Jul 24, 2009

詩集『幻影の足』を3たび編み直して読みます

天童大人プロデュース プロジェクトLa Voix des poètes(詩人の声)№371 ~「目の言葉」から「耳のコトバ」へ~

       有働 薫  未刊詩集『幻影の足』より

第5詩集『ジャンヌの涙』以後に発表した作品から新詩集『幻影の足』(仮題)として三たび組みなおした16篇を声にします。この中には、この日この刻にご来場いただきます聴き手のお客様にむけて新しく作りました、「柿に赤い花咲く」と「国境 多島の国へ」の2篇も含めます。最近の心情と活動に触れていただけましたら幸いです。

2009年7月28日(火)午後7時(開場午後6時30分)
於 ESPRITS ANIMAUX 児嶋画廊(六本木)
  Tel/fax 03-3401-3011
住所 〒106-0032港区六本木7-17-20明泉ビル201
地下鉄日比谷線六本木駅2番出口より5分 六本木ヒルズ向いampm角入る
入場料 予約大人2500円 当日大人2800円
    大学生1500円(学生証提示)高校生500円(学生証提示)
ご予約は上記のギャラリーに直接お電話か、メール aej07072@nifty.com で、あるいはプロデュースの北十字舎にお電話03-5982-1834またはfax03-5982-1797でお申し込みください。
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Jul 02, 2009

思念のエキスを

自分の詩が、言葉の分量が増え、散文形に近ずく傾向を見せているのに、反省を促すような詩集に出会う。一つはつる(つるは漢字)見忠良『つぶやくプリズム』(2009年3月沖積舎刊)、もう一つは今日読み終えた金太中『高麗晴れ』(2009年5月思潮社刊)。つる見さんは同人誌『オルフェ』でご一緒で、いく度かお会いしたことがあり、ほぼ半世紀近く存じ上げている詩人であり、眼がお悪いのでいつも奥様が付き添っていらっしゃる。そしてその頃と詩風が変わらない。シンプルな言葉の短い詩。今度の詩集の中でとくに心を打たれたのが「桜」と「枇杷の花」。
「桜」
わたしはなぜこれまで桜の花の匂いに
気がつかなかったのだろう
花見時がやってくるたび
「つまらん」と嘆いては
そっぽを向いたもんだ
知命の年をはるかに越えた今
はっきりと桜の花を捉えることができる
さだめなく風のうねりに揺られゆられて
なんと清らかなパルファン
木の間を渡る小鳥たちの
鮮かな囀り
青空をいっそう
底深いものにしている

なめる
食んでみる
光の当り具合によって
少しずつ 味がちがう
苦い悔の底に
黄金の雫が
こぼれている

花びらのもとを静寂が漲る
咲き乱れる嬰児の
まぶた
それは
せせらぐ
無数の雪洞である

私ぐらいの年齢になると、心を打たれる詩にはほとんど懐かしさが含まれているようだ。この詩を読み進むうちにすすり泣きたい気持ちが湧いてくる。ずっとむかしの、心が澄んでいた自分を愛惜する。ああ、そうだ。と声が洩れてしまう。
「枇杷の花」も、同じテーマで自分も書いていても、もうこれはかなわない、自分は書くには及ばないと思いながら、どういうわけか、いっそう枇杷の花の姿、匂いを書いてみたいという気持ちが高まる。心を打たれる詩は、競いたいという気持ちを促すらしい。
今日の午後、雨が降り続いて、なすこともなく、『高麗晴れ』を開いた。
「晴れた日に」
くねくねと屈折した日日を
さらりとかわし
喧騒さえも尻ごみをする
この穏やかな初冬の朝
長かった生涯の果てに
あらたな悔いを刻むまいと
わたしは
深く息を吸いこみ
若かった日日の
ぼろぼろの記憶と
あまたの想いを吐きだす

ああ 高麗晴れの東京の朝よ

老いて行く未来に光を点ずる詩だ。ああ、生きて行こう。いつまでも止まない空を窓から見上げながら、雨の日にそう思う。
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