と安心した。確か北陸の娘さんと結婚して…日本で演奏活動をしていると聞いたような気がするけど…すごく若いのに老人じみた雰囲気のひとで、遺伝子の中に代々の音楽家が詰まっていて…
今聞いているCDはピアノソナタの第3番と、コンチェルトの第1番で、ことにコンチェルトがいい。まず飽きるということがない。はじめのほうはすごくメロディックで、一緒に歌ってしまう。第3楽章はさざ波の戯れ、曲想が溢れて、飛んでいって遊んでいる。そして抜群の切れのよさ。夏向きにだんぜん涼しい。こういうのが、アンチエージングの音楽というんだなーと気に入っている。 聞きに行ってみたいと思ったが、まあ無理だろう。お金の面で。かまわない。1985年の演奏と今と比較したくないし。聞きに行くのはよそう、でも録音盤かテレビの放映とかがあったら、聞くかもしれない。ひそかに。ショパンを弾くために生れてきた、ショパンを弾いて生きている、そういう人がいるのをうれしいと思った。
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Aug 11, 2006

北浜市へ

浜松の北部、遠州鉄道で30分ほどの小林という街に親類のお葬式があって、急遽、出かけることになり、朝の5時、台風の大雨の中を、どうやって小田急線の始発を捕まえるか、喪服を着て、駅までたどりつけるとは到底望めない状況。会員制のタクシー会社にはカンタンに断られてしまい、憤慨して、こういうときに頼りにならないタクシーなんて意味がないワ、毒付いたが、向こうも寝ぼけ眼で、こちらのいうことなんか、てんで聞いていない。はじめからこんな時間にクルマを出そうなんて気がまるでないのだった。あちらは、快晴。中部日本に独特の容赦ない日射し。東京のスモッグバリヤ内で普段過ごしている身には、強烈だった。神式のお葬式。拝み方や禰宜氏のセリフの聞き方も珍しく、いくども立ち上がって礼をさせられるのが、よい運動になった。男性と女性の神官の衣装が、青ねずみ色の透けた布地で、美しいと思った。まるで外国人のような態度で申し訳ないのだが、浜松人は、地味が肥えているので、元来豊かで、その故、偉人が出ないのだということだったが、おっとりして平和的な人たちだった。帰りは東海道本線一人旅。7時間の鈍行列車をよく耐えたのは、自分ながらエライ。行きも帰りも、憧れの富士山の雄姿は拝むことができず、残念。
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Aug 07, 2006

あっつーい!

治療途中で行かなくなってしまった歯科医院から電話が入って「治療途中ですから、予約をしてください」と事務の女性から優しく言われた。はいっといいそうになって、待てよ、この暑さでは駅に付く頃には発火してしまうぞ、と気が付いて、「すみません、熱中症が心配なので、9月にはいってからにさせてください」と、そろそろ返事。なにしろ、駅まで20分の歩きだものですから… どうしても出さなければならない郵便物があって、5時までに駅を越えて、坂を上って、それでも玉川学園前駅前郵便局という名前の郵便局まで、5時というとまだかんかん照り。中に入ってもふうふういってるのをみて、500円均一のexpackというのを勧められた。これなら、ポストに出せますから、ここまでいらっしゃらなくても、とこれも女性が優しく勧めてくれる。「高いな」と思ったが、1通買って帰った。4時過ぎの残照を浴びなくてすむのはありがたいけど、歩いて140円の方がいいかな、と今もって複雑。
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Jul 27, 2006

ひとの声が聞こえる

ワールドカップテレビ観戦の余波で、夜の睡眠時間が元に戻らなくなった。夜の1時、明け方の4時に始まる試合を半分うつらうつらしながら見ていた体内時計の狂いは12時間飛行機に乗って帰国した後の狂いに相当するだろう。元に戻るまでにゆうに1ヶ月はかかる。明け方の3時4時ごろ眠れなくて輾転反側する。眠るまいとするWC派と眠ろうとする日常生活派がせめぎあう。そのうちに眠るらしいが、よくひとの声が聞こえる。その人の声の独特なニュアンスが鮮明に聞こえる。音の体感残像らしい。自分がひとの声をどういうふうに受け取っていたかが手に取るようにわかる。聞こえるのは、2,3日自分にとって何らかの理由で気がかりだったひとの声。そのひと自身にはまったく関係ないことだが、夢枕に立つといわれる現象に近いと思う。そういう幻視はもっぱら見るほうの主観だというのが自分の考えだが、はっきりした意志の自覚が薄いので、受身に考えやすい。明け方の夢うつつの中であなたの声をはっきり聞きました。と言われたら、あら、わたし電話していないわよと言えばいいのか、あまり気持のよいものではあるまい。
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Jul 21, 2006

映画「母たちの村」

岩波ホールでウスマン・センベーヌ監督の「母たちの村」を見た。西アフリカ、セネガルの風景と人びとの衣装が美しい。背景も芝居の書割のような鮮やかさで、あまりに美しすぎてやや現実感が乏しく思われる。だが、描かれているテーマはショッキング。ありえないショックではなく、自分の問題にも近いと感じる恐ろしさのショック。要約すれば、映画の終わりの文字データに重なって流れる歌の「それは書かれていない」に尽きるだろう。物事の肝心なところは「書かれない」。われわれの家庭でものが言われないことに共通する。言うものは罰せられる。発言を禁じているのはしきたり。裏にあるのは隠微な暴力。この物語でいちばんひきつけられたのは、主人公の第2夫人の性生活だ。性の快感を幼いときに奪われているから、夫婦生活は労働のような汗をかく行為で、牛や馬がくびきに付けられて働かされるのに似ている。それを受け入れて暮らしている。だが、たった一人の娘の身の上からはそんな残酷な状況をとりさろうとする。タイトルの「母たち」の意味はそこにある。わたしはうちの2匹の猫の避妊手術のことが頭から去らなかった。
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Jul 16, 2006

ジダンの言い訳

半分眠りながらワールドカップの決勝をテレビで見ていて、例の事件のところで、ぱっと目が覚めた。とにかく、離れて行きかけたジダンが振向いて戻ってきて、頭突きした動作が綺麗だと思った。無駄がなさ過ぎて、演技のような感じがした。古代ローマのコロッセウムに意識が飛んで、死の極限状況に追い詰めておいた生き物の切羽詰った行動を楽しもうとは、なんと隠微な贅沢だろうと、自分が皇帝の宝石で飾り立てた妾のような気分がした。暇つぶしにテレビを見すぎた。
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Jul 04, 2006

有斐学舎はE.N.A.に似ていたのだろうか

有斐学舎の120周年記念誌ができて、総会を兼ねた記念会に招待していただいた。熊本で6月の始めに開かれ、30日はその東京版。舎歌のCDができ、熊本会の記念写真を伊藤晴雄さんから見せていただいた。昭和17年、文京区の細川邸の一角に新築された有斐学舎に引越すための馬が来たのを、茗荷谷の舎監の家の廊下から見ていたのが、当時3歳の記憶の始まりである。昭和20年の敗戦をはさんでのことだから、もっとも貧しく、飢えていた時代だったが、記憶の中で有斐学舎はますます輝いてくる。あそここそ、自分に恵み与えられたアルカディアだったのだなあと、あらためて気付いた。ほぼ半世紀ぶりに体感する有斐学舎、学生時代の舎生さんたち。
志木にある現在の有斐学舎の学生さんたちも来ていたが、半世紀前の弊衣剛毅の風貌はがらりとかわり、ほっそりときゃしゃで、私にはお人形さんのような気がした。ちっとも実感がなかったが、細川家の庇護の下で運営されたエリートたちの学生寮だったのだろう。集まったOBの人たちは、立派で、会長は日弁連会長の平山さん。宮本秀人さんもなつかしい。熊本の男性は美しいなと思った。私も熊本の人と結婚していればよかったのになあ、何を血迷ったか…逃がした魚は大きいぞ!
目下は細川家の援助を離れ、経営が難しいらしい。不要論もあり、また男子だけに限るのも今の時代にどうだろう。記念誌を見ていると楽しいが、前途多難の有斐学舎である。
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Jun 22, 2006

すいかずら

残り少ない雑木のヤブのそばをとおりすがりに、いいにおいがするのでのぞいてみると唇形の白い花が咲いていた。ああ、忍冬だ、と思って楽しんでいた。去年石垣に亀裂が入って(今では家の壁、他、あらゆるところに亀裂が入っているのだが)フェンスを建て替えたので、思いついて道から手を伸ばして蔓をひっぱると、かんたんに抜けてきた。今年の5月の末、花が咲いた。藪の中に他の雑草にまぎれて咲いていた時のほうがよかったかな、という印象だったが、ともかく、偶然白とピンクと並んで1株ずつ、元気にフェンスに絡んでいる。すごく綺麗な草だったら、ほって置かれないだろうが、ほって置かれるくらいの、地味さ。鳥で言えばすずめかな。すずめほどさわがしくはない。楚々として、控えめな花である。広辞苑を引くと詳しい説明があった。なになに、利尿、解熱? 忍冬というのは漢方(民間)薬だそうだ。せんぶりとか、ゆきのしたとか、そういった種類でもあるのかな。蔓と葉を干して、お茶にしてみようかと思い立った。猫が近寄るのは、なにか成分が原因らしい。干して匂いをかぐと、ほんのり、いいにおいがする。まあ、キノコや水仙のように自己流は危ないかもしれない。ちょっといわくもある草なので、よく干して缶に入れておくことにする。
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Jun 21, 2006

つまらないなあ

詩の月刊誌の若い子たちの座談会を読んでいて、はじめの方は面白いと思ったが、だんだん飽きてきてしまった。なぜだろう、ああ、たぶん受験雑誌で合格者たちのどういう勉強法をしたから合格できたか、を読まされているようで、もう受験など関係ない自分には、関係ない話だからだと気が付いた。推薦されている詩集も、偏差値の高い順に取り上げられているようで、つまらない。じゃあ、読んでみたい、と思うものはひとつもなかった。若い子と年寄りのあいだに、何の関係があるのか、と言われれば、はい、ありません、と返事するはめになりそう。この子たちは自分のプライベイトを語ることがほとんどない。だから、どういう人間なのか、皆目分からない。例えば、自分にこもっているのは悪くて、心が開かれているのはいい。そんな単純な正義感しか感じない。いい子、よく詩を勉強していて、真面目で、方法論などもいっぱしに発言できて。そんなことじゃなくて、何に悩んでいて、何に興味を感じているのか。どんなに自分がお人よしか。どんなに自分が生活力がないか。詩って個人的なつまづきの魅力だと思っている自分には、こうみんな一律にいい子では、詩なんか読みたくない。
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Jun 18, 2006

辻さんのこと

大人数の家で育ったせいか、置いてけぼりにされやすい性格で、話題中のことや、事件などもすぐに反応できない。
「街」の10周年記念号に「始めて以来の代表句10句」を提出すること、というので、自分の代表句を考えてみたところ、はじめて余白句会に行った時、天をとった句があるのを思い出した。
 さんま焼けて長い皿さがす
   でもこれは俳句になっていない。落とすことにする。
井川さんのネットを繰って見た。
辻さんが天を入れてくれてる句がいくつかあるので、びっくりした。
 ざるそばのつゆに浮きたる七味かな
 蚊の声や一日中の読書かな
切れ字重なりで、これもだめだが、そんなことまったく気にしないのが辻さんだった。
小沢師匠は
 人食った後の昼寝やとうがらし
に天をくださっている。
なつかしいなあ、としばし呆然とする。 余白で15年、いま、これらの句を読むと、場になじもうとして一生懸命な自分が見えて、痛々しい。芸事は真似からとは言っても、15年は馬鹿だ。結局化けの皮がはがれて、落っこちてしまう。早めに自分に徹しなかった報いということなのかなー。かろうじてこの中から自分の句を取るとしたら
 入社して歯車の名を覚えいて
 秋風や千円札の漱石氏
にしようと決めた。
辻さん、ありがとう。亡くなってさびしいです。 
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Jun 09, 2006

小さな庭を野菜畑に

あそびすとのプロデューサーのまりこさんが野菜の苗(他にもいろいろ、まるでお母さんみたい)を宅急便してくれた。夏になると草薮になる庭(狭い空地)を、今年は夏野菜の生産地にするぞ、と意気込んでいろんなものが生えている隙間にシソやニラやトマトを植えた。ほんとはこれではだめで、ちゃんと畑として整地しなければいけないのだけど、今までに植えたいろいろな草が惜しくて引き抜く勇気がない。ことしは妥協案でいいや、とつばきや梅の枝の影が回っていくのを、眺めている。スーパーのジャガイモを2つに割って埋めておいたジャガイモは7月末には収穫期に入るらしい。いくつ入るかな?スーパーに行っても、俄然野菜を見る目が変わってきた。まず、根っこがあるかな?が第一。虫が付かないかな?匂いの強い野菜であればまず大丈夫らしい。きゅうりとなすは大昔失敗の経験があって避ける。あんまり大きくなるのは困る。小松菜は大成功。香菜というのは消えてしまった。にんにくもだめ。にんじん(きりくず)は葉っぱが伸びてきた。素人の野菜つくりは野菜が硬いのが、難点だなというのが現在の感想。
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May 26, 2006

精密な観察者、尾形亀之助

5月4日に亡くなった吉行理恵と、尾形亀之助の詩集を集中して読んだ。尾形の作品を読んで、はるか以前、『死人覚書き』を読みながら夜じゅうまんじりともしなかったときの記憶がよみがえってきた。尾形、原口は同系譜にあると思う。あの時代、大正から昭和に年号が変わり、14年に太平洋戦争が始まるまで、ひとりの個人の意識がどのようであったか、手に取るように分かる。このもの静かな人は人一倍肌感覚の鋭い人だった。そのゆえに、「何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。」と、一度読んだら決して忘れることのできない言葉を3番目の詩集の冒頭に書き付けたのだ。自由な個人として生きることが許されない時代に、個人を捨てることができない意識はどうやってこの世での自己の存在をたわめていけばいいのか。この人はそれを自分の身で錬金術した。非常にランボーに近さを感じてしまう。怜悧な世間の観察者、自己のそぎ落としによる焼き入れ、自己否定による自己実現しか方法がないことを悟ってのことだ。屋根の上を猫が行き、戻るのをじっと観察している詩が圧巻だ。
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May 09, 2006

奇跡は、条件を課する権利がある。

ボルヘス『砂の本』は短編集で、13の短編で構成されている。どの話も、奥深い、不思議な、恐ろしい雰囲気。なかでも「ウルリーケ」は、詩に近い散文。その中のフレーズにふと足が止まった。タイトルの文章がそれ。篠田一士訳。内容は、直接読んでもらうのが一番だろう。奇跡のような愛の話し。愛の究極の相。そして奇跡とはなんとシンプルな様子をしていることだろう。「まもなく死ぬ人は、未来が見えると考えられている。」「そして、あたしはもうじき死ぬの」ボルヘスは晩年盲目で、口述で書いたそうだ。
吉行理恵さんが亡くなった。同い年の1学年違い、ということは辻さんと同じ。確か辻さんの文章に吉行さんのことを書いたものがあったと思う。詩はみんな短いが、詩の本質というものが現れた詩。逆立ちしてもこのひとにはかなわないと思ったことがある。縁側でマリをつく詩はそれ自体詩そのもの。お人柄を知る人の話では、かなりお嬢様タイプのひとだったようだ。
ひと夏を藪に置きしが枯れはてし  かおる
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May 05, 2006

ビヤネ!

MXテレビで放映するかぎりの韓流映画はたいてい欠かしていないから、見ていて覚えた韓国語に、ビヤネとサランゲがある。スペルがわからないので、音だけで聞き違っているかもしれないが、いくつかのドラマで、別の男女の俳優さんがしゃべっていて、そう聞こえるから、これでいいのではないかと思う。隣国の言葉を知らないのは失礼で、恥ずかしいことだと思っている。だがハングルのスペルを覚えるには、年が行き過ぎてしまったようだ。今ほど韓国と日本が文化的に関心を持ち合う以前のこと、ラジオで流れる韓国語でおぼえたのは、スミダとイルボンだった。こちらはなんとも無味乾燥。ドラマでおぼえた言葉はもっとしっとりして、そのシーンも同時に思い出せるから、楽しい。ビヤネが多いのにも驚いている。ちょっとした行き違いも、例えば、恋人同士の言い争いで、ちょっと言い過ぎたと感じるとぱっとこの言葉が男女の別なく飛び出し、相手の気持ちをやさしく包む。優雅な言葉だと思う。自我の強い欧米語にかかわってきた身には、ほっとする肌触りだ。
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Apr 29, 2006

欅の芽吹き

余白句会の藤野吟行へ向かう道すがら、4月21日昼過ぎに酒井弘司さんのお宅にうかがった。句会の語り草になっている、天空の城ラピュタのようなお庭を拝見したいと思った。話にたがわず、話以上に、お庭は絶景だった。アッシリアの女王セミラミスが征服した民を動員して作らせたという空中庭園さながら、しかし全く違うのは、残酷なものは何も無く、たまたまこの相模原台地の津久井の地形がもたらした絶景という自然の賜物なのだ。穏やかですがすがしい風景だった。日本てなんて美しい国なのだろう、と、あまり国外に出た経験のないわたしでさえ、思う。酒井邸のお庭はむしろ簡素で、壮麗なのは借景なのだ。青空に連なる雑木林の丘と、目の下の小川と、川沿いの欅の大木と、色とりどりの緑。鳩の番が来、鶯が鳴き、ツバメが空をよぎり、鳶が舞い…どうだんつつじの生垣に囲まれて。 お庭で奥様手作りの梅の実の砂糖煮や木の芽田楽をご馳走になり、 ご一緒にさらに山の奥へ、青根という名の町営の休暇村へ向かった。  鶯も上手になりて道志川  かおる
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Apr 15, 2006

ジャック・ラングの仕事

「パワナ」について書いたとき、ミッテラン政権時代の文化大臣ジャック・ラングのことを、久しぶりに思い出した。社会党政権がつぶれてから、フランスの社会は、保守の揺り返しの時代に戻り、私のイメージでは、小泉政権が日本中に蔓延する既得権益の切り崩しに骨身を削った(ようにみえて、じっさいはひそかに元に戻ってしまったとも言われている)が、長生きする権力者というのは国民にとってつらいものだ。政権を離れた元文化相は、いま北の炭鉱町ランスにルーブル美術館の分館をつくる仕事をしているそうだ。2009年に完成予定というから、ベルギーのボードレールのゆかりの町を訪れ、ムーズ川をさかのぼって、新設の美術館を見学する旅行をしたいと思う。長年、南の、ロンスヴォーにも行きたいと思っている。わたしがラングファンである理由のひとつが同い年であること。北部ヴォージュ県出身の弁護士である。もうひとつ一番大きな理由は、彼の右目の角膜が日本の青年にプレゼントされていること。20年以上前の話だ。昨年末京都で講演したときの写真を新聞で見て、年をとったな、との印象を持った。(日本人はフランス人と比べると、10歳は若く見えマース!)
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Apr 11, 2006

今年の桜は

心なしか、持ちがいいようです。 この街だと、見どころは駅前の玉川学園正門前の桜の老木の並木ですが、あまり数はありません。せいぜい6,7本かな。でもすごい老木なので、風格があります。昨日、買い物の帰りに、駅の西口から、学園のほうを見ると、正門をこえてキャンパス内までずっと桜のアーチになっていました。近寄るともう枝先には赤い葉がでていて、花びらも5枚そろっているのは数が減ってはいるものの、そうなるとガクが赤くたくましくなるのですが、それでも、離れて景色としてみると、もこもこと薄紅をおびた白の雲が低く垂れ込めているように見えます。ここ数年、千鳥ヶ淵あたりを回るようになって、気がついたのは、雨の日の桜の老木の濡れた幹の美しさです。黒か焦げ茶の中間ほどの色合いで、肌合いが、ざらざらごつごつして、質感がすばらしい。名器の抹茶茶碗を両手に抱えたらこんな気分になるだろうな(名器を両手で支えてみたことはないけど)と、そんな思いが、手を当てるとじわじわとしてきます。桜のバックに緑の松があるのも美しいですが、老木の幹は、こんな質感の老人になりたい、と思わせられます。家近くの東玉川学園4丁目のバス停からつくし野へ行くバス通りも、わかいソメイヨシノがようやく大きくなって、ここの桜が幸せなのは、根元をつつじの刈り込みで覆ってあること。人に踏みつけられるのが防げています。冬に市役所の伐採で、ずいぶん深く枝を切られたのですが、(バスの屋根にさわるといけないからか)、ようやく立ち直ってかわいいアーチになりつつあります。どちらの道も歩きながら見上げるだけで、花の下でお弁当、というわけにはいきませんが、私にはこれで十分です。もうひとつ、さくらは散り行くときがすばらしいのに、ようやく気付きました。何もあせることはないわけです。
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Apr 07, 2006

サンテックス『星の王子さま』

池澤夏樹新訳「星の王子さま」 サン=テグジュペリの「星の王子さま」が集英社から美しい布装本で出された。岩波少年文庫の内藤濯訳以来の再読ブームだそうで、他の訳者の版も、倉橋由美子訳、そのほかが出ているが、たまたま夏樹訳の単行本が手に入った。訳は一言で言ってすばらしい。簡潔明快で品位がある。原文も美しく、学生時代にLPでコメディー・フランセーズの俳優たちが朗読しているのを愛聴した経験がある。そのときから耳についていたのが“Je suis résponsable de ma rose.”というフレーズだが、何ゆえrésponsable なのかは説明しかねていた。それを今回の新訳で明確にすることができて、つかえが取れたようにすっきりした。砂漠で出会った狐がおれを飼い慣らしてくれと王子に頼む。王子は承諾するが、飼い慣らしたものには、いつだってきみは責任がある。きみは自分の星のきみのばらに責任がある。たくさんある薔薇の中で、1本、自分のばら、わがままで、はかない花を、自分が一生懸命世話したがゆえに、責任がある、ほっておいてはいけない、そうわかって自分の星に帰っていく小さな星の王子。およそ8日間砂漠で井戸を探してともにすごした「わたし」との絆を、忘れないための詩的小説。この場合、詩的とは、説明不要という意味。
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Apr 04, 2006

読書数冊

2006年春のために復刊された岩波文庫から、「オーカッサンとニコレット」(川本茂雄訳)と「クリスチナ・ロセッティ詩抄」(入江直祐訳)を買った。見慣れた表紙がつやつやしていて、赤帯が胸までありそうに幅広くなっていて、赤々した新芽を見つけたような気分でいそいそと取り上げた。「オーカッサン」を読んだ。ロセッティはこれから。それに思潮社現代詩文庫「続続辻征夫詩集」、福田武人「砂の歌」、谷本州(くに)子「綾取り」。どれもよい本だった。辻さんのは、最後の10年ほど身近だったために、ただならぬ気持ちで背筋が通った。ろくに読まなかったことを後悔しつつも、読んでいたら堪らなかっただろうと思う。スレンダーな容姿が目に浮かぶ。大して話しはしなかった。辻さんがよく着ているヘンリーネックのシャツが気になって、よく似合っていいなーと見つめていた。同じ1939年生まれのわたしは3月辻さんは8月。一学年おねーさんだぞー。
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Apr 01, 2006

詩人のラブレター②

ふらんす堂のホームページの「詩人のラブレター」が更新されました。アドレスは http://furansudo.com/ です。①に続いて②もモルポワの詩です。当のモルポワ氏がメールをくださいました。「きれいな青い薔薇の画面をうれしく思います。雪の数片がそちらに届きますように。」モルポワのこの愛のドラマはあと数回続きます。ふらんす堂の山岡さんによれば、青い薔薇はお嬢さんのデザインだそうです。「解説文に少し重なっているかもしれませんが、画面を大きくしてくだされば、離れます。」いろいろな方々のお力を集めてできています。
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Mar 31, 2006

3月が終わっちゃうぞー

ぼーっとしていた。気がついたら3月最終日。わが人生最終日もこんなふうに来るんだろうな。いやだいやだーといってももう遅いとこまで追い込まれているわけ。なぜこんなこと書くかというと、ぼーっとしているあいだに、またひとつカウントが上がったから。まあ、その話は、やめにして。 千鳥ヶ淵は3月28日に花見しました。ちょっと早すぎた。早咲きの銘木は数本堪能したけど、高速道とお濠端のソメイヨシノとの景観はまだ熟していなかった。ライトアップ初日で、まだ試行段階だったから、ライトがきつすぎてまぶしかった。でも、よかったですよ、あのむんむんした花の雲の上を歩く酔い心地はすでに知っているし。昨日今日明日ぐらいは適期だと思う。 ところで、戦没者墓苑が静かでよかった。100円で菊の花を買ってお祈りした。靖国神社のすぐ近く。小泉さん、なぜこっちにお参りしないのかな。隣近所に嫌がられながら、「堂々と」お参りしたってしょうがないじゃないのかな。お参りってひそかにするものでしょう。と言うわたしもお参りしましたなんて、書かなければよかった。
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Mar 25, 2006

ル・クレジオ『パワナ』

ル・クレジオ『パワナ』菅野昭正訳、集英社1995刊を読んだ。 1月29日、東京外語大のセミナーで初めて見たル・クレジオ氏は、長身で金髪、端正な風貌で、例えば軍服を脱いで居間で寛いでいるイギリス軍将校といった感じだった。戦闘的ではなく、父祖以来の職業軍人の職にそのままついているといった感じ。自身、以前に「ぼくのまわりにあるのは、絶えざる戦いの感情です」と対談で語っている、まさにその言葉が風貌に現れているといった感じがした。彼の場合の戦い、とはゆったりした普段の静かなものであるけれども。このセミナーは大盛況で、若い人たちの熱気に包まれていた。グローバル化した人類のモラルの指針がこの中年の作家にかけられている、とまで言えそうだった。私自身も素直にそれに従うことができると思った。例えば、いま、自分の人生に空しさを感じているものにとって、気持ちをやや、和まされる、絶望のほうに煮詰まって行かない何かを感じさせるような。いま、ルーブル美術館を地方都市に移転させる仕事をしているという、ラング元文化相に私は好感をもっているけれども、同類のような気がする。『パワナ』は捕鯨史上名高い、メキシコ湾の鯨の繁殖地の発見と虐殺の話。ごく短編だから、作品を読んだだけでは味わいが薄いかもしれない。幾度も繰り返して読めば、そのよさがじわじわと沁みてくるといった種類の作品。この集英社版では、菅野さんの解説が半分ほどもあって、訳にあたっていかに訳者が勉強しているかが如実にわかる。作者の作風も、代表作の紹介もあり、懇切な解説だ。大切にしたい本。これがブックオフで105円なのだから、いやになる、でも貧乏な者にはラッキー。(複雑だ)。
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Mar 20, 2006

「異邦人」と「変身」

カミュ「異邦人」新潮文庫を読み終えた。薄い本でバッグに入れて外で読みつないでいた。1部のほうはちょっと退屈で、読みにくかった。2部に入って、逮捕された後の話になって、俄然集中した。解説で、「変身」との違いが論じられていたが、ピンとこない。同じような、内向的な青年が、どうしても世間と妥協することができない切なさが迫ってくる点では同じニュアンスに思われる。いま、北村透谷を思っている。第2部のはじめのほうに「この名のない時刻に、沈黙を連ねた刑務所の各階という階から、夕べのものおとが立ち昇ってゆく。…」という文章に出会って、一気に総毛だった。まるで自分がその場のその人であると思わせられた。「夕べのものおと」を自分の詩のタイトルにもらうつもりだ。
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Mar 09, 2006

《詩人のラブレター①》

ふらんす堂のホームページの中に《詩人のラブレター》というタイトルで詩の連載を始めました。きっかけは、社主の山岡さんからモルポワの詩を紹介する欄を作りませんかと、おすすめを受けたこと。モルポワの詩集の中から4行ほどのフレーズを抜き出して、原文も添え、小さいコメントを付けて、1ヶ月に1回更新しようと思う。山岡さんと打ち合わせしているうちに、モルポワだけでなく、いろんな詩人の愛の詩を取り上げようということになって、第1回はやはりモルポワ氏に登場していただくことになった。シンプルなものをわかりやすく、というのがコンセプトです。この小鳥の詩は、さらに2連ほど続き、それもまた取り上げるつもりですが、以前東京新聞のコラムに木坂涼ちゃんが取り上げてくださった。とってもすき、と言ってくれて。いい詩ですよね、ありそうでいて、なかなか見つからないといった感じの。他にも、無辺の会の依頼で訳した嵯峨さんの詩からも、これは逆に日本語が原詩で、と、東西交流でと思っています。次期更新は3月末の予定。ホームページのアドレスはhttp://furansudo.com/ です。
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Mar 05, 2006

早春の日曜日の午後

日曜や祝日はわたしにとってわびしい日。 ピクニック日和と予報されてはいたが、散歩にはうら寒げな日差し。夢の本棚詩画集と文庫本の中也詩集とピキエ社の「中也選集」を持って炬燵にもぐりこむ。文庫でまず「山羊の歌」と「在りし日の歌」を読んで、ピキエのその部分を読む。気になった詩を夢の本棚で眺めなおす。文庫には岩佐なおのエッチングやカラー写真などたくさん載っていて、サービス満点。いやではないが、ルフェーブル氏の絵とぜんぜん違うのでくすくすひとり笑いをする。まあ、ルフェーブルさんのほうが、ポピュラーというか、詩の内容にもじゅうぶん沿っていて、分かりやすいわな、などつぶやきつつ、「みんなちがって、みんないい」と楽しい。ピキエ版には好きなシュバちゃんベトちゃんがないなーと思う。選集だから、全部訳があるわけではないのだと、わかる。自分としては「山羊の歌」には退屈な詩もあって、個性豊かな中也詩ばかりとはいえない。また、ビナードさんのこんどの「出世ミミズ」には「在りし日の歌」はあんまり、とあったが、ベトちゃんはこっちの詩集だしナー、とこれも好みは千差万別なことがわかる。中也は朝や夕方や縁側に当たる日差しや、遠い空や、生きている日々をじっくりかみしめていたのだなー。わたしは倍以上生きちゃってすみません。長いから希薄なのだ。楽しい日曜の午後でした。
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Mar 04, 2006

夕陽学舎

有斐学舎創立120周年記念誌が兄弟、いとこに送られて、電話をもらった。3月3日は長兄の命日だし。「夕陽学舎」として、詩の題材に使っていたのを、ネットでみつけてくださって、記念誌に思い出を書かないかと連絡をいただいた。ネットの恵み。ネットさん、灰皿町さん、ありがとう。

《夕陽学舎》
あの厚ぼったいねずみ色の門札は燃やされてしまったか
四〇年後に戻ってみると
人けのないテニスコート

      詩集『雪柳さん』より

連絡を下さった編集委員のお一人の伊藤晴雄さんは、(ネットだから、文字のみのお付き合い、これも不思議だ)私たち一家が去った後に入舎された学生さんだったが、兄君お二人の時代が父親が舎監だった時とかさなる。晴雄さんは現在熊本日日新聞社(通称クマニチ)勤務。遥か昔の春の午後、有斐学舎の舎監宅の応接室でクマニチの記者のひとが余ったフィルムで撮ってくれた写真を載せてくださった。わたしは竹早高校の制服で写っている。
その写真に父親と3人で写っているすぐ上の兄と電話でしゃべる。 びっくりしたのは、おまえ、小平の墓に入っていいぞ、と言ったのだ!以前、お前は入れないぞと念押ししてくれたおせっかいな兄だったのに、どうした風の吹き回し? 電話切ってから、これは遺言だと思った。あの兄にして、この言い遺し。海は怖いから、山に撒かれたい、骨壷はいやだ。お金使わず、ひそかに捨ててほしい(だめ?) 兄は骨壷は墓のサイズにぴったりなんだと言っていたが、サイズがアウと聞いて、とたんに逃げ出したくなった。わたし寸法が合うのだめなのよー。こんな掘り出しをしてくださった伊藤さんって、きっと優秀な新聞人なんだろうなー。
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Mar 02, 2006

幾代昌子さんの詩画集「夢の本棚」

は3分冊で、「ゆめのあしおと」「あいのときめき」「おもいのことのは」、カラーで言えば青、赤、緑の3冊で28日の日付で講談社から出版されました。表紙カバーの裏折込みにはルフェーブル氏の写真入の紹介文があります。日曜日にはもう横浜の書店の詩のコーナーに出ていました。幾代さんが海外の書店で見つけ、感覚にぴたっときた画家です。選詩の基準はわれわれ中年日本女性の記憶に残る名詩たち。暗誦できる、歌える可愛い詩たちです。版権の関係で、新しい詩は選べなかったのが残念ですが、(この線引きでいくと、あまり長生きの人は選べなかった)3冊で100篇ほどですから、とても楽しい作業でした。画と詩の関係を言えば、手に取ると、画がメインだなと感じます。でも、この人は詩を邪魔しないコツを心得ている人で、詩の鑑賞に干渉したりして来ない節度のよさ、生まれ持ってのセンスなのでしょうが、イメージが豊かで、日本の実情と少々ずれているところがあり、そこがまた、奇妙にほほえましく、どのページでも楽しく、ゆっくり詩を楽しむことができます。私自身としても、大事にして折に触れ開いて歌いたい本です。幾代さん、まずはおめでとうございます。
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Feb 27, 2006

月の裏側

月の季節――しばらく月の裏側に居た。そこは、呼吸がかろうじて可能な程度の酸素を含む大気で、湿度はゼロに近く、暗黒。「青い地球」は見えない。しばらく仮死のうめきをあげていると、少しずつ、菫色の光が射しはじめる。意識がはっきりしてきて、自分を分かる。自分の手足や顔の自覚が戻ってくる。老年はこうした光と闇の2元世界で生きさせられるのだという予感は前からあったが、実際に体験したのは、今回が初めて。地球が見える季節に入れば、しばらくは元の状態で過ごすことになるだろう。
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Feb 24, 2006

同じ記憶を探して歩く

学生の頃や青春時代を一緒に過ごした人と話していて、あれっと思うことがある。自分の記憶といわば正反対のことが、その人の記憶領域にはインプットされているのだと気がついたとき、背筋に寒気が走る。こうやってひとは過去から崩れていくのか。崩れるのはこのひとか、自分か。ずっと、戦いは未来に向かっていると思っていた。過去だって崩壊するのだ。そのとき即座に悲鳴を上げて、その人の記憶と戦わなければいけない。だが、それができない。さっと、意識が内向してしまって、ああ、この人と話しても無駄だ、という、諦念じみたものに逃げ込んでしまう。あるいは、まあいいや、あとでじっくり、独りになって考えてみようとか。要するに自分の得意分野まで退いてしまうのだ。あるいは、実生活の上で、その人との関係が悪化するのは避けたいという状況判断もある。あとで、自分がいやになることもしばしばである。人の生きていくことは、戦いなんだとつくづく思わせられるこの頃である。
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Feb 21, 2006

まりこさんは厳しい

ジャンヌダルクなんかにかかずらわっていないで、R66をもっと真剣にやりなさいよ。まりこさんは俳句をやっているのも怒るだろう。 けっきょく、あれやこれやに浮気して時間つぶして一巻の終わりか。さっと終わればいいが、ぐずぐず、ぐずぐず、目も当てられないことになりそうだ。恐ろしくて、ぞーっとしてくる。
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Feb 20, 2006

茨木のり子さんの死

朝刊で知ったが、東伏見のご自宅寝室で亡くなっていらっしゃったのを、親族からの警察への電話で発見されたそうだ。 シチズン時計の田無工場に勤めていた頃、東伏見のアパートで新婚生活をスタートした。いい所だった。昨夏「ジャンヌの涙」をお送りした。新年の賀状をお出ししたが、もう、お加減がよくなかったのだろうか。お会いしたことはなく、ただ、韓国語を習得され、韓国詩を訳されて、偉い方だなあと、尊敬していた。亡くなりかたも、わが事のようで、悼まれる。矢川さんとともに、ひそかに先輩とお呼びしている。
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Feb 16, 2006

夢の本棚

株式会社アウラの社長、幾代昌子さんが、少女時代からずっと愛唱してきた詩や歌の数々に、ベルギーの気鋭のイラストレター、ルフェーブル氏に絵をつけてもらって、魅力的な詩画集ができあがった。近々に講談社から発刊される予定。昨秋からチームを組み、幾代さんの片腕となって作業した。メンバーの一人ひとりが、忘れられない詩を提案し、みんなで議論し、採否の最終判断は幾代さんにゆだねられた。小型本で、夢、愛、想いの3冊に分かれている。たとえば、北原白秋の「片恋」や中也の「北の海」など、短くて叙情的な名篇が選ばれた。全員一致で選んでも、版権その他の問題で使えない名作も多々あった。ルフェーブル氏に詩をフランス語で伝えるのが大変だったが、そこは、幾代さんの人脈を活用して何とかクリアできた。描きあがった絵を見ると、ところどころ、誤解もあり、びっくりするイメージが現出していることもあるが、(日本の城郭を知らないなど)、大方は、歴史、文化の違いを飛び越えて、人間の想いの普遍性に驚かされもした。この仕事はまさしくR66だと思います。
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Feb 09, 2006

R66

あそびすとのネットプデューサー、まりこさんがとつぜん「R66」を書けば?と言うので、一瞬何のことだろうと思ったが、フリーペーパーR25に引っ掛けてのことと気づいて、大笑い。25歳の若者雑誌が読まれるんなら、66歳のおばさん雑誌もあってもいいんじゃない?ということ。韓流シネマホリックばっかりやっていないでサ。まりこさんはまだホリックに陥るほどの年齢ではないから。いま、ピの主演の映画、MXテレビで毎週見ているけど、面白いわよ、とわたし。一押しは「八月のクリスマス」だったなー。 ところで、「月の季節」というタイトルで作品を書こうと思っている。「宿敵」はしばらくおあずけ。そのこころは? 月のように、暑さ寒さの差が激しい季節に生きているのが、60,70代だ、と思うから。いわゆる「恍惚と不安」です。
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Feb 06, 2006

渋沢さん、久保さん

啼鳥忌は今年で8年目だそうだ。新宿のバー「風紋」で今年は2月4日にあった。ここへは、渋沢さんがまだご健在の頃、来たことがある。記憶の中の様子とはまるで変わっていて、衝撃をうけた。一言で言えば、艶が失せたということになるのか。この集まりに誘われたのははじめて。渋沢さんを偲ぶ会があることは聞いていたが、誘われたことはなかった。渋沢夫人と、ほんとに9年ぶりぐらいにお目にかかった。予定されていた全詩集が命日の8日には出来上がる予定で、送りたいフランス人の住所を教えてほしいとのことだった。 渋沢さん、久保さんがまだ亡くなられていなかったら、と思いつつ、日を過ごす。どん底の日々に辛くも浴びた日差し。でも、どちらでも、感じるまなざしには変わりがない。いまでは、振り返る道への入り口のようにもなっている。
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Jan 30, 2006

『社会の喪失』と『鱗姫』

『社会の喪失』(中公新書)をようやく読み終えた。カバンに入れてずっと持って歩き、主に電車の中で読みつないだ。読み始めるとすぐに集中できる。先を読みたくなる。このまま下車駅を通過してもっと代み続けたいと思うが、結局は読むのをあきらめて降りることになる。市村弘正さんには、詩集ができると、こちらからお送りするので、お返しに新著を贈ってくださる。最初はいぶかられたが、葉書でなぜお送りするかを説明し、わたしはそのことで、亡き久保覚氏の小さな後追いをしているつもりだ。この新書は、小池政人のドキュメント映画の批評をテキストにして、若い世代の杉田敦との対話のかたちをとっているが、この杉田さんというひとが、なかなかの頑固で(若いはずだが)、いちいち市村さんにたてついているのが、何とも痛快で、市村さんが言葉につまったり、慌てふためいたりするのが、若い世代の、上の世代に対する容赦なさ、即断が、わたしも思い当たるので、面白い。上の世代なんて否定するためにあるんだ、といわんばかりのふてぶてしさを知性でかぶせて。後輩は先輩の精神を吸えるだけ吸って、挙句、まずいやとけちをつけてぽいと捨てる。時代はわがほうにありと自信ありげに。この対話、礼儀は失していないけれども、かなり緊迫している。
ふてぶてしい、といえば、嶽本野ばらは一級品。この京都人のお嬢様オタク。でも魅力がある。かなり自閉症的だが、知的なセンスが端正でいい。ただ人形的というか、工芸的というか、そのへんが乙女チックを出ないかな、人間としての視野がどうかな、たぶん『社会の喪失』を読んだ後なので、あまり言うとじゃ自分はどうなんだ、ということになりそうなのでいけないが、でも、読み物として面白く、また周囲への違和感を「鱗」として悪魔的メルヘンに仕立てているのが、ドウタンベルの詩を髣髴させて、探究心を刺激される。今年の読書はパワーあり、と予感させてもらった2冊。
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Jan 24, 2006

「宿敵」という詩を書こうとしている

が、なかなか始まらない。pspに「美である」というタイトルで書き始めて、これにつなげていきたいと思うのだが、うまくいかない。で、いらいらしている。いらいらの原因はほかにもあるのだが、自分では、もう数ヶ月何もめぼしいものを書いていないことで、いらだっているということにしている。たしかボードレールにそういう題の詩があったと、文庫本を繰ってみると、「仇敵」というソネットが見つかった。ここでは敵は時間であるとされているので、ちょっと違うなと思う。わたしの書こうとして居るのは、具体的な敵だ。つまり人間。どう書くか、まだかけない。
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Jan 21, 2006

時こそ今は…

花は香炉に打薫じ
ボードレールのフレーズをきっかけにしてうたい始められた「いかに泰子、いまこそは」(Ecoute Yasuko, c'est maintenant le moment と訳されている、見事だ)のリフレインを持つ中原中也の詩である。中也の代表作としてとりあげていないアンソロジーもあるが、わたしは自分がフランス詩を土壌にしているせいもあって、この詩が中也の中では最も好きだ。シチズン時計の入社試験のとき、記入した書類を見て、審査員から中也の詩について質問された。好きな詩人として適当に書いておいたのに目をつけられて、ドキッとした。実はあまり読んでいなかったから。「汚れっちまった悲しみに」の最初の2行を暗誦すると、それで許してもらえた。たぶん審査員も中也をあまり詳しくは知らなかったのだろう。質問が他に移って、ほっとした。面接試験で覚えているのはそこのところだけ。「時こそ今は…」を読んだのはそれからずっと後のこと。
イヴ=マリ・アリュー氏による中也の全詩仏訳本が昨夏にフランスで出版されて、わたしは宇佐美斉さんから雑誌「流域」にかかれた紹介文のコピーを頂いた。昨日ようやく新宿のフランス図書にひきとりにいって、手に入れたが、じつに美しい本である。 この恵みの薄い短い人生を終えた詩人の詩が読まれるということは、ほほとんど奇蹟に近い。後の人々が愛惜して、ようやく、その詩の本当の価値が、かたちとして示された。「詩人が死んで」のシャンソンをまるで地でいくように、苦労性で、人生の洞察に長けたフランスで、読まれるように。ベルレーヌに似ている中也がランボーやボードレールを下敷きに詩を作ったように、中也を下敷きにフランスの次世代が生まれるように。そのために、ゆうがた、揺り香炉のように、薔薇が揺れてにおって、この日常の美しさにひととき浸る、詩はそこにあると、この本は証言する。すぐに消えるが、祭壇に祈るまでもなく、今、ここにたしかににある。
写真もたくさん挟まれているが、そのうち、二九歳のきちんと背広を着た肖像(三〇才で死んでいるのだ)を見て、イサクが、頭のよさそうな顔してるね、と言った。たしかに、と思った。
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Jan 15, 2006

そして西へ、さらに南へ

 ――みなさん、ジャンヌに言及していますが、わたしは断然「南へのバラード」ですね。極言すればこの一篇があればこの詩集はじゅうぶんだとさえいえるとおもいますね。
上記の引用は一昨年8月に出版した『ジャンヌの涙』についてある人からいただいたはがきの一節。それをいま引用したのは、この1年あまり、「ジャンヌ、ジャンヌ」で暮らしすぎたようだと、気がついたからだ。残りの時間をどう生きるか、を考えるとき、ようやく見えてきた一すじがあって、そのイメージはわたしをとても落ち着かせてくれる。
私は両親が農家の出身なので(一度確かめに両方の土地を訪れたことがあり、その経験が私に断定的な言い方をさせてくれる)、自分が定住型だと思っていた。今居る場所に落ち着けないことは恥ずかしいことだと、ひそかに思っていた。だが、両親の親たちがその土地に定住していたほどには、じぶんは定住すべき場所にいるわけではないと最近何となく感づくようになった。動いていってもいいのだ、その時自分の精神が活性化し、自分の思っていた自分ではないもっと別の自分が表れて来るかもしれない。見えていなかったものがきっと見えるだろう。
 「南へのバラード」は詩誌『ミッドナイトプレス』2004年夏号に掲載された作品で、そのモチーフにはモデルがある。そしてそのモチーフは自分の6歳の時の戦争体験とどこかでつながっていると言う感じがする。残りの短い時間のなかで何かを分かろうとすれば、じっとしていてはダメだ。もうテーマは出揃っているはずだから、ぐずぐずしてはダメだ。
 一日中一人で居ると、ふと「ジャンヌ、ジャンヌ」という声が聞こえる。ドンレミイ村で毎日のように聞こえたという声は一人幼いジャンヌにでなくても、はるか21世紀になってもやってくるのだ。

九分通り癒えて捨てらるホッカイロ  かおる
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Jan 12, 2006

一進一退

今年はすべり出しがいいと思っていたが、そうでもないかな、と、まるで相場の変動を気にするようにいらついた気持ちに陥りがちなことに気がつく。こういうときは「バカになる」にかぎる。例えば、テレビの知識でもいい、猫は人よりずっと多くの睡眠時間を必要とするとせつめいしているのを、うちの猫たちを見ていて思ったことにぴったりあっているので、なるほど、と感心したり、ミレーの油絵「種をまく人」のバックに小さく描かれているのは、種をまく男と同じ方向に進んでいる、刈草を積み上げた台車に乗った人物ではなくて、人物はそうだが、2頭の赤牛に引かせた鋤に乗った男で、種まく男とは反対の方向に進んでいるのが、今日はじめてわかったとか。バカになると、今まで思い込んでいたものが、違うことに気付く。あるいは疑問だったことが解ける。草を積み上げたと思っていたのは、じつは大きな牛たちの四角い尻だったし、鋤に乗った男はベージュの帽子をかぶっているし、女ではなく男だと思うのは膝を曲げた足が長く細く、踏ん張った姿勢が男の姿勢だから。前景の男は右手を開いて、手のひらいっぱいに種(?)をつかんでいて、その手の背景にはからすが群れ飛んでいる。畠は平地というより、多少丘になっているように見える。丘の稜線の上が明るんでいるが、午前中か、夕方かどっちだろう?タイツのような青いズボンの大腿部がたくましく、兵士のように見える。人は大地と戦って糧を得ていたのだ。
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Jan 04, 2006

『好きな人の…』と『火曜日になったら…』

やはり詩集のほうがとっつきやすいのでしょうか、評論のほうは読みかけて放り出して、詩集2冊を読み終わりました。斎藤さんの『すきなひとの住んでる街へ』は1990年出版の第一詩集。渡辺さんの『火曜日になたら戦争に行く』は2005年10月。ここに全く偶然に同席させられて、おふたかたとももじもじ当惑していらっしゃるだろう。お許しあれ、あなた方をご同席させてしまったのは、有働の全くの恣意であります。斎藤さんのはもう実物はなくなって、コピーだもの。偶然、有働の怠惰により、この2006年の冒頭に、この有働のしがない、幽霊のようなウエブコーナーに引っ張り出されて、「こまってしまぷ」でしょう。ごめんなさい。と、これは、渡辺さんがけっして代名詞を使わないで自己を固有名詞で名指されるのをへたくそにコピーしたまでであります。「持っていかれる」と悪い意味で使う、影響されやすい、という心情の自立性のなさをたしなめて言うことがありますが、渡辺さんは完全に持っていかれているのです。何に?ケータイに、コンビニに、福岡地震に(台風だっけ)。若芽のようにいたいけな感受性の故に、毎日新しい災厄に「持って行かれているのです」。ぼくとかわたくしとかおれとかに自分を置き換えるヒマもないほど矢継ぎ早に襲われているのです。対して、斎藤さんは「きみはいちずすぎる」と恋人に言われてしまうほど、トスカナのカララ山の白大理石ほど、純白で硬く、容易に鑿をうけつけない自我の持主。これって、男女逆転していないかしら? 女性がりりしく、構築的で、男性が流れに揺れる藻草のようにやさしく。このひとたちは、自分の個性をちゃんとつかんでいると思う。荒削りではあるが、自己の原石は掘り当てている。あとは、人の目に分りやすい形に細部を形成すること。この対照的な無定形性を、どんなかたちにまとめて行くか、だと思う。対照的とはいえ、その純度は両方とも抜群。その純度のエネルギーが内から突き上げて書かせているのだと思う。やはりテーマを持つべきだと思う。蛾の少女・アンリエットのように、「その時」を懼れずつかまえるべきだと、それは、自分も含めて、そう思うのだ。
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Jan 02, 2006

2006年に入りました

2005のほうが切れがよかった気がする。6年は温和な年になるかな。偶数は温和な調和的な感じ。ヴェルレーヌは詩は奇数にありとした。安定的な感触を嫌ったのだ。 さて、今年の抱負は、たくさん読むこと。何でもいいから読みまくるぞ。読んでどうなることでもないが、もう大して読む時間がないと思える。自分の脳みそに少しでも多くの文字を刻み付けて安らかに死にたい。お金をかせぐより、ものを読みたい。お金にならないことをたくさんしたい。稼ぐ時も、半分は自分のためになるように働きたい。だから報酬は半分でいい。消費も半分にする。半分死んだ状態で、あとの半分で猛烈に読む。それが今年の抱負です。 まずは『落日論』宇佐美斉、『三好達治と立原道造』國中治、『火曜日になったら戦争に行く』渡辺玄英、『好きなひとの住んでる街へ』斎藤悦子、『詩の降り注ぐ場所』鈴木比佐雄、『日本語で読むお経』八木幹夫、それに市村先生の『社会の喪失』をまだ読み終えていない。いざ、まいらむ。
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